第7話 *街 4*





「この砂時計は、夏至と冬至の日に砂が全部落ち切ってひっくり返ります。我々配信者はそれで季節の変わり目を知るわけですね。そして、その瞬間はダンジョンのアップデートの瞬間でもあります」


「まぁ、ここは昼も夜も季節もないから冬至も夏至もないんだけどね。砂時計がひっくり返るから夏至とか冬至とか便宜上いっているわけ」


「え、夜がないんですか?」


 あずみがびっくり。といったふうに言った。


「そうよ。いつも、こんなふうに天井がぼんやりと光っているの。気をつけないと睡眠バランスとかすぐに崩れちゃうからね」


「うわ〜。夜、明るいと眠れないんですよね。私」


「あ〜、それだと大変かも。頑張ってね」


「すっごい他人事ですね」


「他人事だもん。それに慣れるのもここで生きていく能力の一つだしね」


 少年は砂時計の周りを解説をしながら移動し、コウモリを引き寄せる。アイテムを引き出しているようだ。


 少年の手に握られたのは巨大なハンマーだった。


「うげ」


 アリスが嫌な顔をする。たいしてあずみは少年が何をしたいのかよくわかっていない。


「あずみちゃん、場所移動しよっか」


「え、なんでですか」


「あのね。基本的に街の中で武器を出す必要ってないの。出すってことはなにか犯罪か自警団か迷惑配信か傍迷惑な実験か。とにかく、ろくでもないんだよね」


 アリスはあずみの手を引っ張ると砂時計から離れようとした。


 周囲にいる人々も砂時計から離れているようだった。


 何かを殴る音と衝撃音がした。


 アリスに手を引かれたあずみが振り返ると少年が大砂時計を殴りつけたらしい。その瞬間に大砂時計は虹色に煌めくと透明な膜のようなもので覆われる。そして、ドラを叩いような巨大な音がしてハンマーで叩いた反動で幕が膨れた。


 少年は、膜を叩いた反動で吹っ飛ばされていった。そのあとをコウモリが追いかけていく。


「きゃぁぁ」


 その反動は大きく、そばにいたアリスとあずみも巻き込まれてしまった。


 吹き飛ばれて、ごろごろと広場を転がっていく。


「いたたたた……」


 アリスとあずみが全身を打ちつけて、痛みを堪えながら起き上がると当の少年はケラケラと笑い転げていた。


 少年のマスコットからコメントと投げ銭の読み上げが聞こえてきた。


「みなさん! 投げ銭ありがとう! 大砂時計には防御機構が備わっていることが確認できましたね!」


 少年は「あー、楽しかった」とケラケラと笑い続けていく。


「ああもう、耳が痛いよ」


 アリスが耳を抑えなが立ち上がる。周囲を見渡せば、同じように地面に転がっている人が多い。耳を抑えている人も多いようだった。


 まったく、迷惑な実験配信をするものだとアリスは心の中で毒づいた。


 すっと、アリスの脇を横切る人影がある。あずみだった。その表情は、どうやら怒っているのだろう。顔が真っ赤だった。


 あ、これはまずい。とアリスは直感した。


「あずみちゃん!」


 声をかけるが聞こえていないのか、無視をしているのか。とにかく、あずみはまっすぐに少年に向かっている。


「ちょっと、なんでこんなことをするの? 周りの迷惑も考えて!」


 あずみは笑っている少年に訴えた。


「はぁ?」


 少年の顔が真顔に戻る。


「ちょっと、おねえさん。配信中。わからない? 邪魔しないでくれるかな」


「配信なら何をしてもいいってわけじゃないでしょう? さっきの衝撃でみんな痛い目にあってるのに! その態度はないんじゃない?」


「うっせえなぁ。配信中にじゃますんなよ」


 少年のマスコットからも『空気読めよ』とか『マナー違反だ!』といったコメントが聞こえてくる。


「人に迷惑かけちゃいけませんって、常識でしょ」


「どこの常識だよ。ったく」


「あー。はいはい。ごめんね。この子新人でさ。きつく言い聞かせておくね〜」


 一色触発の雰囲気の中にアリスが割って入ってきた。


「アリスさん!」


「ごめんごめん! じゃ。邪魔者は去るからね。配信頑張ってね!」


「きっちり、躾けろよ!」


「そんな、アリスさん!」


 あずみはまだ納得がいっていないようだったが、アリスが強引に引きずって広場を後にした。






 広場から小道にあずみを引きずっていったアリスは、あずみの胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。薄い壁なのだろう軋む音がする。


「他人の配信の邪魔をしちゃいけないって教えたでしょ! 何やってんのよ」


「だって、あんな。広場にいた人みんな痛がってましたよ!」


「それは身を守れなかった自分が悪いの! 配信者が優先されるんだってば。それがマナーなの」


 顔を真っ赤にしてあずみもアリスも怒鳴っていた。


「そんなマナーおかしいです! それじゃ、迷惑かけた方が許されるっていうんですか!」


「全部が全部、許されるわけじゃない!」


「じゃ、どんなことだっら許されないんですか。その線引きはどこなんですか!」


 あずみは叫ぶ。


 胸ぐらを掴んでいたアリスは「ふぅ」と一息つくと手を緩める。


「いい? まず、この世界には国も行政も法律もないの? わかる?」


「……。はい、なんとなくそうなんだろうなって」





***   ***




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