紫紺の洞窟で配信するよ

第12話 * 街 1*

「突然の配信にしてはいい同接数だったね。よかったよかった」


「配信て、あんなに見てもらえるんですね。びっくりしました」


「今まで、配信したことあったの?」


「一応……。でも、全然見てもらえなくて……」


「まぁ、初心者のうちはそんなものだよ。そこで心折れちゃうと配信諦めちゃって垢BAN一直線だからね。気をつけて」


「はい」


 アリスとあずみは街の大通りをぶらぶらと歩いていた。


 アリスが時折、屋台やお店を除いては冷やかししている。


「アリス先輩のアバターはいくらくらいしたんですか?」


「うーん。トータルで、400万、くらいか、な?」


「よ、よん、ひゃく!」


「そ、レアアイテムも頑張って揃えたからね! このウサ耳なんてくろうしたんだから!」


 うさぎ耳のカチューシャを触りながら、あずみの質問に笑顔で返すアリスだった。お気に入りのアバターのことを聞いてもらえるのは嬉しい。


 逆にあずみは引き攣った表情だ。


「……それも借金ですか?」


「うん。そーだよー。この世界で生きていくって、楽しみなんてご飯とアバターくらいでしょ」


「そ、そうなんですか?」


「まぁ、中にはほかのことに楽しみを見出す配信者もいるけどね」


「へ、へぇ」


「ほら、ウワサをすれば……」


 アリスは大通りの前方を見やる。


 人の波が破れるように左右に分かれていく。その中心には、豪華なドレス姿の女性が何人かの男性を引き連れて行列のように歩いていた。


 あずみは「あれってなんだけっけ。歴史のテレビでみたことある気がする」となにか記憶が刺激されるようだった。


 アリスは女性を思い切り睨みつけるとあずみを引っ張って道の端に避難する。


 周囲を睥睨するようにゆったりと歩いていた女性は、何かに気がついたようだ。ニタリと唇を歪ませる。


「あら、アリス。あいかわらず、貧乏くさい格好しているのね。かわいそう」


 女性はわざわざ近寄ってきて、心底、憐んでいるのよといった雰囲気の声をアリスにかけた。


「ディーバ、あんたは相変わらすけばけばしくてセンスがないわね」


 負けずとアリスも言い返していた。


「あなたにこのセンスはわからなくてよ。わたくしは一流のパフォーマー。あなたは底辺徘徊者。格が違うの」


「ふん。音痴で機材を破壊するあなたに言われたくないわね」


「わたくしの芸術は庶民にはわからないわ!」


「なにが芸術よ。鼓膜を破壊する騒音じゃない」


 唾を飛ばすように言い返すアリス。


 ディーバは扇で口元を隠してほほほほと笑う。そして、視線をあずみに向けた。


「あなたがアリスが教育しているっていう新人配信者ね」


「えっ、はい」


 ディーバが突然、話の矛先をあずみに変えてきた。アリスは怒ったような視線をディーバに向けている。


「あずみちゃん! こんなやつと喋っちゃダメ! 耳が壊れるよ!」


「かわいそうにこんなダメな配信者に物を教わるだなんて。どう? 今からでもわたくしのもとにいらっしゃいな。きっちりと一流の配信者に育ててあげます」 


 あずみはアリスをちらりと横目で見る。アリスはあいかわらず、ディーバを睨みつけている。ギリギリと歯軋りが聞こえそうだった。


 迂闊なことを言えば、この場所で喧嘩が始まってしまう。そんな剣呑な雰囲気が漂っていた。


「い、いえ。アリス先輩は丁寧に教えてくれています。感謝していますので、そのお気持ちだけで結構です……」


 あずみがドキドキしながら返答した。


 ディーバはその返答がつまらなかったのか、興味を無くしたのか。急に視線を逸らすと扇をしまった。


「あなたたち、いきますよ」


 そう、周囲の男性に声をかけるとくるりと背を向けて去っていってしまった。


「なんなんですか、あの人……」


 あっけに取られたあずみが呆然、といった程で呟く。


 アリスはディーバの去った方向をじっと睨みつけていた。


「ディーバっていうね、パフォーマー系の配信者なんだ。その『前衛的な』歌声

でファンをがっちりとつかんでいるんだよね。けっこう有名な配信者だよ」


 『前衛的』の部分にアクセントをつけるようにしゃべるアリス。なんどか、ライブパフォーマンスに巻き込まれたことがある。もう二度といやだ。


「そうなんですね。でも、そんな有名人がなんで私のこと知っていたんでしょうか?」


「あー。きっとさっきのアバター変更の配信をチェックしたんだよ。配信て配信者どうしでも見られるから」


「そうなんですか! 知りませんでした」


「あずみちゃんも空き時間に他の配信を見るといいよ。勉強にもなるし、有益な情報も手に入るし」


「はい!」


 ディーバが去っていった大通りは、人通りが戻っている。


 活気のある街を眺めているのは楽しいとあずみは思っていた。


 最初は、訳も分からずこの世界に放り込まれたが、この世界にも人々がいて人々の生活がある。


 日本での暮らしと共通する部分を見つけて楽しくなっていた。


「さっきのディーバさん、ですか? 言っていたパフォーマーとか徘徊ってなん

なんですか?」


「あー、それはね」




***   ***


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