第21話 夜間の教え

 候補生たちに作戦への参加を考えるように伝えたその日の夜。

 コウは一通のメールに呼び出されてトレーニングルームへと向かっていた。

 すっかりと馴れた様子でコウはトレーニングルームへ着くと、そこには呼び出した人物だけでなく、もう二人ほど待っていた。


 「…まさか三人で待ち構えてるとは思わなかったぞ、ナフティ。」


 トレーニングルームには授業を受けている時と同じ服装のシャナとトレーニングウェアを着こんだリーゼロッテとソフィアがいた。

 コウの言葉に対してシャナはため息を吐きながら答える。


 「別に声をかけた訳じゃ無いわ。来たらたまたま二人が居ただけよ。」

 「その、どうしても落ち着かなくて。…。」

 「私も同じ理由です。…お邪魔でしたら戻りますが?」

 「それはナフティに聞かないとな。どうするんだ?」


 コウにそう聞かれたシャナは再びため息を吐きつつ同じ候補生である二人を見る。


 「別に構わないわよ。どうせこの二人も落ち着かない理由は私と一緒でしょ。」

 「「…。」」

 「じゃあ教官に聞くけど」

 「少し待てナフティ。」


 二人が黙り込むのを見てシャナは何かを言おうとするがコウはそれを止めると入り口まで歩いて行くと、聞き耳を立てていた二人を捕まえる。


 「盗み聞きとはいい趣味だな。レーナ―ルにマツナガ。」

 「…すみません。」

 「は、入りずらくて。」


 コウは二人を中に入れるとため息を吐く。


 「結局、全員集合か。授業とそう変わらんな。」


 そう言うとコウは真剣な目で呼び出した本人であるシャナを見つめる。


 「さてナフティ。こういう状況になってはしまったが、この際だ。呼び出してまで聞きたかった事、全部吐き出せ。」

 「…そうね。そうさせてもらうわ。」


 シャナは深く深呼吸すると、真正面からコウを見つめる。


 「確かに午前に会った時は無理をしてた。『天使』と戦う覚悟は出来ていても人と戦う覚悟は…正直言ってまだ付かないわ。」

 「ナフティさん…。」


 リンが思わず言葉を漏らすがそれを気にせずシャナはコウに問いかける。


 「けど、人を撃つ覚悟なんてどうやって身に付ければいいのよ?…教官はどうやってそれを身に着けたのか、それを聞きたくて呼び出したわ。」


 シャナはそう言うとコウに向かって頭を下げる。


 「お願いします教官。人と戦う覚悟の決め方をどうか教えてください。」


 すると黙っていた四人も一斉にコウに頭を下げる。


 「お願いします教官。」

 「わ、私たちに教えてください!」

 「いつかはしなくてはいけない覚悟ですから。」

 「き、教官!」


 アンジュが、リンが、ソフィアが、リーゼロッテがシャナと同じく頭を下げるのを見てコウは再びため息を吐く。


 「全くお前らは…。その歳で無理しなくてもいいだろうに。断ってもいいと言ったよな。」

 「そうしたら教官が引き受けるつもりなのですね。我々の代わりに。」

 「…どうしてそう思う?」


 ソフィアの問いかけにそう返すコウであったが、シャナが呆れたように返す。


 「態度でバレバレだったわよ。如何にも覚悟決めてますみたいな顔してたし。」

 「あ、あの。最初から気づいてました。」

 「マジか。…腹芸苦手なんだよな。」


 リンにも指摘されコウがそうぼやくと、アンジュが言葉を発する。


 「それにテロなんて許せません!例え微力でも役に立ちたいんです!」

 「が、頑張ります!」


 アンジュの言葉にリーゼロッテも同意すると、ソフィアが一歩前に出る。


 「教官。皆、理由はどうあれ参加する意欲があります。…ですが人と対峙する覚悟、それだけが足りません。どうかお教えくださいませんか。」


 その言葉を受けてコウは全員を見渡す。

 皆それぞれ違った表情をしながらも、その眼に宿った意思は一緒であった。


 「…分かった。ただ大した事は話せないぞ。俺もまだ答えを探してる最中なんだからな。」

 「と、『トール』に所属していたのに。迷う事なんてあったんですか?」


 リーゼロッテがそう聞くと、コウは苦笑しながら返す。


 「何時も迷っていたさ。特にテロや暴徒の鎮圧の時とかはな。」


 コウの言葉に全員が驚いていた。

 エース部隊に所属した人はそういった悩みとは無縁と思っていたからだ。


 「あいつらにも家族はいるんだろうか?撃ったらその家族は泣くだろうか?…戦場に立つ前はそんな事を考えてた。ある意味『天使』との戦いの方が気は楽だな。」

 「…どうやってそれを克服してるんですか?」


 アンジュの質問にコウは天井を見上げながら答える。


 「単純な話、実際に戦場に立てばそんな考えも吹き飛んでしまう。そうしないと自分が死ぬからな。」

 「「「「「…。」」」」」

 「質問されてこんな事を言うのはなんだが、その明確な答えを持ってる奴はそう居ないだろう。」

 「…結局。質問には答えられないって訳?」


 シャナの問いかけに対してコウは頷く。


 「まあ、そうなるかな。…けれど人と戦う事を恐れない秘訣は教えてやれる。」

 「そ、それは一体?」


 そう聞いたリンだけでなく、全員が前のめりでコウの言葉を待っている。


 「簡単さ。自分たちが守りたいと思える人、それを思い浮かべるだけでいい。…人と戦うのが怖くてもその人を守りたいという思いが力をくれる。」

 「守りたい…人。」

 「人じゃなくても場所でも何でもいい。それだけで罪悪感も少しは減るぞ。」


 コウの言葉に全員が自身の守りたいモノについて考える。

 その様子を見守るコウであったが、その足を扉へと向かわせる。


 「もう時間も遅い。考え込むのは仕方ないが、あまり遅くなるなよ。」

 「ちょ、ちょっと待ってください!まだ聞きたい事が!」


 リーゼロッテが引き留めようとするが、コウは足を止める事なく歩いてゆく。

 だがその手前で止まるとコウは振り返る事無く五人に話す。


 「これ以上俺が話せる事は無い。ここからはお前らが自身の答えを出さなければいけないからだ。…だが最後に伝えておく事がある。」


 そう言うとコウは五人に振り向く。

 その表情はどこか人を落ち着かせるような笑顔であった。


 「言ったように例え作戦に参加しなくても俺は決して軽蔑しないし、させもしない。だが、もし理由はどうあれ戦う事を選んだのであれば。俺はそれを誇りに思う。…じゃあな、早く寝ろよ。」


 そう言ってコウは五人を残してトレーニングルームを去っていった。

 そして残された候補生たちも一人、また一人と自室に戻って行く。

 十分後には何も無かったかのようにトレーニングルームには誰もいなくなった。



 その翌日。

 候補生たち全員が参加の意思を示したのであった。

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