第32話 『天使』戦、開始

 現在『天使』はその機体の大きさによって、その呼び方が変わって来る。

 主力である小型は10m~13mほど。

 天使級、またはキューピット級と呼ばれるこれらは市民の間で『天使』と言えばこの小型を指すほどである。

 そして多くの場合、その小型を数十機率いているのが中型。

 A²と同じ18m~21mほどの中型は主に権天使級、力天使級などと呼ばれておりA²乗りの死因としてはこの中型との戦闘が最も多い。

 さらに30m以上の大型が何度か目撃されているが、戦闘までには至っていないため情報は少ない。


 主に『天使』の規模の大きさは中型の数によって決まっている。

 激戦地区であれば一度に十から二十まで中型が現れるのは当たり前であり、今回の権天使級一機というのは非常に小規模と言えるだろう。

 だが小規模だろうと大規模であろうと、被害が出る事は確かでありその都度で全力で対処するのが当たり前である。


 「…。」


 アランは格納庫でそのような事を考えながら、ある準備を指示していた。

 何かを考え込んでいる様子に気付いたのかコウが声を掛ける。


 「どうした?」

 「…今回の襲撃に関して考えていた。お前の言う通り『天使』に戦略的な意図があるとして、何故こんな小規模を送り込んで来たと思う?」

 「…侵略以外の目的があると思うのか?」


 コウが問い返すとアランは頭をガシガシと掻きながら答える。


 「お前も感じてただろ?これは侵攻というよりも。まるで俺たちを試すかのような挑発的行動に思える。…腹が立つ事この上ないがな。」


 アランはそこまで言うと浅く深呼吸して意識を切り替える。


 「まあこの事は考えても仕方がないがな。『天使』の目的が何であれ、こうなった以上は最善を尽くすだけだ。」

 「だな。後はこっちが間に合うか、だが。」


 コウがそう言うと同時にとある整備兵が二人に近づいて来る。


 「フェデリーチ司令!ロックハート中尉!準備ができました!何時でも行けます!」

 「そうか。迷惑をかけた。」

 「いえ!成功する事を祈ってます!」


 そう言って整備兵が離れていくと、コウは体を動かし準備を始める。


 「ホントにやる気か?体への負担は相当だぞ。」

 「他に手があるか?空いてるA²も乗り手もいないんだから、こうするしか無いだろ。それに…」


 コウは遠くにあるトウキョウ地区の方を向きながら呟く。


 「あいつ等も覚悟を持ってあそこに立っているんだ。なら俺もそれに似合った行動を取らないとな。」

 「…全く、入れ込み過ぎるなよ。」


 そう言ってアランは手を振りながら司令部へと戻って行く。

 その行動はコウが無事に戻って来るのを疑ってないようであった。


 「さてと。少しばかり無茶をしてみせようか!」


 コウはそう言って五人を助けるために行動を起こすのであった。



 一方で『天使』を捉えるまでの距離となった候補生はそれぞれ気持ちを整えていた。


 「では最後の確認をします。」


 自身の言葉に四人が頷くのを確認すると、ソフィアはこの後の流れを確認する。


 「まずクレオパトラの高火力砲、ナイルにて『天使』の陣形を崩した後にジャンヌ・ダルクを先陣として各機突撃。…その後は各機の奮戦しだいです。」

 「随分と大雑把な計画ね。まあ仕方ないけど。」


 シャナの言葉に対して、皆は沈黙で返した。

 実際、何もかもがぶっつけ本番。

 全員がやみくもに頑張ってようやく道が切り開ける。

 そんな状況であった。


 「…もう少しで射程距離に入るわ。全員、言いたい事があるなら今言っておきなさい。」


 ナイルの砲身を展開し、後は撃つだけとなった状況でシャナは全員にそう言う。


 「では一言だけ、いいですか?」


 リンが皆を見渡しながら微笑みを浮かべていう。


 「…皆さんに出会えてよかった。例えこの戦いがどんな結末を迎えようと、私は後悔はしません。」

 「リン…。」


 リンの言葉にリーゼロッテが何かを言おうとしたが、その前にシャナが反応する。


 「何よマツナガ。それじゃ死ぬ気満々みたいよ。」


 シャナの言葉にアンジュが頷きながら賛成する。


 「そうね。戦いの前にその言葉は言うべきではないと思う。けど、皆と出会えて良かったのは、きっと皆同じよ。」


 アンジュの言葉に三人が頷く中で、シャナは肩を竦めながら答える。


 「まあきっと悪い出会いでは無かったんでしょうね。けど副司令に関しては遠慮したいわ。正直『天使』と戦うよりあの人に怒られる方が怖いわよ。」


 シャナのその言葉に思わず皆から笑いが込み上げて来る。

 全員がその発言を本気だとは思っていない。

 シャナ自身も本気で言った訳では無い。

 ただ、最後かもしれないから笑っていたかったのだ。

 例えこの戦いに意味が無くとも。


 「…もう射程距離に入るわ。全員準備しなさい、特にレーナ―ル。いきなり撃沈とかやめてよ?」

 「ええ大丈夫よ。ナフティさんも気を付けてね。」


 その言葉にシャナは一瞬だけニヤリとした笑みで返すとすぐに真剣な表情になる。


 「カウントダウン開始。5…4…3」


 数が減っていくにつれ五人は緊張を越えて妙な楽しさを覚えるようになる。

 例え全員が生き残ろうと、命令違反をした五人はそれぞれのエリアに戻されるだろう事は全員察していた。

 だからこそ、この五人で暴れるだけ暴れよう。

 その後の事は何も考えずにいようという気になっていた。


 「2…1…ナイル最大出力!いっけぇぇぇぇ!!」


 その言葉と同時にシャナは引き金を引く。

 そしてクレオパトラの両肩の砲身から巨大な二つのエネルギーの束が全てを引き裂くように突き進んでいく。

 『天使』はその光に当然気が付き、回避行動を取ろうとする機体もあった。

 だが数十機のキューピット級は密集しており、射程内に入っていたほとんどが光に飲みこまれて蒸発した。


 「レーナ―ル!!」


 クレオパトラがナイルの砲身を排熱するのを確認しながらシャナはアンジュに叫ぶ。


 「行きます!!」


 それを横目にアンジュは『天使』に突撃していく。

 他のA²もそれに続き、クレオパトラも最後尾にてついていく。

 アンジュはジャンヌ・ダルクの武装であるショットガンを構えると『天使』に向けて連射していく。

 散弾によってキューピット級は次々に小破や大破していく。

 そして敵陣の中心に辺りで弾切れし、ショットガンを捨てハルバートを手に取るアンジュの目の前には未だに数十機の『天使』がこちらを囲もうとしている。


 「さあ。ここからが始まりよ。」


 シャナの言葉に全員が頷く。

 その言葉通り、戦いは今まさに始まったばかりであった。

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