第37話 始動

 「よし。全員集まっているな。」


 トウキョウ地区の戦いから一週間後、教室に五人が集まっているのを見て満足げに言うコウ。

 それに対してシャナは呆れたように言い返す。


 「それはそうでしょうね。一週間自室に謹慎されてたら他にやる事なんて無いでしょうよ。」


 戦いが終わりヨコハマ基地へと戻って来た五人を待っていたのは、副司令であるヨナの説教の後に処分が決まるまで自室での謹慎であった。

 なのでこうして五人で集まるのも一週間ぶりであり、コウが来るまでは改めて生きて戻れた事を喜びあっていた。


 「…それで教官。私たちはどのような処分が言い渡れたのでしょうか。」


 アンジュが不安そうに聞くと、コウは頭を掻きながら何でもないように答える。


 「あー、それな。結論から言えばお前たちに罪は問われない。無罪放免だ。」

 「…え!?」


 リーゼロッテが思わず声を上げてしまう。

 他のメンバーもそれぞれ不安そうにしてたり考え込んだりと、喜びの表情は見られなかった。


 「喜びは無しか、まあ普通はそうなるわな。」

 「教官。我々は命令違反を犯しました。それなのに一切の処分が下されないのは何故ですか?」


 ソフィアが納得いかないという顔をしながらコウに質問する。

 その一方でリンが不安そうに考えを口に出す。


 「…もしかして教官が罪を一人で。」

 「いや?心配してくれるのはありがたいが、俺にも特に処分はない。」

 「じゃあ何なのよ。このまま納得できる訳ないでしょ。」


 シャナの言葉に四人が頷くのに対しコウは肩を竦めながら説明をしだす。


 「実はこの騒動の一から十までが何故かマスコミに伝わっていてな。世間ではお前らは命令違反してでも都市を守った英雄扱いだぞ。」

 「そ、そうなんですか?」

 「知らなかったわね。」


 リーゼロッテとアンジュが驚きの声を上げる。

 謹慎の際に、テレビ等の情報を仕入れる物は一時的に没収されていたためその事実を知らなかった五人は驚きを隠せなかった。


 「…リークしたのは一体何者なんでしょうか。」


 ソフィアがそう疑問を口にする。

 機密性の高い情報を漏らしたのだから、その人物が気になるのも仕方がない事であろう。

 それに対してコウはある一点を見つめながら答える。


 「さあな。今頃俺らの反応を想像してほくそ笑んでるんじゃないか?知らないけど。」


 一方その頃、アランがクシャミをした事は恐らく関係がない事であった。


 「…まあその事はお前らが気にする事じゃ無い。問題は英雄扱いされているお前らを処罰すれば市民からの反感を買ってしまう事だ。」


 『天使』との戦いの長期化、そして反連への対応の遅さなどから統一連合に反感を持つ者も多い。

 その上、市民で英雄扱いされている者達を罰せば更にそれが深まるのは目に見えていた。


 「だから無罪放免って訳?…何と言うか素直には喜べないんだけど。」

 「で、ですよね…。」


 シャナとリンのそのやり取りにはコウも頷きたくなるが、五人には更に伝えるべき事があった。


 「まあそう言うな。もう一つ伝えるべき事がある。」

 「?何でしょう教官。」


 ソフィアがそう問いかけると、コウの雰囲気が少し真面目なものになる。

 それに対して五人も姿勢を正し、聞き漏らさない様にする。


 「上はただお前たちを無罪にするだけでなく、英雄部隊として祭り上げる気だ。まあ言えば体のいい広報部隊のような物だな。」

 「けど…。私たちはまだ…。」


 リーゼロッテが言いかけた通り、彼女たちはまだ候補生扱いである。

 つまり正規の軍人ではなく、まだ学生扱いの自分たちが広報とはいえ部隊になるという話に全員が混乱していた。

 その様子を見ながら、コウは微笑みを送る。


 「ああ。だから今日のメインはこの言葉を贈るためのものだ。…おめでとう。今日をもってお前たちは一足先に候補生卒業だ。」

 「「「「「…はい?」」」」」

 「だから。既にお前らは正規の軍人だ。」


 全員が信じられないような表情をする中で、コウは話を進めていく。


 「部隊名も決まっているぞ。『ラーズグリーズ』、北欧の戦乙女の名がついた部隊だ。所属はこのヨコハマ基地になるだろうな。」

 「…少し待ってください教官。」

 「何だ?ゼムスコフ。」


 ソフィアは立ち上がると、コウを見ながら質問する。


 「その場合、教官はどうなるのでしょうか?」


 そう聞かれたコウはため息を吐きながら答える。


 「さあな。まあ『オモイカネ』に戻されるんじゃないか?お前らの教育がここにいる理由なんだから。」

 「…でも。それは…。」

 「そ、そうですよね。教官のお陰で私たちは生きてここにいるのに…。」


 アンジュとリンが納得できない様子で口にした言葉はどうやら五人の共通意識のようで、全員がコウを見つめている。


 「まあ気にするな。俺は気にしてない。」

 「…ですけど。」


 リーゼロッテが何かを言おうとする前に、コウは五人を見渡しながら締めにかかる。


 「…思っていてくれる事には感謝している。これからも僅かな時間ではあったが、教えた事を憶えてくれると嬉しい。お前らと会えてそれなりに楽しかった。」

 「…教官。」


 リンが泣きそうな雰囲気でコウを呼ぶのが誘いになったのか、普段表情をあまり変えないソフィアでさえ泣きそうになっている。

 リーゼロッテは完全に涙を流しており、コウがどうやって場を収めようか考えていると突然教室の扉が開かれる。


 「残念ですが。中尉は五人と離れる事はもうしばらく無いと思われます。」

 「「「「「副司令?」」」」」


 入って来たのはヨナであった。

 場の雰囲気に流される事もなく、その場に立っているヨナにコウが質問する。


 「デミレル副司令。今の言葉は一体…。」

 「言葉通りですよ中尉。先ほど上層部から通達がありました。」


 ヨナは一枚の紙をコウに渡しながら内容を伝える。


 「コウ・ロックハート中尉。あなたをラーズグリーズの隊長として任命するそうです。同時にまだ教育不十分と思われる彼女たちを教育するように、と。まあやる事は今までと変わらないようですね。」


 ヨナはそれだけ伝えると、教室の外に出ようとする。

 その直前に一回だけ振り返ると、全員に優し気な笑みを送る。


 「おめでとう。これからもこのメンバーで一緒にいられるぞ。」


 それだけ伝えるとヨナは教室を去って行った。

 静まり返る教室の中、コウがようやく口を開く。


 「えー。と言う訳になった訳だが…。」


 コウは改めて全員を見渡す。

 その表情は先ほどとは違い、笑みが浮かんでおり少なくとも文句は無さそうであった。

 若干の照れを感じつつ、コウは改めて挨拶をする事にする。


 「お前たちラーズグリーズの隊長になるコウ・ロックハートだ。長い付き合いになるとは思うが、よろしく頼む。」


 そう言うと候補生改め、自分の部下となった少女五人が立ち上がり敬礼をして返事をする。


 「「「「「よろしくお願いします!隊長!」」」」」


 そう言って笑いあう六人。

 彼らの本格的な物語はここから始まるのであった。



 「…データベースにアクセス。」

 「…データ収集完了。」

 「…コウ・ロックハート。」

 「…この人物を_____と認定。」

 「…以後コウ・ロックハートのデータ収集を注力。」

 「…コウ・ロックハートの__のために____作製プランを始動。」

 「…全ては___の安寧のために。」

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