第27話 例えこの一瞬が…

 プールエリアにて遊びを満喫したコウたちはメイン区画とも言えるアトラクションエリアへと移動した。

 一頻りのアトラクションを遊びつくすしていると、ある直球な名前のアトラクションへとたどり着いた。


 「真・恐怖の館ねぇ。…もう少し名前は工夫できたんじゃないか?」

 「き、教官。ほ、本当に入るんですか?」

 「び、ビクつくんじゃないわよバウマン!所詮作り物じゃない!」


 今にも泣きそうな顔で聞くリーゼロッテにシャナが発破をかける。

 だがその声と脚が震えている事は誰の目から見ても明らかであった。

 そんなシャナの発言に待ったをかける人物が一人いた。


 「ナフティさん、その発言は聞き捨てなりません。」

 「ま、マツナガ?顔が真剣すぎるわよ?」


 普段のネガティブな人格を置いて来たかのような、自信がある口調でリンは自論を語り始める。


 「いいですか?こういったお化け屋敷は確かに造り物です。ですが!だからこそ!人を驚かせようという人の知恵と工夫が詰まった物なんです!だいたい最近のホラーは血が出れば驚くだろうという意図が見え見えです!ホラーに大切なのは直接的な恐怖では無く、精神に訴えかけるものじゃないとダメなんです!それに!」

 「分かった!分かったから!その話は後にしましょう、マツナガ!」


 シャナがまだまだ語りたい無い様子のリンを押さえている間にコウはアンジュと話す。


 「レーナ―ル。アレ、知ってたか?」

 「あ、アハハ。好きとは聞いてましたけど、あそこまでとは…。」

 「今後マツナガにホラー系の話題を振るのは止めといた方がいいな。」


 話し終えたタイミングで、どうやらリンの方も少しは落ち着いたようであったので取り敢えず入ろうとするコウであったが、今度はソフィアから待ったが入る。


 「待って下さい教官。ここは折角なのでペア三組で入るのはどうでしょう?」

 「ナイス!…コホン。ゼムスコフにしてはいいアイディアじゃない?まあ私はどっちでもいいけど…。」

 「ぺ、ペアの方がありがたい…です。」

 「と、いう意見が出てるが?マツナガはどうだ?」

 「いいですね!誰かと入るなんて初めてです!」


 リンも賛成したため、次はペア決めに入る。

 公平にジャンケンで同じ手を出した者同士でペアを組む事となった。

 何度かすれば決まるだろうと予想されていたが、意外にもペアは一発で決まった。


 「教官!楽しみ方をお教えしますね!」

 「ほどほどに頼む、マツナガ。」


 リンとコウという恐怖よりも楽しみが勝っているペア。


 「む~。是非教官と組んで王道の腕にしがみ付くのをしたかったのですが。」

 「だから言い出したのね、ゼムスコフさん。」


 ソフィアとアンジュという少しは恐怖を感じているペア。


 「…どうして。」

 「こ、こんな事って…。」


 そして恐怖を最大限感じているリーゼロッテとシャナという、くじ運最悪とも言えるペアと決まった。

 むしろ互いに恐怖を煽るようなペアに流石に心配になるコウとアンジュではあったが、交代を申し出てもシャナがプライドが邪魔して嫌がるであろう事は目に見えていた。


 「…さて行くか。四人共出口で待ってるからな。」


 そのためコウは今にも一人で行きそうなリンと共に真・恐怖の館に突入していく。

 客はそれほど居なかったが、中々凝った作りをしていたのとリンの細かい解説を聞いていたコウはそれなりに楽しめて出口まで到着した。


 「あー、もう終わりなんて…。あともう少し居たかったです。」

 「スタッフも長居されても迷惑だろうがな。」


 そうこう話しているうちにソフィアとアンジュのペアが館から出てきた。


 「な、中々怖かったですね。JAエリアのホラーハウスがここまでのレベルだなんて。」

 「はい。血の表現を抑えつつあそこまで恐怖を与える事が出来るとは驚きです。」

 「そうなんです!二人とも良ければ解説を!」

 「「いえ。それはいいです。」」


 二人同時に拒否されて落ち込むリンを置いといてコウは心配な二人について話す。


 「…で?どうだった?あの二人は。」

 「大丈夫とは言っていましたけど…。一応入ってはいるみたいですね。」

 「ええ。二人の悲鳴がここまで聞こえますからね。」


 結局、リーゼロッテとシャナ。

 この二人が出口まで来たのはコウとリンのペアの三倍の時間がかかったのであった。

 そしてもう一度入ろうとするリンを必死に止める二人を見て、コウは笑いを堪えられなかったのであった。



 「うぅ。ホラーハウスでは散々な目に逢いました。」

 「はは。まあこれも思い出だと思えば後々笑い話になるさ。」


 その後、名物であるパレードを見学した一同はそれぞれお土産を買い基地へと戻っていた。

 散々遊んだためか、リーゼロッテ以外のメンバーは車の後ろで眠っていた。

 コーヒーを飲みながら運転するコウに、突然リーゼロッテは頭を下げる。


 「…教官。本日はありがとうございました。」

 「何だいきなり。それに礼を言う相手が間違っているぞ、チケットを持っていたのはアランだ。」

 「もちろん司令官にも感謝してます。…けどこうして皆で遊べたのは、やっぱり教官だったからだと思うんです。」


 リーゼロッテはそこまで言うと、寝ている皆を見渡す。


 「マツナガさんも、レーナ―ルさんも。そしてナフティさんとゼムスコフさんも。そして私も、皆が何か問題があってここに居ます。本当なら遊びに行ける余裕なんて無かったと思うんです。」

 「…まあ、そうかも知れないな。」


 全員それぞれ解決すべき問題がある。

 それを考えれば、確かに全員で遊びに行けた事は驚きの事なのかも知れなかった。


 「けど教官は私たち一人一人に心を砕いて接してくれました。」

 「問題を解決する事が目的だからな。当然だろ?」

 「けれど、その当然をして貰えなかったんです。私たちは。」

 「…。」


 リーゼロッテは窓から空を見上げる。

 すっかりと暗くなった空には様々な星々が輝いていた。


 「何時かは私たちも一人前になって教官の下から去っていくと思います。」

 「そうしてくれ。俺も何時までも面倒を見る気は無いぞ。」

 「けど。私、決して忘れません。こんな私を見捨てないでくれた人の事を。こうして皆で笑って過ごしたこの日の事を。例え一瞬の幻だったとしても。」


 そこまで言ってリーゼロッテはコウの方を向く。

 その表情はいつもと変わらないように見えたが、親しい者が見れば若干の照れがある事を察しただろう。


 「もちろん皆も同じ気持ちだと思いますよ?」

 「そうかい。…バウマンも疲れただろ?少しは寝てもいいんだぞ?」

 「…では少しだけ。教官、今日はありがとうございました。」

 「何度も言わなくていいって…全く。」


 呆れたような口調であったが、その表情には笑みが乗っていた事は本人しか分からなかった。



 こうしてコウたちは平和な休日を過ごしたのであった。

 …だが、そんな彼らに魔の手が。

 そして選択が迫ろうとしていた事は、この時には誰にも分からないのであった。

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