第16話 * 紫紺の洞窟 3*

「いきなりモンスター出てこないですよね?」


 恐る恐ると言ったふうにあずみが言うのでアリスは少し笑った。


「今のところ、墓石を押し除けて出てくるモンスターは目撃されてないよ」


「ならいいんですけど」


「慎重になったね」


「もう、揶揄わないでください」


 あずみが近づいた墓石は比較的簡素な墓石だった。腰よりも低いくらいの石にシンプルに文字が刻まれている。


「あれ? これって?」


「そう、変な文字でしょ」


 墓石に書かれているのは、みたこともない文字だった。アルファベットとも違う。漢字でもない。何かの絵文字のようにも見えるが、有名なヒエログリフとも違った。


「これは……、何の文字、なんですか」


「わかんないんだよね」


 アリスは、あずみに説明した。


「これがこの世界の文字らしいんだよね。僕たち配信者はダンジョン文字って呼んでる。言語とかに詳しい配信者に言わせると、地球の文字じゃないらしいんだよね」


「へぇ」


「その文字がこの世界が異世界であるっていう根拠の一つなんだ」


「これ、読めないんですか」


「まだ、解読に成功した人はいないね。チャレンジしている人はいるんだけどさ」


「そうなんだ」


 あずみは墓石の文字を指でなぞる。


 ざらざらとした石の感触がした。


「この文字が読めるといろいろと便利になるとは言われているの。これ、自販機にも書かれているし。説明が読めればいいんだけど、なかなかそうはいかなくてね」


「文字が読めないって不便ですね」


「そうだよ。僕たちは日本で当たり前に文字を読んでその便利さを享受していたけどさ、いざ、文字が読めない環境に放り込まれると不便だよね」


 あずみはアリスの言葉を黙って聞いていた。じっと、その文字を見つめている。


「このお墓の人はどんな人だったんでしょうか」


「さぁね。知ったところでどうしようもないでしょ」


「そうなんですけど」


「さぁ、行こう。目的地はまだまだ先だからね」





***




 アリスとあずみの目の前には、昨日、アリスが開いた扉が入り口を閉ざしていた。


「いやぁ、やっとここまで戻ってこられたよ。時間かかったね」


「大変でした……」


 アリスの軽口に答えるあずみはすでに疲労困憊といった漢字だった。


「天然洞窟エリアで、まさか、スケルトンに囲まれるとはね。想定外だった〜」


「アリス先輩、首落ちてましたもんね」


「本当だよ〜。首ぽろりするくらいなら、配信しておけばよかったよ」


 アリスは口を尖らせる。


 アリスの配信は、いつの頃からか首をぽろりと落とすのが恒例になってしまっていた。


 痛いし、首無しで体を動かすのは大変だし、辞めたいのだがウケがいいので結局はやってしまう。


「あずみちゃんもなにか自分の強みを見つけるといいよ。これやると、視聴者さんが受けてくれるってやつ」


「首は落としたくありません〜」


「いや、首じゃなくていいんだけどさ」


「あ、そうだ。ポーションあげる。傷を治しておいて」


「ありがとうございます。いただきます」


 ポーションを受け取ったあずみはごくりと飲んだ。


「貸すだけだけどね」


 アリスの一言にむせるあずみ。


「汚いな、もう」


「こ、これも借金なんですね」


「そりゃそうよ」


「はぁ、なんでも借金、借金」


「その方がわかりやすいでしょ?」


「まぁそうですけど」


 あずみは残ったポーションを一気に飲み干した。


「そうだ、言い忘れてた。あずみちゃん」


「はい。なんですか?」


「この世界では、垢BANされるか、アバターコアを破壊されない限り死なないことは話したよね?」


「はい、聞きましたけど……」


 今度はどんな話をされるのか。アリスが話すこの世界の事実は心臓に悪い。


「死なないんだけど、現実世界で死んじゃうくらいのダメージを受けると強制的に街のゲートまで戻されちゃうんだ」


「そうなんですか」


「そう、たとえば顔を潰されるとか、これは、慣れてくると条件をいじれるようになるんだけどね」


「だから、先輩は首が落ちてもそのままなんですか」


「そうそう」


 初めて出会った時の生首状態のアリスを思い出してあずみは顔色を悪くする。あれは、心臓に悪かった。


「とにかく、あずみちゃんは初期設定のままだから。ダメージが超過すると街に戻されます」


「はい、わかりました」


「その時は、えんま亭で合流しましょう」


「了解です」


 なんて、やり取りをしているとマーチからアラームが鳴り響く。


「あ、そろそろ時間だね。準備はいい? あずみちゃん」


「はい!」


 あずみが赤い魚の配信スイッチを入れたことを確認すると、アリスも配信を開始した。


「は〜い! みんなのアリスちゃんだよ! 今日も配信頑張っていきましょう!」


『待ってました!』


『遅い〜』


『昨日の新人は?』


『今日もぽろりを期待』


『今日は何回ぽろりかな』


 待っていてくれたらしい視聴者が続々とコメントをくれる。


「待っててくれてありがとう! みんな」




***   ***



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