第33話 権天使級、強襲

 「…隊長。」

 「なんだ。」


 自身の部下の女性の通信に、隊長と呼ばれた男はぶっきらぼうに返す。

 いつも変わらない様子の隊長の声にどこか安心しつつも、湧き上がる疑問をそのままぶつける。


 「いいんですか?このままで。」

 「何の事だ。今は仕事中だぞ。」


 彼らは今現在、シェルターに避難しているトウキョウ地区の住民の安全を確保している最中である。

 当然、下には警官らも市民の誘導をしている。

 だが中には暴徒と化す者もいるため、こうしてA²が市民の安全を確保しているのである。


 「いえ。市民の安全の確保が重要なのは理解してるつもりです。…ですけど。」

 「暴走した候補生が気になるか。」


 隊長がそう聞き返すと、部下である女性は頷いた。


 「彼女たちは確かに命令違反をしたかも知れません。けど、明らかにそれはこのトウキョウ地区を守るためです。」

 「だとしたらどうする。任務を捨てて助けにでも行くか?」

 「例え三機共でなくて一機だけでも援護するべきでは…。」

 「ダメだ。許可出来ない。」

 「何故ですか!彼女たちが無断で行動しているからですか!」


 思わず隊長にそう怒鳴ってしまう女性であったが、隊長の方は怒った様子も無くただ冷静に返すのみであった。


 「少し頭を冷やせ。仮にお前が行ったとして、状況が良くなると本気で思っている訳では無いだろう?」

 「っ!…そ、それは。」


 彼女の実力はお世辞にも上位に入るようなものでは無い。

 それに加えて乗っているA²は初期型を何とか動かせるようにした程度の暴徒鎮圧用の機体なのである。

 例え彼女が助けに行ったとしても、邪魔になるのは目に見えていた。

 そしてそれは少し離れた場所にいるもう一人の青年と、二人を指揮している隊長でも同じであった。


 「それに考えろ。もしその間にここに問題があれば、それこそ彼女たちの行動は無駄になってしまう。」

 「あ…。」

 「悔しい事ではあるが我々に出来るのは市民を安全に、そして速やかにシェルターへと誘導する事だ。…本当に、不甲斐ない事ではあるがな。」


 そう言った隊長の顔は、部下である彼女が見た事無いほど悔しさを滲ませたものであった。

 女性は顔を伏せつつ思わず口から思いが漏れ出す。


 「隊長。…弱いという事はこんなにも悔しい事なんですね。」

 「…だな。特にこんな世の中ではそれを強く感じてしまうな。」


 隊長はそう言いながらも、力強い眼で部下の女性をモニター越しに見つめる。


 「だが弱い事を気にして何も出来ないでいるのは良くない。強い者も弱い者も自分が出来る事を一生懸命にやれば、それだけで世界は上手くいく。勿論自分を向上させる意思も必要ではあるがな。」

 「…そんな物ですか。」

 「そんな物だ。しょせん強くても人一人に出来る事は限られている。その下にそれを助ける奴らがいるからそいつは輝けるんだ。」


 隊長の言葉を受けて女性は今も『天使』と戦っているだろう候補生たちのいる方角を見る。

 声を聞いたことも、姿を見た事も無い候補生たちに向けて女性は聞こえる筈の無い応援を送るのであった。


 「頑張れ、負けるな。きっと…私たちは勝つ。」



 「このぉ!」


 その頃、候補生たちと『天使』たちとの対決は激しさを増していた。

 キューピット級のエネルギー砲を躱しつつシャナは大型エネルギーライフルを連射する。

 それによって爆発しながら散って行ったキューピット級の穴を埋めるように次のキューピット級が現れる。


 「あーもう!分かってたけどしつこい!」


 小型である『天使』のキューピット級の戦い方はとにかく数で圧倒する方法である。

 A²一機に対して三~五機で攻撃してくるのが定番である。

 それを理解しながらも、一向に減る様子を見せないキューピット級に苛立ちをぶつけるようにライフルを連射していくシャナ。


 「冷静に。確実に敵の数は減っています。『天使』の注意がこちらに向いている以上、我々は確実に仕留めればいいだけの話です。」


 ソフィアはそう言いながら、マシンガンとエネルギーライフルを両手で操り突進してくるキューピット級を確実に仕留めた。

 ビット兵器であるトリグラフの使用には相当の集中力が必要となり、無防備な状態を晒す事になるため今回は使用を抑え手持ちの武器を中心にソフィアは立ち回っていた。


 「分かってるわよ、そんな事は。ただしつこいのも事実で、しょ!」


 後方から近づいて来るキューピット級に対してシャナは近接ナイフで振り払う。

 直撃したキューピット級の傷から火花が出て、やがて爆発して残骸となる。

 それを確認する事もなく、シャナは密集している箇所を見つけると両肩のエネルギー砲を撃つ。

 それに直撃したキューピット級はいなかったが、散りじりとなったところに追撃は入る。


 「避けさせない!」


 両腕に一丁づつ、そして展開しているサブアームにもそれぞれハンドガンを装備しているリーゼロッテのA²のクニグンデがキューピット級に乱射していく。

 そもそもこういった少数で多を圧倒するコンセプトのクニグンデにとって、最も活躍できる場と言えるであろう。

 一面にばら撒かれた弾丸によって一機、また一機とキューピット級が撃破されていく。

 その後方から別のキューピット級の五機が突進してくるが、それは二機のA²によって阻止される。


 「させません!」

 「やらせない!」


 アンジュの操るジャンヌ・ダルクの大盾をそのままぶつけられ三機が大破。

 そして残る二機も、リンのツルヒメのブレード二刀流によって切り伏せられる。

 大破して動きが鈍くなった三機は、ジャンヌ・ダルクのショットガンとツルヒメの弓型のエネルギー砲によって完全に沈黙した。


 「二人とも流石です。」

 「大分数は減らせたんじゃない?まあレーダー上はそんなに変わらないけど。」


 そこに他のキューピット級を撃沈しながらシャナとソフィアが近づいて来る。

 乱射していたリーゼロッテも一面を制圧し終えたため皆と合流し、久しぶりに五機のA²が一か所に集まる。


 「全員マナの調子はどう?まだまだ続きそうだけど。」

 「も、問題無いです。」

 「無理しないでねリーゼロッテ。トリグラフの射撃は重要なんだから、適度に節約してね。」


 ソフィアにそう言われてリーゼロッテは頷く。

 リンとソフィアもそれぞれ問題が無い事を表明し、シャナは未だこちらを取り囲んでいるキューピット級を見る。


 「ならいいわ。…そろそろ本命が来そうだしね。」

 「シャナ・ナフティ。どうやらその本命が来た模様ですよ。」


 ソフィアがそう言うと、キューピット級の群れの奥から機械仕掛けの牛のようなモノが現れる。

 空中を闊歩しながら向かってくる姿は候補生たちを威圧しているようでもあった。


 「来たわね。中型、権天使級」

 「敵の本命です。各機気をつけて。」


 ソフィアの言葉が言い終わらぬうちに権天使級が行動を起こす。

 角のようなパーツから何かが発生し、各A²に襲い掛かる。

 広範囲に広がったそれは避ける事を許さなかった。


 「「「「「!!」」」」」


 それに触れたキューピット級が破壊されるのを見ながら、候補生たちにそれは近づくのであった。

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