第30話 救える力

 「…。」


 作戦会議室を飛び出した後、シャナはいつもの教室まで来ていた。

 その行動に特に理由があった訳では無い。

 ただ心を落ち着かせるのに此処が最適であっただけの事であった。


 「何やってるのよ…私。」


 だが、彼女の口から出てくるのは後悔の言葉のみであった。

 今回の事に対してシャナはコウに対して怒ったりは、もうしていなかった。

 コウがシャナを含めた候補生全員の身の安全を考え、苦渋の決断をした事は言わなくても分かっていた。

 だからこそ、彼女を今苦しめているもの。

 それはそれが分かっていながら八つ当たりの言葉を投げつけその場を去ってしまった事であった。


 「あのまま居ても何も変わらない事は分かっているのに…。」


 それでも、ついシャナは考える。

 何かしら手伝える事はあったのではないか、と。

 例え小さな事だろうとやれる事があったならば、それを全力でやる事で救える命もあったのかも知れない。

 だが、実際は今こうして教室で項垂れている。

 その事実が彼女を落ち込ませていた。


 「シャナ・ナフティ。ここにいましたか。」

 「…何の用よゼムスコフ。」


 そこにやって来たのはソフィアであった。

 シャナは入って来たソフィアを一瞥すると、まるで何も無かったかのように再び項垂れる。


 「悪いけど、今は話す気にならないの。話し相手なら他の奴に…。」

 「いえ、あなたに用があるのです。シャナ・ナフティ。」

 「…何なのよ一体。」


 ソフィアの言葉にシャナはようやく顔を上げ、ソフィアと目を合わせる。

 それを確認すると、ソフィアはシャナの目を見て質問する。


 「一つ聞きます。シャナ・ナフティ、あなたは命令違反する気はありますか?」

 「…何を考えてるのよ、ゼムスコフ。」


 シャナはその質問を聞いた瞬間から、ソフィアを見る目が険しくなる。

 だがその事に気付いていないようにソフィアは何でも無いかのように語り続ける。


 「当然、今回の出撃の件です。都市を放棄するにしてもそれまで時間を稼ぐ役が必要です。ですが、どう考えても三機のA²だけでは足りません。」

 「それを踏まえて出撃するな、と言われているのよ?…ゼムスコフ、本当に意味を分かって言ってる?」


 シャナは呆れたようにソフィアに丹寧に説明をする。


 「いい?A²の無断使用は重大な軍機違反よ?アンタが今までしてきた違反とは比べようが無いほどのね。まだ軍人じゃないとは言え、それをやったら私たちにも厳罰が下されるでしょうね。」

 「分かっていますよ。当然。」

 「っ!だったらそんな事を口にしないでよ!諦められなくなるでしょうが!」


 立ち上がりソフィアを睨みつけるシャナの目には僅かに涙が浮かんでいた。

 ソフィアはその事を指摘する事は無く、ただいつもの様に淡々としている。


 「…我々はそれぞれ違うエリアから来て、それぞれの考えの元に行動しています。それは今後も変わらないでしょう。」

 「それが?」

 「ですが、人を守りたいという気持ちは同じなはずです。そうでなければ反連への作戦に参加などしなかったでしょう。」

 「…。」


 段々とシャナからソフィアへの怒気が薄れていくのに対して、ソフィアの話は本題へと突入していく。


 「教官の下した判断は決して間違いでは無いでしょう。むしろ今から私がしようとしている事の方が問題なのも、理解はしています。」

 「…そうだとしても、やる気?」

 「はい。人々を助けられるだけの力が我々にはあります。例え間違いだとしても、それを使って救える命があるのなら…やる価値はあると思います。」

 「…。」


 一連の話を聞いてシャナは考え込む。

 ソフィアの提案に乗るか、それとも命令に忠実でいるか。

 もし提案に乗れば例え全てが上手くいったとしても、最悪除籍という形になるだろう事はシャナは理解している。

 だがここで救える命を見捨てて軍人になったとしても、きっと支えてくれた母親に顔向け出来るだろうか?

 シャナの苦悶を察するかのように、ソフィアは話を付け加える。


 「言っておきますがこれは提案です。強制する気はありません。…ですが既にリン・マツナガとアンジュ・レーナ―ル、そしてリーゼロッテ・バウマンは参加の意思を示しました。」

 「…そう。」


 他のメンバーが全員参加と聞き、シャナは悩み続ける。

 いや、もう既に心は決まっていたのかも知れない。

 だがもう一歩、決定打がシャナには無かった。


 (お母さん…。)


 自分の母親がこの立場ならどうしただろうか、そこまでまで考えてようやくシャナの覚悟は決まった。


 「…あ~あ。これで完全に出世コースからはオサラバか。横道に逸れても立て直せると思ったんだけどな。」

 「シャナ・ナフティ。」

 「で、いつ決行する気?」


 こうして、候補生による無断出撃の計画は進められたのである。



 「状況は!!」


 司令室に入るなり、現状の確認を取るコウ。

 それを咎める事もなくヨナは判明している事を話す。


 「現在彼女たちはそれぞれの専用機で出撃後、真っ直ぐトウキョウ地区へ向かっています。恐らく『天使』の襲撃の前には到着すると思われます。」

 「専用機には厳重なロックが掛けられていただろ。」

 「どうやらバウマンがハッキングして外したらしい。まさかそこまでの腕を隠していたとはな。」


 大げさにリアクションしながら答えるアランにコウは腹を立てるが、すぐに落ち着きを取り戻す。


 「あいつ等との通信は?」

 「向こうがコチラの通信を受けません。戻る気は無さそうですね。」

 「…どうする気だアラン。このまま何もしないって事はしないだろ?」


 コウにそう聞かれたアランは苦笑しながら答える。


 「まあな。だがここの警備を割く訳にはいかない以上、現場が混乱しないように通達する以外やる事は無い。…残念だろうが、あいつ等の奮戦に期待するしかないな。」

 「では、早速トウキョウ地区の部隊に通達を入れます。」


 そう言ってヨナが離れている間もコウは何かを考え続けており、やがてアランに一つ問いかける。

 その問いに対してアランが不思議そうに返すと、コウはある提案をする。


 「…確かに、今できる中では唯一の手助けになるかも知れないが。いいのか?だいぶリスキーだぞ。」

 「あいつ等は覚悟を持って出撃した。多くの命を救うために、自分の命を賭けてな。だったら俺もその位の覚悟を決めないとな。」

 「分かったよ、すぐに準備させる。」

 「サンキュ。代わりに上に謝る時は俺も付いて行ってやるよ。」

 「当然だアホ。」


 こうしてアランは何処かに連絡を入れる。

 その様子を見ながら、コウは五人の無事を祈る。



 「無事でいろよ。絶対に。」

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