第14話 * 紫紺の洞窟 1*

「ま、あずみちゃんは始めたばかりだしさ。どんなジャンルをやりたいかは、配信しながら考えていけばいいんじゃないかな」


「はい。頑張りますね!」


「うん。そのいき、そのいき」


 アリスは、あずみのやる気に賛辞を送ったのだった。


「あの、一つ聞いてもいいですか?」


「なに?」


 改まって、聞いてくるあずみにアリスは先を促す。


「さっきの、ディーバ、さん? ですか? あの人は、アリス先輩となにか、その、あったんですか?」


「あー、あったというか。なんというか。同期みたいなもんでね。まぁ、いろいろとあったのよ」


 歯切れ悪く答えるアリス。ディーバとは昔、いろいろあったのだ。


「そうですか」


 あずみも空気を読んでくれたらしい。それ以上の追求はしてこなかった。


 あずみはこういうときに育ちの良さを感じさせてくれる。アリスが答えたくない雰囲気を出せば、きちんと汲んで発言を控えてくれるのだ。


 だから、もう少し、あずみと組んで配信をしてもいいかもしれないとアリスは思っている。




 新人に付き合う必要などない。


 この世界に放り込まれた時点で、自力で生きていくしかないのだから。

 アリスだって、騙されもしたし、カモにされたこともある。それでも、自力で生き抜いてきたのだ。


 あずみだって、そうすればいい。その方がこの世界で生き抜く力がつくだろうとも思う。


 でも、あずみの人のようさのようなものはこの世界では貴重だ。それにもう少し、触れていたいなと思うアリスだった。





***





 ヴォォォォォンと空気を振動させて、ゲートが光り輝いた。

 

 アリスは強い光から手で目を隠す。


 やがて、光が消えて周囲には暗闇が戻ってきた。


「ここが紫紺の洞窟……」


「そうだよ。二回目でしょうに」


「なんか雰囲気が違うような」


 背後のあずみがしゃべるので、アリスが返事をした。


「雰囲気?」


 言ってアリスは目の前に広がる紫紺の洞窟内部を見る。


 紫紺の洞窟は大まかに5層に分かれている。ここは玄関口とも言える鍾乳洞のエリアだった。






 二人は、紫紺の洞窟の奥。今回、新しく出現したエリアで配信を行うためにやってきた。


 配信予定時間は、8時から。ただいまの時間は5時を少し回ったところ。


 こんなにも早く紫紺の洞窟を訪れたのは、洞窟内部をよくわかっていないあずみに案内をする目的があってのことだった。




 ここ、鍾乳洞エリアは、ほとんどモンスターはいない。大蝙蝠やオオナメクジが出現するくらいだった。


 かわりに、壮大な鍾乳洞が広がっていてロケーションがいいのが特徴だ。




 天井からは巨大な鍾乳石が数え切れないほど、垂れ下がっている。


 足元からも鍾乳石がたちあがり、その足元には石灰石が削れてできたプールが広がっていた。


 そして、水が淡く光り輝いている。


「私がきた時は、こんなふうに光っていなかったですよ? たしか」


「ああ、今日はステージがあるんだよ」


「ステージ?」


「そう、ここには工作系配信者の有志が作った舞台があるんだ」


「そんなものがあるんですか!!」


 あずみが大きな声を出して、驚いている。


「よっていく? あ、邪魔になるからゲートから出ようか。足元気をつけて」


「は、はい」


 ゲートの端から木製の通路が伸びていた。これも、有志が設置したものだ。


「あずみちゃん、通路から落ちないでね」


「あ、はい。気をつけます。うわ。水で滑る……」


「今日は電飾が付いているから、水に落ちると感電しちゃうよ」


「か、感電! 危ないじゃないですか」


「危ないんだよね。まぁ、べつにそれくらいじゃ死なないしさ」


「いや、でも、感電するなんて、誰も止めなかったんですか」


「資格があるわけじゃないしね〜。みんな作りたいものを作りたいように作っているんだよ」


「ええ……」


 あずみの顔にはドン引きと書かれているようだった。


「設置の配信見たけど、楽しそうだったよ」


「でも、安全とか、基準とか……」


 ブツブツと呟いているあずみを見て、アリスは肩をすくめた。


 やりたいようにやるのが配信者である。


 木製の通路を進んでいくと、キラキラとした照明に照らされた舞台が見えてきた。


「ほら、あれが紫紺の洞窟のステージ」


「わぁ。大きいですね!」


 舞台は、石灰石のプールの上に設置されていて、洞窟の幅を最大限に活かせるように広く作ってある。


 舞台の天井部分には、カーテンのように鍾乳石が垂れ下がっていて天然のシャンデリアのように輝いていた。


「その分、客席が少ないんだけど。立ち見だけだし。まぁ、配信用だからこんなものでしょ」


 アリスが豆知識を披露した。


 と、振り返ればスタッフだろうかお揃いの腕章をつけた配信者たちが舞台に集まってくる。


「観客の方ですか?」


 アリスたちはそのうちの一人から声をかけられた。


「うんうん。電飾が光っていたから寄ってみたの。誰かステージするの?」


 始まる時間によっては、少しくらい見学してもいいかな、なんて考えがアリスの頭をよぎる。


「今日はディーバさんのステージですよ」


「げっ」


 スタッフからディーバの名前を聞いたアリスは露骨に嫌な顔をする。




***   ***



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