第38話 納得しがたき指令
―○○××年 4月の中旬
コウたち、ラーズグリーズ隊が広報に努める中で統一連合における第三十回目となる中央議会が行われていた。
エリアの代表者と軍部が集まり様々な事を決めるこの議会。
事の中心はやはり『天使』の事であった。
ここ数年前からただ紛糾するのみで何も決まらないでいたこの議会であったが、今回では様々な事が定められた。
まず大きかった事は『天使』という名が仮称ではなく正式に定められた事であろう。
戦況には関わりない事ではあったが、今まで宙に浮いていた事が決まった事は喜ぶ事であった。
また今までA²乗りと呼称していたA²の乗り手の呼称も『ブレイブ』と定められた。
乗り手の事も天使と呼ぶ者もいた為、これを統一する事は意味のあることであった。
他にも様々な事が急速に決まっていったが、その背景には長期に渡る『天使』との戦いで落ちている民衆への求心力が原因の一因であった。
『天使』との戦いがいつ終えるか分からない以上、少しでも事を決めていき努力している所を見せなければまた国が乱立する事態にもなりかねなかった。
ラーズグリーズ隊の設立も、そう言った事情が重なって行われたのである。
そうして広報部隊としての仕事もこなしつつ、技量の強化や連携の特訓に明け暮れるラーズグリーズに新たな任務が下される。
「…上は本気でこんな事をやれと?」
「残念ながらな。それだけ上層部も必死なのだ。」
コウは通信室にて自身の後見人であり、提督でもあるバーナードと久しぶりに会話していた。
と言っても私的なものでは無く公的な要件ではあったが、二人の口調は家族としてのモノであった。
送られた資料を呆れながら目を通すコウ。
そんなコウをモニター越しに久しぶりに目に刻みながらバーナードは話を切り替える。
「それで?彼女たちとは上手くいってるか?」
「ん?ああアイツらね。まあ仲はそれほど悪くないと思うよ。連携も前と比べれば雲泥の差だしな。」
資料から目を離さないままコウは答える。
実際、彼女たちの隊長という立場では無くとも成長の著しさは感じ取れていた。
元々各々の能力が高い上に各自成長しようという気力がある。
さらに一つの正式な隊となった事で連携も意欲的になっていた。
「そうか。…男女の仲には発展する気配はあるのか?」
「…あのなぁ。」
バーナードの言葉にようやく資料を脇に置き、コメカミを押さえつつコウは答える。
「何で皆して聞くのかは知らないが。まず歳の差があるだろう。」
「愛があれば問題なかろう?それに十も離れておらんじゃろうに。」
「…それに部下とそういう関係になるのは、不味いだろ。」
「恋愛を禁止してる訳でもない。本当に愛し合っているなら何も問題は無かろう。」
「…いやいや。問題あるだろ。」
思わず納得しかけたコウがそう反論すると、バーナードは真剣な表情になる。
「だがなコウ。『天使』との戦いも重要であるが、それと同時にお前には幸せになって欲しいと思っておる。…それが戦いで散って行ったお前の両親に誓った事でもある。」
「…。」
コウの両親は二人とも軍人であった。
だが『天使』との戦いの際に二人とも軍人としてこの世を去ったのである。
コウの事をバーナードに託して。
「お前はまだ早いと考えておるのかも知れんが、人間である以上は死は避けられん。まして軍人であるなら尚更じゃろう。」
「…耳が痛い。」
「まあそうじゃろうな。自分の事になると無頓着になるからのう。」
バーナードは少し笑いながら言うと何かを取り出す。
「それは?」
「これらは全てお前との見合いを希望する者の写真じゃ。」
「…それ全部が?」
軽く山のようになっている写真の束をみて、愕然するコウはバーナードに一言だけ言う。
「聞いてないぞ。」
「言ってないからの。」
バーナードは軽く受け流すと、写真を見て苦笑する。
「まあ、ほとんどは儂に取り入ろうとする輩の差し金じゃろうから気にする事は無いんじゃがな。」
「じゃあ何で今更それを見せるんだよ。」
「こういった選択肢もあるのを見せたかっただけじゃ。この中から選べと言う気は無い。」
山を引っ込めるとバーナードは再び真剣な様子でコウを見つめる。
その表情は完全に提督としてでは無く、後見人としてのものであった。
「儂ももう歳じゃ。いつ死んでもおかしくは無い。ならば口うるさく言うぐらいは許してくれんか?」
「…言うだけならな。」
そう言うとコウは再び資料を手に取り公的な話に戻す。
「で?もう一度確認だが、お上は本気でこれを俺たちにやれと言うんだな。」
「まあ、そうじゃな。今話題になっておるラーズグリーズに相応しいだろうという安易な考えじゃな。」
呆れたように吐き出されたバーナードのため息は上層部に対してか、それとも話題を変えようとするコウに対してか。
それは定かでは無かったが、とにかくバーナードはこの話題転換に乗った。
「実際。そんな事をやろうと思えば最適なのはラーズグリーズじゃろうがな。」
「ったく。いくら広報部隊とはいえ限度があるだろ限度が。」
悪態を吐きながらコウは作戦の資料を叩きつける。
褒められた行為では無かったが気持ちとしては理解できたので特にバーナードは咎めなかった。
「しゃがなコウ。」
「分かってるよ。もう決まった事なんだろ?それが分かってるからこうして悪態を吐くしか無いんじゃないか。」
コウの言う通り、既にこの事を既に推し進めていた。
予算も組まれており、もう後戻りが出来る状況では無かった。
「すまんのう。一応儂も抵抗したんじゃが、押し切られてのう。」
「まあ、借りを作るほどの案件では無いだろうけど。…あいつらが何と言うか。」
「そこは信頼のある優秀な隊長が説得するじゃろうな。」
「簡単に言ってくれる。」
一癖二癖ある自身の部下の説得に苦労するのが目に見えているコウは頭を抱えるが、ため息を吐きながらバーナードの方を見る。
「了解した。準備等にかかる予算は一週間以内に提出する。」
「すまんな。」
「どうせ断れないんだろ。ならやるだけやるだけだ。」
コウはそう言って通信を切ろうとするが、ふとその動きが止まる。
「あと一言だけ。」
「ん?」
「俺が生きてる間はそう簡単にアンタを死なせる気は無いから。」
「…ふん。言ってくれるのう。」
それだけ会話すると通信は完全に切れ、互いの姿は見れなくなった。
コウは資料を拾い上げると、その内容に再びため息を吐く。
そこにはハッキリとこう書かれていた。
ラーズグリーズ隊、ライブステージ…と。
A² ―天使たちと戦いの円舞曲― 蒼色ノ狐 @aoirofox
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