第14話 リン・マツナガ②
その後、何事も無かったように授業と訓練を終えたコウはリンにレポートの続きを書くよう残させると教官としての仕事をしていた。
それも終わりを迎え、自室に帰ろうとしたコウであったが嫌な予感がして教室へと向かう。
(いくら何でもまさか、な。)
コウはリンに少しでも書ければ戻っていいと伝えて残した。
そこから今まで何時間も経過している。
幾らリンに自信が無くても多少は書けているはずであろうと予想したコウではあったが教室の明かりがついていた事で杞憂では無かった事を知る。
「マジか。」
思わずそう呟くとコウはそっと教室を覗き込む。
そこにはレポートを書くための端末機器に向かって頭を悩ましているリンの姿があった。
「うぅ、どうしよう。書けない。」
「そんなに悩むぐらいなら一言相談が欲しかったよ、マツナガ。」
「ひゃっう!?き、教官?」
「面白い反応ありがとうマツナガ。さてと。」
そう言うとコウはリンに近づくと彼女の端末機器を覗き込む。
「あ、あの。す、すみません。まだ一言も…。」
「いいから少し待て。」
確かにリンの言う通り端末上のレポートには何も書かれてはいなかった。
だがコウが端末を弄るとそこには何十回も書いては消した痕跡が残っていた。
「随分と頭を悩ましているようだなマツナガ。…そんなに自分に自信が持てないか?」
「そ、それは…。」
「…だいぶ外も暗くなってきた。もう帰れ。」
「!!だ、大丈夫です!書けます!書いてみせます!」
リンはコウにそう大声で嘆願する。
リン自身でも予想外の声量だったのか、自分の声に驚いたリンは口を押える。
「さ、叫んですみません教官。け、けどもう少しだけやらせてください。」
「…。」
コウは空いているイスを引っ張り出すとリンと向い合わせに座る。
「教官?」
「少し話でもしようか、マツナガ。」
「え?で、でも…。」
「提出しろと言った本人がこう言ってるんだ。少し頭を休めた方がいい。」
「わ、分かりました。」
リンはビクビクしながらも座るとコウは会話を進める。
「マツナガ。」
「は、はい。」
「俺は別にお前のそのネガティブさ、自分に自信が持てない部分をどうこうしようとは思っていない。」
「え?」
コウの言葉が意外であったのか、ポカンとするリンの表情にコウは笑みを浮かべる。
「何だ?怒られると思ってたのか?それとも性格について色々言われると?」
「りょ、両方です。…い、いいんですか教官。」
「何がだ?」
「…じ、自分で言うのもど、どうかと思うんですけど。軍人としてどうなのかな…と。」
「まあ確かにな。軍人は選択を迫られる事が多々ある。A²に乗って『天使』と戦うのにも当然な。…だがなマツナガ。」
コウは一旦言葉を区切るとリンに問いかける。
「お前は常に自身に疑問を持って行動する者と自分の行動を疑わず突き進む者、どっちが軍人として正しいと思う?」
「そ、それは…。どちらも好ましくは無い…と思います。」
「理由は?」
「ぜ、前者は言うまでも無いと思います。いざ戦うという時、悩んでいたらやられてしまいます。」
「まあそうだな。」
コウが頷き、間違っていない事を確認したリンは説明を再開する。
「で、ですけど後者も危険です。過度な自信は目を曇らせる事になりますから。」
「…考えられる限りで満点の答えだなマツナガ。」
「あ、ありがとうございます?」
褒められているのか自信が無かったのか思わず疑問で返すリン。
その様子に内心微笑みつつ、コウはもう一つの質問をする。
「さて、さっきの問いを踏まえて答えて欲しいんだが。マツナガ、お前が目指す先はどんな姿だ。」
「え?ど、どんなと言われても…。」
質問の意味がよく分からないと言いたいように目を泳がせるリン。
そのリンの様子にコウは詳しく説明する。
「マツナガが今の自分に納得していないのは見てて理解出来た。そもそも、そうで無ければココにも居ないだろうからな。」
「そ、それは…はい。変えたいです、自分を。」
それは紛れもなくリンの本心であった。
自分を変えたい。
その気持ちがあったからこそ彼女は僅かな勇気を振り絞って、以前の教官からの申し出を受け入れたのである。
その言葉にコウは大きく頷くと続きを話しだす。
「別にそれ自体を否定する訳じゃない。自分を変えようと努力する事は中々出来る事じゃない。」
「そ、そんな事…。」
「だが、マツナガ。お前が目指す先にあるのはどんな自分だ?どんな時も疑問を持たず突き進む自分か?」
「そ、それは…違います。違うんですけど…。」
そこまで言うとリンは言葉を詰まらせてしまう。
今まで自分を変えたいと思うばかりでどのように変わりたいかを考えてこなかった彼女にとって、すぐに答えの出せるものでは無かった。
「自分を変えたいと思うならそのビジョンを持て。闇雲に進んでも得られる物はそう多くない。それを今後の課題にしておけ。」
「…はい。」
リンが頷くのを確認すると、コウは立ち上がり外を確認する。
「もう外も暗い。送ってやるから今日はもう帰れ。」
「わ、分かりました。…あ、あのレポートは必ず提出しますから。」
リンが申し訳なさそうに言うと、コウはリンの端末をいじりつつ答える。
「ん?ああ、レポートならこれで十分だ。これ以上書かなくてもいい。」
「え?で、でも私は一言も…。」
不思議そうにするリンに対してコウは白紙のレポートのデータを自身の端末に移し始める。
「確かに。このレポートには文字のデータは入っていない。だがなマツナガ、これにはお前が長時間自分の長所について悩みに悩んだ事がデータとして残っている。」
データを移し終えた端末を返し、コウは断言する。
「これをマツナガの長所と俺は捉えた。ひたむきに自身と向かい合う努力が出来る事をな。」
「き、教官…!」
喜色を含ませた声を出すリンに笑いつつコウは釘を差す。
「だが今後はこんな時間になる前に相談しろ。たまたま様子見に来たからいいものを。」
「そ、それは。す、すみませんでした。」
「分かればいい。さて、寮まで送ってやる。」
「だ、大丈夫です。一人で戻れます。」
そう言って教室を出るリンであったが、何故か引き返して来た。
「どうした?忘れ物か?」
「あの!どんな自分になりたいかですが!決めました!」
「随分と早いが中身が伴っていないと…。」
「わ、私!教官みたいに心が強くて他の人のいい所を見つけられる人になりたいです!」
「…はい?」
余程意外だったのかポカンとした顔をするコウの顔を見る事も無く、リンは慌てて言葉を重ねる。
「で、ですので!こ、今後もご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!で、ではこれで!」
そう言って走って去っていくリンの足音を聞きつつコウはポツンと呟く。
「ったく。目標にする人間はよく選べよな。」
そう言うコウの口元は少し緩んでいた事を知る者は本人以外にはいなかった。
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