第19話 男二人の夜

 「で?どうなんだよ、実際。」

 「いきなり何の事だよ、アラン。」


 コウはヨコハマ基地近くにある小さな店舗のバーにアランに呼び出されていた。

 先に来ていたアランによって既に注文は済んでいたようで、コウが来たと同時によく頼むカクテルが置かれた。

 座るのと同時に不躾に質問してくるアランに悪態を吐きつつコウは一口カクテルを飲む。


 「何って、お前の可愛い可愛い生徒たちの事に決まってるだろ。基地内じゃ堅苦しくなるからわざわざ外に来てもらったんだぜ?」

 「単にお前が羽目を外して飲みたかっただけだろ。」

 「まあそれもあるな。」


 アランにニヤッと笑うとウイスキーを喉に流し込む。

 コウとアランが出会いそれなりの年数が経つが、未だに酒に関してはアランに勝てる気がしないコウであった。


 「だが実際、気にしてもいるんだぜ?聞く話じゃ今のところレポート提出させたりディスカッションさせるのが主体らしいが。」


 そう。

 コウが教官として着任してから一ヵ月半が経とうとしているが、シュミレーターを含めても彼女たちがA²に乗ったのは数えるほどである。

 一部の者からは教官を変えるべきなのではという声もチラホラ上がりつつある。

 だがコウはフンと鼻を鳴らしつつカクテルを口に含む。


 「技術を教えるにしてもそれぞれが何が出来るのか、出来ないのかも分からないで指導が出来るもんか。それを理解するための期間さ。あいつらも他のメンバーの事が分かるしな。」


 コウは元から指導に対して長期間を予定していた。

 彼自身が教えるプロでは無い事も理由の一つであるが、五人の問題にそれぞれ向き合わなければ根本的な解決しないと判断したからでもあった。

 この事は既に提督であるバーナードに伝えており、彼から各エリアに通達されている。


 「まあ元からそのつもりなら俺からは何も言う事は無いが…。気を付けろよ?人間がそう物わかりのいい奴ばかりじゃ無い事は嫌って言うほど知ってるだろ?」

 「…分かってるさ。」


 コウとアランはお互い苦い顔をしながら酒を口に入れる。

 最前線で駆け抜けて来たコウも、裏方として様々な事に手を回して来たアランも人間の嫌な部分は死ぬほど見て来た。

 『天使』との戦いが硬直し始めている今はまだいい方で、少し前までは口に出すのが憚られるほどであった。


 「…暗い話はこのぐらいにするとして、だ。折角の酒の席だ、もっと普段できない話をしようぜ。あの中で誰が好みとかな。」

 「あいつらまだ未成年だぞ。一番年長のレーナ―ルでも十七だろうが。」


 統一連合が樹立した際、成人は十八歳と定められている。

 呆れたように言うコウであったが、アランは気にした様子もなく会話を続ける。


 「もうすぐ成人、とも言えるだろうが。そんなんだから枯れてるって言われるんだよ。提督もう歳なんだから、いい加減花嫁の顔を見せてやったらどうだ。」

 「…うるせぇ。」


 コウはバツが悪い顔をしながらカクテルを飲み干すと、水を頼んだ。



 「…で本当は何で呼んだんだよ。」

 「ん~?何の事だ?」


 バーに来てからそれなりの時間が経った頃に、コウは本題を切り込む事にする。

 だいぶ酔いが回っているように見えるアランであったが、コウは理解していた。

 これはそう見せかけているだけだという事を。


 「とぼけんな。わざわざ密会用のバーまで指定しといて、これ以上焦らすつもりか?」


 実はこのバーのオーナーはアランであり、よく秘密の話をするために使用していた店である。

 コウに指摘されたアランは顔は赤いままであったが、顔が真面目なものになる。


 「すまんすまん。お前がこの店を憶えてるか不安な上に、相手が相手だしな。」


 アランはそう言うとバーテンダーに合図を送る。

 それを受けたバーテンダーは店の奥に引っ込む。


 「そこまでする内容か?」

 「一応、司令室でも出来る話さ。細かい事を省けばな。」


 そう言うとアランは一枚の紙を広げた。

 コウが覗き込むとそれはどこかの地図であった。


 「これは?」

 「見ての通りの地図さ。…JAエリアに巣くう反連の奴らのな。」


 反連。

 正式名称『反連合武力団体』。

 統一連合が樹立して既に二十年以上が経過した。

 だが中にはこの統一連合に不満を抱き、テロ行為を行う者たちがいる。

 その最大組織が『反連合武力団体』である。

 連合もその動きには注意しているものの、一番の敵である『天使』の撃退が優先されるため、本格的に叩くことが出来ないのが現状である。


 「よく探し当てれたな。相当労力掛けただろ?」

 「まあ金も人手も掛かったがな。奴らを野放しには出来ないからな。」


 アランはそう言うと地図を指さし説明していく。


 「入り口はここだけだが、どうやら脱出道は何か所も作ってるらしい。俺の信用できる手駒だけだと手が足りない。」

 「…あいつらにその手伝いをさせる為に俺を呼んだのか。」

 「分かってるじゃないか。とは言っても一番本命が逃げる可能性が低い場所にいて貰うがな。」


 アランの言葉を受けて考え込むコウ。

 その様子を見てアランは改めて頼み込む。


 「あいつらを預かってる身であるお前には迷惑を掛けちまう。ただ情報によれば近々奴らは大規模な作戦を起こすとの情報もある。阻止するには力が必要だ。」

 「…決行は?」

 「二週間後。既に部隊を秘密裏に配置しつつある。」


 アランの言葉を受けて目を瞑るコウ。

 だがやがてその重い口が開かれる。


 「…仕方ない。」

 「すまん。」

 「だが条件を付けさせてもらう。この作戦に参加するのはあいつらの自由意思にしたい。」

 「大丈夫か?いや、頼んでおいてなんだが。事前に説明したら逃げ出す奴もいるんじゃないか?」

 「現地でやられるよりマシだろ?」


 そう明るく言うコウであったが、すぐに真面目な雰囲気に戻る。


 「確かに、軍人である以上は『天使』だけじゃなく人との戦いも避けられない事だ。」

 「…そうだな。」

 「だが覚悟が出来ていない奴を無理やり連れて行ってその準備が出来るなんて稀だ。なら少しでも考えさせてやりたい。」

 「…お前はいい奴だよ。本当に。」

 「バカにしているように聞こえるぞ、アラン。」

 「何を言う。100%本気だぞ?この酒に誓ってな。」

 「酒に誓われてもな。」


 呆れたようにしながらコウはグラスに入った水を口に含んでいく。

 そして一気に飲み干すとボソリと言葉を口にする。


 「もし誰も参加しないようなら俺が出る。」

 「…するな。とは言えないのが悔しいが、いいのか?」

 「気にするな。テロを未然に防げるなら安いもんだ。」

 「…お前はいい奴だよ。」


 そう言ってアランは何杯目か分からない酒を飲み干すと再び地図に目をやる。


 「さてと。やる気になった所で作戦を説明しておこうか。まず…」



 こうして男二人の夜は経過していく。

 そのバーの名前は『メメントモリ』。

 いつ死ぬか分からない友との逢瀬のために作られたバーである。

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