第8話 *街 5*




「あるのは、配信者の間で出来あがった配信マナーと暗黙のルールだけ」


「でも、それじゃ、人によってやっていいことと悪いことの線引きが違っちゃうじゃないですか」


「それがこの世界なの」


「でも」


 納得いかない。という目つきをしているあずみに、アリスはため息をつく。こういうまっすぐな「正しい」ことを信じている正義感タイプはこの世界では生きにくいだろう。


「いい、配信マナーは配信者が作った最低限のルール。暗黙のルールは、明文化されていないこの世界を支配している法則があるの」


「法則?」


 首を傾げるあずみにアリスはいって聞かせる。


「そう、少なくとも地球の人間が読める文字で書かれた法則は発見されていない。でも、経験則でわかっていることもあるの」


 アリスは順番に指を折っていく。


「一つは、過激なエロの配信。水着はOKっぽいってところまではわかっているの。二つ目は、過度な迷惑行為。これはどうやら累計で加算されいるんじゃないかって言われているわ。迷惑系配信者はこれによくひっかかるの。三つ目は配信に対しての消極的な態度。初心者が心が折れて配信しなくなったり、お店とかの経営にのめり込んで配信をしなくなるとこれに引っかかる」


「引っかかるとどうなるんですか」


 あずみは首を傾げていた。


 アリスは一言告げる。


「垢BANされる」


「垢BAN?」


「そう。通称垢BAN。この世界のルールにひっかかると垢BANされる。砂になって消えちゃうの」


「えっ」


 あずみは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。


 アリスは真面目は表情を崩さなかった。


「垢BANって本当はゲームとかの用語なんだけど。ここでは、砂になって消えることを垢BANっていうの。どんなに言葉を変えたって、人間が死ぬことに変わりはないんだけどね」


「……」


 あずみは言葉も出ずに沈黙している。心なしか顔色が悪い。


 きっとあずみはようやく、この世界の過酷さを知ったのだろう。嫌でも適性がなくてもしんどくてもこの世界では配信をしなければ生きていくことができないのだから。


「この世界はね、見えないわからない得体の知れないルールで動いているの。その見えないルールの上で僕たちは踊っていくしかないんんだよ」


 沈黙が落ちる。あずみは言葉を探しているようだった。


「それじゃ、あの少年は大丈夫なんですか? あれって迷惑行為ですよね」


「うん。そんなに酷いものでもないけどね。でも、続けていけばわずかでも加算されるし、いずれは累計が基準を超えて垢BANされるんだろうね」


「じゃ、やっぱり、辞めさせないと」


 今にも広場に引き返していきそうなあずみの首根っこを掴んでアリスは止める。


「本人もわかっているでしょ。いるんだよ時々さ、迷惑行為を繰り返して垢BANを狙っているような配信者」


「ど、どうしてですか。死んじゃうのに」


「う〜ん。そんなの本人にしかわからないけどね。消極的な自殺じゃないかな」


「そんなことって……」


「いいじゃない。本人が選んだんだから。外から口を出すことじゃないわ」


 アリスの言葉にあずみは唇を噛み締める。


「あ〜、なんだか眠くなってきちゃった。今日はもう、寝ようよ。アドバイスは明日からね!」


「……はい……」


「僕の定宿があるから、紹介してあげる。行こ!」


 そう言ってアリスは、あずみの手を引いて歩き出した。




***




次の日。通称ガチャガチャセンター前


「ねぇ、いくらお金持ってる?」


 アリスがあずみに聞くと、あずみは無言で赤い魚のアイテムボックスを開いた。アイテムボックスの中身は一覧でみられるようになっているのだけれど、あずみのボックスの中身は空っぽだった。


「みごとになにもないのね」


 アリスの揶揄にあずみは黙って頷く。


「Lv1でアイテムの回収とかしなかった?」


「あのー、そのLv1とかってどういう意味ですか?」


「あー、そこから説明しないとダメ?」


「はい。すみません」


「ダンジョンの各階層のことをレベルで言い表すんだよね。Lv1からLv12まであるの。Lv12以外は、この街のゲートから入ることができるよ。お金かかるけど」


「そのお金、結構、金額かかりますよね」


「そうだね」


「Lv1ってもしかして、ここに来たときに最初にいた場所ですか?」


「そうそう。あのお花畑の空間。通称、チュートリフロア。モンスターもほとんどいないしアイテムボックスが落ちているんだよね。まぁ、中身は価値の低い換金アイテムなんだけどさ」


「たしか、そのアイテム拾って換金してLv3ですか? あそこにいきました」


「いきなり、紫紺の洞窟とはチャレンジャーだよね」


「よくわかってなかったから……」


 アリスとあずみは、ガチャガチャセンターの中を進んでいく。


 ここは通称「自販機」と呼ばれるアイテム販売所なのだ。初期のころのアップデートでできた場所だとアリスは聞いている。


 そして、今ではアップデートのたびにいろいろなアイテムが追加されるようになって、かなり売り物も増えている。


 また、ここにはダンジョンで収集したアイテムを換金してくれる換金所もある。初心者からベテランまでお世話になる場所だった。


 アリスが今日、目指すのはアバターの自販機である。






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