第15話 * 紫紺の洞窟 2*
「あ、あずみちゃん。さっさと先に進もうか」
「え、あ、はい」
「ディーバに関わってもろくなことにならないよ。もう」
アリスはあずみの背後に回ると、あずみをぐいぐいと押す始める。
「わ、わ、わ。自分で歩けます! 滑っちゃう!」
力任せにアリスが押すものだからあずみが悲鳴をあげた。
アリスは舞台下を横切り、通路を奥へと進もうとする。そこを遮るように影が現れた。
「げっ!」
再度、アリスが嫌そうな声を出す。
「あら、アリス。相変わらず貧相な格好ね」
「あなたはそれしかいうことがないわけ?」
立っていたのはディーバだった。ステージ衣装なのだろうか、昼間に出会った時よりも露出が高い。
「あんたこそ、そんな露出高い格好していたら、垢BANされるわよ!」
アリスの反撃にディーバはつまらなそうに鼻をならす。
「この程度は、引っ掛からなくてよ。そんな基本も知らないで、よく配信者なんてやっているわね」
「ふん……。あずみちゃん、行こ! ここにいたら音痴がうつっちゃう」
「せっかくだもの、聞いて行きなさいよ。あと少しで、始まるわ」
「聞かない! 僕たちだって予定があるんだもの!」
「そうね。あなたのセンスでは、馬の耳に念仏だものね」
「どうせ、あんたのステージなんて騒音にかまけてガチャガチャ踊るのが関の山じゃない」
「負け惜しみねぇ」
「ア、アリス先輩! 行きましょ。行きましょう!」
手が出そうな雰囲気のアリスをあずみはあわてて引っ張った。
「先輩、なんでそんなにディーバさんと仲が悪いんですか」
「……」
「無理には聞きませんけど」
アリスを引っ張ってステージから離れた二人だった。
無言で歩くことに耐えられずに、あずみが話しかける。
話しかけてから、話題を間違えたと思ったが口に出してしまっては遅かった。再び、沈黙がやってくる。
「昔」
「はい」
アリスがポツリと喋った。
「昔、いろいろあったの。私とディーバは同期で同じ師匠についていたんだけどさ」
「はい」
「いろいろあったんだよ」
アリスはそれ以上、喋ろうとはしなかった。
あずみもそれ以上は聞こうとしなかった。
アリスは、自分の頬を軽く叩く。
「気合いを入れ直して先に進もっか。目指すのは最奥の新エリアだからね!」
「はい!」
そこからは、鍾乳石の数も少なくなる。細い通路を一列になって進んでいた。
「あ、大蝙蝠だ! 気をつけて」
「ヘェッ!」
微かな羽音を捉えたアリスが警告を出す。
あずみが間抜けな悲鳴を上げるのと、大蝙蝠があずみの顔面に直撃するのはほぼ一緒だった。
「いやぁぁぁぁぁ!」
あずみの悲鳴が洞窟にこだまする。
「あずみちゃん! ハロウィンちゃんから武器出して!」
「うぇっぇぇ」
アリスがアドバイスを飛ばすものの、あずみは大蝙蝠に絡まれてなされるがままだった。無闇に腕を振って暴れているだけだった。
「もう!」
アリスが大蝙蝠の背後から近づいて翼を掴むと力任せに引き剥がした。
あずみから「痛い!」と悲鳴が聞こえたような気がするが無視をしておく。
大蝙蝠が引き剥がされたあずみは、ペタンと座り込んでしまった。
アリスは大蝙蝠から手を離した。大蝙蝠は洞窟の天井付近へと飛び去ってしまった。
「う、うぅ、うぐ、ぅ」
「もー、泣かないでよ。あずみちゃん」
「顔、顔。噛まれました……」
「あー、見せてみて。って、見えずらいな。マーチちゃん。夜光石出して」
アリスは、マーチから夜光石を取り出して叩いた。
この石は、叩くと光を発して光源になるのだ。
「あー、鼻の頭、齧られているね。血が出てる」
「うぅぅぅ」
「うーん。どうしようか。ポーションだと勿体無いし、まだ、出てくるだろう
し。ここで直しても焼石に水っていうか……」
「絆創膏とかないんですか……?」
「あるにはあるけど、持ってきてないんだよね」
「そうですか」
あずみは泣きながら、立ち上がる。そして、涙を拭うとアリスを見つめて
「さ、先に行きましょう」と言った。
「お、なにか覚悟決まったぽじゃん」
「だって、このくらいで泣いていたら何にもならないんですもん。そうでしょう?」
「そうだよ。こんなの序の口。ちょっと噛まれただけ。首が落ちたわけでも胴体に穴が空いたわけでもない。大丈夫」
「うん」
あずみはちょっと幼い口調で頷くときりっと前を見据えた。
「先に進みます」
「うん。そうだね」
配信者らしい顔つきになってきたじゃない。ちょっと嬉しくなったアリスだった。
その後も何度か、大蝙蝠に襲われたりオオナメクジを踏んで悲鳴をあげたりしながらも二人は先に進んで行った。
「ここが通称『墓地エリア』だよ」
「本当にお墓がいっぱいですね」
鍾乳洞の狭い通路を抜けた先には広い空洞が広がっていた。
そこには見渡す限りの、墓石が並んでいる。
ただ、石を置いただけのもの。アリスの身の丈を超す立派な彫刻の施された墓石もある。
大小さまざま、簡素なお墓。豪華なお墓。いろいろなお墓がならんでいる。
「外国のお墓なんですか?」
「そう見えるでしょ? よくみてみてごらんよ」
「うん?」
そう言われて、あずみはそばにあったお墓に近づいた。
*** ***
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