第31話 誓い

 ヨコハマ基地を出立した候補生五人のA²は無事にトウキョウ地区へと到着。

 被害が出ずらいであろう場所に布陣すると今まで切っていた通信を入れる。


 「…ようやくコチラと話す気になったか。」


 そんな彼女たちを通信越しで出迎えたのは青筋を立てている副司令であるヨナであった。

 見るからに怒りを抑えている様子のヨナを恐れつつ、アンジュが切り出す。


 「命令違反は承知しています。ですが、どうしても何か役に立ちたくて。」

 「理由はどうでもいい。ここで重要なのはA²を勝手に持ち出し、無断で出撃した事だけだ。」

 「…相応の処罰は覚悟しています。」


 シャナの言葉にヨナは深くため息を吐くと、暗い口調で言う。


 「お前らの処罰だけで済む話だと思っているのか?司令も私も、多くの人間が監督責任を問われるだろう。無論中尉もな。」

 「それで教官は…。」


 リンの問いかけに周りに副司令として指示を飛ばしながらヨナは答える。


 「先ほど司令と共にどこかへ向かわれた。だが間違いなくこの案件についてだろうがな。」

 「…。」

 「が、実際迎えに行ける人材もいない。お前らは五人で小規模とはいえ『天使』と戦う事となる。こちらのレーダーによれば、接敵はおおよそ三十分後になるだろう。」


 リーゼロッテが何も答えない中、ヨナは『天使』の接近状況を知らせる。

 戦闘開始まであと一時間も無い事に緊張が高まる中で、ヨナは一言忠告する。


 「いいか、決して無茶をするな。必ず五人全員戻ってこい。」

 「命令ですか?」


 ソフィアがそう聞くとヨナは苦笑しながら返す。


 「命令を聞くならそこにはいないだろ。これは頼んでいるんだ。…これ以上面倒をかけられる前に戻れ、とな。全員の武運を祈る。」


 そう言って通信が切られると、リーゼロッテが口を開く。


 「デミレル副司令、思ったより怒ってなかったね。もっと言われると思ってた。」

 「こっちに気を回すだけの余裕が無いだけでしょ。戻れたら何言われるか分かったものじゃないわよ。」


 肩を回しつつそう返すシャナ、その顔には未だ緊張の色が見えていた。


 「…教官。顔を見せませんでしたね。」

 「やはり怒っているのでしょうか。」


 リンとソフィアがそう話していると、アンジュが明るく笑顔で答える。


 「大丈夫。教官もきっと怒るでしょうけど、顔を見せないって事は無いわよ。絶対。」


 そう二人を元気付けようとしているアンジュであったが、モニター越しでも無理をして笑顔を作っている事は明らかであった。


 「まあ。それも生きて帰れば、の話だけどね。」

 「「「「…。」」」」


 シャナの言葉に全員が黙り込む。

 向こうは殺戮と破壊を繰り返す兵器。

 一瞬の隙が今生の別れになりうる実戦、それも本格的な訓練を受ける前の候補生である五人が生きて戻れる可能性は低いとしか言えなかった。

 その現実が目の前に迫る中で、突然リーゼロッテが叫ぶ。


 「あ。あの!!」

 「な、何?バウマンさん。」


 アンジュが問いかけると、リーゼロッテは大声で提案をする。


 「み、皆。名前で呼んでみませんか!?」

 「緊張でおかしくなった?今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ。」


 シャナはリーゼロッテの提案を拒否しようとするが、意外にも賛同者が現れた。


 「いいかも知れないですね。」

 「…マツナガ、本気?」


 正気を疑うような声で問いかけるシャナに対し、リンは笑顔で答える。


 「こ、これで最後かも知れない。だからこそ、共に戦う仲間で他人行儀は嫌だなって思ったんです。」

 「じ、じゃあよろしくね。…リンさん。」

 「リン、でいいよ。私もリーゼロッテ、って呼ばせて貰うから。」

 「…うん。よろしくねリン。」

 「じゃあ私も仲間に入れて貰おうかしら。」

 「レーナ―ル。アンタまで。」


 アンジュも参加した事に頭を抱えるシャナ。

 その様子を見ながらアンジュはリンとリーゼロッテに微笑みかける。


 「これからはアンジュって呼んでね。私も二人の事は名前で呼ばせて貰うから。」

 「う、うん!よろしく!」

 「アンジュ。一緒に頑張ろう。」


 三人が和気あいあいとした様子になるのを画面越しで見ながらシャナは五度目になるクレオパトラの確認をしていた。


 「入らないのですか?シャナ・ナフティ。」


 そう言って話しかけて来たのはソフィアであった。

 無視しようか悩んだシャナであったが、結局ため息を吐きながらも答える。


 「意味無いでしょ?名前で呼ぼうと何だろうと。」

 「一体感を高めるために名前で呼ぶのは効果的だと思いますが?」

 「…。」

 「シャナ・ナフティ。勘違いだったらスミマセンが、もしかして関係を築いた相手が死ぬのが怖いのですか?」

 「…悪い?」


 シャナが不貞腐れたように答えるのに対して、ソフィアはいつもの様に淡々としていた。


 「いえ。人間である以上は親しい人間が亡くなるのは恐れるものだと思います。」

 「そう?そう言うアンタはいつもと変わらないように見えるけど、怖くないの?」

 「怖いですよ、とても。」


 ソフィアにそう断言され、目を丸くするシャナ。

 その反応が不満だったのか、ソフィアは少し不服そうに説明する。


 「正確に言えば自分の信じているモノが壊れる事、それが怖いです。」

 「ふーん。アンタにも怖いって感情があったとはね。…信じてるモノっていうのは?」

 「教官にも言いましたが、私は自分の行動は合理性に基づいた正しい行動だと信じています。それを信じられなければ私では無くなってしまう。」

 「ゼムスコフ…。」


 シャナの呼びかけも聞こえていないのか、ソフィアは力強く誓う。


 「だからこそ、この場は全員でトウキョウ地区に被害無く『天使』を撃破します。そこは引けません。」

 「…アンタの合理性云々に関してはツッコミたい所があるけれど、折角ここまでやらかしたんだから被害を都市に出させないのは賛成よ。」


 シャナをそう言うとモニター越しのソフィアに向けて、今までの緊張を見せない不敵な笑みを浮かべる。


 「自分が死ぬのも、他の人が死ぬのもゴメンだわ。全員で生きて全員で怒られるわよ。」

 「…そうですね。ここまで来たら一蓮托生というものです。」


 シャナに釣られてか笑みを返すソフィア。

 二人の間に何かしらが芽生えようとしていると、アンジュが話しかける。


 「二人は?名前では呼んでくれないの?」

 「…そうね。ここを生き残れたら考えてもいいわね。」

 「では私もシャナ・ナフティと同じで。」


 それは全員で生き残ろうと言っているのと同じであった。

 三人共それに気づき、笑顔を浮かべる。

 だが、その時間を切り裂くように敵の接近を知らせる警告音が五機に鳴り響く。


 「っ!全員気を付けて!!『天使』のご登場よ!」


 五人の候補生と破滅をもたらす『天使』。

 その戦いが始まろうとしていた。

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