第20話 戦場に立つという事
コウがアランとバーで夜を過ごした翌日。
候補生たちはいつものように教室に集合していた。
「何でしょうか、必ず全員集合とメッセージが送られてきましたが。」
「さあ?流石にレポートやディスカッションの類いじゃないとは思うけど?」
ソフィアとシャナが独り言のように話しているとリンが間に挟まる。
「け、けれど教官にも考えがあってやっている訳ですし…。」
「それは分かってるわよマツナガ。A²乗りとしての実力も認めてるし、教官としても…まあやろうとしてる事は分かるわ。」
「そ、それなら別に構わないんじゃ?」
シャナの言葉にリーゼロッテが口を出す。
クッキーの一件以来、前よりは積極的になった彼女に慣れて来たシャナは特に反応を示すことなく続きを話す。
「けれど問題はこう毎日毎日レポートを提出してはそれについて話合うのを何時まで続ける気なのか、って言う事よ。」
「私はそう嫌いじゃないわ。それにやろうとしてる事も理解してるんでしょナフティさん。なら…。」
アンジュがシャナに苦言を言おうとする。
だがシャナは少しだけ暗い顔をしてポツリと言葉を出す。
「…どうせそれぞれの問題が解決したら出身のエリアに戻る事になるわ。なら最初から仲良しこよしなんて無意味だわ。」
「「「「…。」」」」
シャナの言葉に誰も何も言えなくなってしまう。
このクラスは飽くまでもそれぞれが抱える問題を解決するために設立したもの。
問題が解決すればすぐにでも解体され、それぞれのエリアに呼び戻される事は間違いなかった。
場に重い空気が漂う中、それを変えるが如く扉が開きコウが入ってくる。
「分かれる事を恐れて交流したくないなら、最初から誰とも仲良くなんて出来ないぞナフティ。」
「…何よ、立ち聞き何て言い趣味してるじゃない。」
「聞かれたくないなら声量を考えろ。丸聞こえだったぞ?」
そう言うとコウはいつものように教壇に立つ。
だが何時もならそのまま授業に入るが、今日は手荷物から何んらかの装置を取り出す。
「教官?それは?」
「全員、耳を塞いだ方がいいぞ。」
候補生たちがその言葉を理解する前にコウは装置の電源を入れる。
すると教室中に金属が擦れるような音が鳴り響いて行く。
誰かが何かを言っているようにも見えるが、音の所為で何を言っているか分からない。
段々と音が収まっていき、完全に鳴りやむ頃には候補生たち全員の頭はクラクラしていた。
「…思っていたより凄い音だなこれ。アランに改良の余地ありって伝えておくか。」
「な!な!な!何してくれてんのよアンタ!耳が壊れるかと思ったじゃない!!」
「だから言ったろ?耳を塞いだ方がいいって。」
「だとしても少しは躊躇、いや反省を見せなさいよ!って言うより何なのよそれ!」
シャナは先ほどの装置を指さしながら怒っている。
口には出さないがどうやら他の候補生も同じ気持ちのようだ。
「この教室は性質上、どうしても口外出来ない話をする可能性がある。そのための盗聴遮断と防音効果を兼ね備えた装置らしい。俺としてはこんな物に頼りたくないだけどな。」
「逆に言えばその装置を使わなければならない話題をする。と言う事でしょうか教官。」
「…ああ、そうだゼムスコフ。」
その言葉に全員の顔が真剣なものになる。
その様子にコウは少し満足しながら、昨日の夜にアランと話した事を整理して話し出す。
「…それはつまり実際の戦闘に参加する。という事でいいんでしょうか?」
「そうなるなレーナ―ル。」
「…。」
コウの肯定の言葉に誰もが口を閉ざす。
当然彼女たちも何時かは戦場に立つ事を覚悟していた。
ただ、その時が想定より速かった。
言葉にすればただそれだけであるが…。
(いきなり覚悟しろなんて酷な話だとは思うがな。)
それが如何に困難な事であるか、コウも十分に理解していた。
その為に、わざわざ逃げ道を確保してきたのだ。
「無理に参加はしなくてもいい。お前らが参加しなければ誰かがやる、それだけの話だ。」
その誰か、が自分である事をまるで感じられない口調でコウは逃げ道を示す。
リンやリーゼロッテが迷い始めてるのか、目線が左右に動いている。
その二人は不参加になるかも知れないとコウが考えていると、シャナが手を挙げる。
「なんだナフティ。」
「それはエリアの方にはちゃんと許可を貰っている訳?」
「みたいだな。どうやったかは知らないが各エリアには既に連絡が入っているようだ。…相変わらずアランの政治的手腕はバケモノ級だな(ボソッ)。」
コウがアランについて思っているとシャナは立ち上がる。
「それだったら何の問題も無いわね。私は参加させてもらうわ。」
長い黒髪を
「な、ナフティさん。本当に…。」
驚いたようにシャナを見るリーゼロッテに対して、シャナは呆れたように返す。
「何よ、寧むしろ軍人としては成長するチャンスじゃない。何時か来る事が来た、ただそれだけでしょ?」
「…それは、そうですけど。」
シャナの言葉にリーゼロッテだけではなくリンも同意を示すが、二人とも中々覚悟が決まらないようであった。
「ゼムスコフさん。あなたは、どう思うの?」
突如レーナ―ルから話を振られたソフィアは珍しく何かを考え込みながら言葉を返す。
「…軍人を目指す者からの視点で言えば、確かにこれは良い機会なのでしょう。テロ組織の鎮圧という事ならば尚更です。ただ…。」
言いずらそうにしながらソフィアは何とか言葉にする。
「頭の隅で、本当に参加しなければならないのか。そう思っている部分があるのも事実です。…自分でもよく分からないのですが。」
「そう。…私もよ。」
ソフィアとアンジュが話し終えたタイミングで、コウは予定通りに話を進める。
「そう簡単に覚悟が決まらないのは分かっている。だが時間が無いのは確かだ、明日までにそれぞれ答えを聞きたい。」
「ちょっと。参加を示してるのがここに一人いるんだけど?」
不貞腐れたように言うシャナに対してコウは一言、忠告しておく。
「ナフティ。一生懸命見得を張るのはいいが…そう言う事は脚の震えを止めてから言え。」
「!!い、いや。これは…。」
必死に脚の震えを押さえようとするナフティをそのままに、コウは教室を出ようとする。
「分かってると思うが、この事は口外厳禁だ。破ったらそれなりの処罰があるのでそのつもりで。」
「ちょ!ちょっと待ちなさいよ!」
シャナの言葉を無視して、扉の前に立つコウであったが突如振り返る。
「最後に言っておくが、例え不参加だったとしても俺は決して軽蔑しない。戦場に立つという事は命を懸けると言う事だからな。いきなり覚悟が決まらなくても仕方ない。」
「「「「「…。」」」」」
「言いたい事は以上だ。」
そう言ってコウが去っていった教室では何時までも動かない五人の姿があった。
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