第15話 アンジュ・レーナ―ル①

 アンジュ・レーナールは出身であるFRエリアにおいて特に将来有望とされていた。

 A²操作技術も知識も同世代の中では特出しており、性格も穏やかであり友好関係も築けていた。

 他人が嫌がる事だろうと進んで行い、一部の者からは聖女扱いされていた。


 そんな彼女がヨコハマ基地で他のエリアの候補生と問題児とされているのか。

 その理由はある訓練の最中で起こった事件にあった。

 訓練学校のグラウンドを走っている時、アンジュは突然その場で倒れたのである。

 すぐに医師によって診察が行われると、ある事が疑われた。


 ―極度の疲労


 怪しんだ当時の教官がクラスメイトや他の教員に話を聞いて行くと、アンジュの疲労の原因が見えてきた。

 頼まれると断らない彼女には大小様々な頼み事をされていた、生徒だけではなく教員からもである。

 その上、自身の訓練や課題も含めれば自身の時間など殆ど無かったであろう事は推察できた。


 その事実に愕然とした教官はすぐさま本人に確認を取った。


 「確かに皆さんから頼み事をされたのは事実ですけど、倒れたのは私が体調管理をおろそかにしたからです。皆さんの責任ではありません。」


 そう言って何度も自分が悪いと言うアンジュを見て教官は、このままでは彼女が壊れてしまうと思った。

 折しも各エリアからヨコハマ基地に問題児が集められると聞いていた教官は渋る他の関係者を説得してJAエリアに送り出した、そういった経緯がある。


 その時のアンジュの心境は本人以外には分かりようも無かった。



 「はぁーーー!!」


 シャナが操るA²がエネルギーソードを構え、相手のA²に突撃していく。


 「甘いですよ!!」


 だがその相手であるアンジュは盾でその攻撃をいなす。


 「クッ!まだまだ!」


 しかしシャナはすぐさま態勢を立て直すと、追撃は許さないとばかりに再び突撃していく。

 対するアンジュも盾とエネルギーソードを構えると迎撃の準備を整える。


 「ふ、二人とも凄いですね。」

 「まあ多少言いたい事もあるが、二人とも専用機が与えられるだけの事はあるな。」


 二人の戦いの様子をモニターで確認しながらコウはそう評価する。

 今行われているのはA²操作のシュミレーションである。

 A²には限りがある上に訓練しようと思えばそこそこの広さの土地がいる。

 故に優秀なA²乗りを多く育てようとすれば当然このようなシュミレーターも必要になった。

 特にこのヨコハマ基地のシュミレーターは常に最新式が導入されているため使わない手は無かった。

 常に基地内の誰かが使用していたため中々使用できなかったが、今回は副司令であるヨナに依頼してあったため使用できたのである。


 「で、でもナフティさん。戦いずらそう…ですよね。」

 「それはそうでしょう。シャナ・ナフティが得意とするのは高火力兵器による遠距離戦。あのように近距離での切り合いはおそらく不慣れなのでしょう。ましてはあのデータは彼女専用のクレオパトラでは無いのですから。」


 ソフィアの説明にもあるように、現在二人が使用しているA²のデータはそれぞれの専用機のものでは無かった。

 そもそもシュミレーターに専用機のデータが無いのも理由ではあるが、仮にあったとしてもコウは接近型量産機A²である『ヘクトル』のデータを使用するつもりでいた。


 「自分の思う通りに戦況が進むなんて事はほとんど無い。だから例え苦手だろうとある程度は戦えるようにならないとな。」

 「な、なるほど。」


 コウの言葉にリンが納得しているとソフィアがモニターに注視する。


 「教官。シャナ・ナフティが仕掛けるようです。」


 リンがその言葉に反応してモニターを見れば、確かにソフィアの言う通りシャナはアンジュから先ほどより大きく距離を取っていた。


 「マツナガ。お前がナフティと同じ立場ならどう仕掛ける?」

 「え!?あ、あの…。」

 「マツナガ。」


 一気に挙動不審なるリンであったが、コウがもう一度呼ぶと自然と落ち着き始めた彼女はたどたどしくではあるが答え始める。


 「な、ナフティさんの使用マナは設定した上限に近いです。せ、接近戦のスキルがレーナ―ルさんの方が上だとするなら…。さ、ささ先ほどよりもスピードをつけて真っ直ぐ一撃で決めます…ど、どうでしょうか?」

 「まあ元より正解は無い問いではあるが、それでも俺も大体同じ意見だ。」

 「…そしてシャナ・ナフティも同じようです。」


 モニターを見て見ればシャナはヘクトルのバーニアを噴かせながら一直線に、小細工抜きでアンジュに突っ込んで行く。

 アンジュの方も迎撃しようと行動を起こすがどう見ても間に合いそうには無かった。

 誰もがシャナの逆転を想像した、その時であった。


 「う、嘘!?」


 途中で何故かバーニアの出力が弱まり、必然的にスピードが遅くなる。


 「な、何で…。」

 「恐らく使用したマナにヘクトルが耐えられないと推定されたんだろうな。これは間に合うか微妙だぞ。」


 コウの言う通り、シャナ機のスピード現象によりアンジュには時間の余裕が出来た。

 この一撃を防がれればシャナには逆転の手は恐らく残されていないであろう事は簡単に想像出来た。

 諦めずに突撃するシャナとそれを防ごうとするアンジュ。

 その結末は…。


 「な、ナフティさんが勝った?」


 リンの言葉通り、モニター上ではシャナ機がアンジュ機を切り裂いていた。


 《シュミレーター、終了します。》


 そうシステム音が聞こえると同時に、二人がシュミレーターから出て来る。

 だがその表情は負けたアンジュは申し訳なさそうに、そして勝ったシャナは不機嫌極まりないといった様子であった。


 「二人ともどうしたのでしょうか。様子がどうもおかしいですが。」

 「…。」


 ソフィアの疑問に対してコウは何も答えず、ただアンジュを見ていた。

 するとシャナはズンズンとアンジュに近づくと何か言おうとした彼女の頬に平手を食らわせた。


 「っ!」

 「この程度で済んで良かったと思いなさいよ。相手がアンタじゃなかったらこの程度じゃ終わらせなかったんだから。」


 そうアンジュを睨みつけるシャナの目には明らかに怒りが灯っていた。


 「え?え?えぇ?」


 状況が分かっていないリンがただただ混乱する中でアンジュは頬をそっと撫でると、その場から走り出して去ってしまった。


 「…。」


 リンやソフィアが混乱する中でシャナはアンジュの後姿をただ見ていた。



 そしてコウはソフィアに一言伝えると、その場を去っていった。

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