第13話 リン・マツナガ①

 JAエリア出身であるリン・マツナガは極度のマイナス思考である。

 A²の操縦技術は申し分ないが、そのネガティブによって本来の実力を見せる事はまれであった。

 実機訓練では常に彼女より格下の実力者に遅れを取る、頑張っても手間取る。

 チームを組ませても思うように動けないでいた。

 かつて彼女を担当した教官も彼女の指導を努力をしたが難航。

 そこに各エリアから問題児を集めると聞き、少しでも本人のためになればと推薦された経緯を持つ。


 その彼女が今願う事、それは…。



 「…さて。先日提出してもらったA²操縦における自分の得意な分野と不得意な分野に関してのレポートだが。」

 「「「「「…。」」」」」

 「書きづらい内容にも関わらず全員よく提出してくれた。内容もよく纏まっていた。」

 「まあ当然ね。自分の弱点ぐらい把握して当然だもの。」


 シャナの言葉に全員に弛緩した空気が流れるが、コウは厳しい口調で続きを話す。


 「だが。ある一名、不完全な状態で提出した者がいる。」

 「…ゼムスコフ。あんたじゃないの?」

 「違います。完璧なレポートを提出しました。ちゃんとスリーサイズまで記入しました。」

 「あのレポートでどうしてスリーサイズを記入する必要あるのよ!」

 「自分の体に欠点がない事を証明するためですが何か?」

 「あ、頭が…。」

 「ナフティさんもゼムスコフさんも落ちついて。今は授業中だから、ね?」


 アンジュの言葉に落ち着きを取り戻したシャナが黙ると、ソフィアも何も言わなくなったのでコウが話を進める。


 「まあゼムスコフへの説教は後回しにするとして、だ。今はこっちを解決しようか、なあマツナガ。」

 (ピクッ!!)


 コウの言葉に肩を震わせ反応を示すリンに対してシャナとアンジュが驚きの表情で彼女を見る。

 この中で一番大人しい彼女が呼ばれるとは想像していなかったためである。


 「マツナガ。一応聞くが何故この状態で提出した?こうなる事は想定出来たはずだが?」

 「そ、それは…書ける事が無くて…。」

 「はぁ。話には聞いていたが相当重症だな。」

 「教官、話が見えません。我々にも説明を要求します。」


 リン以外の候補生が頷く中でコウは簡単に説明をしだす。


 「簡単な話だ。マツナガは今回のテーマの半分しか書いて来なかったんだよ。」

 「何よマツナガ。自分には欠点が無いとでも言いたいの?」

 「ち、違うんです。は、半分と言うのは…。」

 「そう違うぞナフティ。寧ろ逆だ。」

 「逆?」

 「そうだ。マツナガは長所に関して全く書いて来なかった。」

 「…はぁ?」


 シャナが信じられないような物を見る目でリンを見ていると彼女は顔を伏せながら弁解し始める。


 「わ、私にはレポートで書けるような長所が無いので…。」

 「マツナガさんそれは…。」


 アンジュがリンに対して言葉をかけようとするが、その前にソフィアが話始める。


 「リン・マツナガ。失礼ですがそれはこの場にいる全員を侮辱する発言とも取られかねません。」

 「ぅ…。」

 「あなたはエリアの代表とも言える立場であり我々と共に切磋琢磨する関係です。つまり対等な実力とされているあなたが自分を卑下する事は我々を下げる事に…。」

 「ぜ、ゼムスコフ!ストップ!ストップ!」

 「何でしょうシャナ・ナフティ。」

 「言いたい事は分かるけどマツナガを見なさいよ!」

 「はい?」

 「グスッ。ごめんなざい。私、そんなづもりじゃ。」


 ソフィアが見てみると、彼女の追及に泣き出してしまったリンの背中をアンジュが擦っていた。

 リーゼロッテも心配そうに様子を窺っており、場は完全に暗いものとなってしまった。


 「…失礼。泣かせるつもりは無かったのですが。」

 「い、いえ。私こそ泣き出してすみません。」

 「言ってる事には反論しないけど、もうちょっと言い方を考えなさいよ。」

 「善処します。」


 アンジュが落ち着いた様子のリンから離れて席に戻ったところで、静観していたコウが喋り出す。


 「大事になる前に問題解決した事は素直に感心だが、ゼムスコフ。お前はもう少し空気を読め。」

 「空気は気体ですから読む事も見る事も出来ませんが?」

 「…はぁ。とにかく今後は相手の様子を見ながら話せ、いいな。」

 「了解です。」

 「さて、ゼムスコフについては一旦置いておくとしてだ。マツナガ。」

 「は、はい!」


 コウに呼ばれ緊張感で一杯のようすのリン。

 そんな彼女にコウは出来るだけ柔らかい口調で話し出す。


 「言い方はともかく俺の言いたい事はゼムスコフが言った。」

 「…はい。」

 「だがお前の問題点は前々から知っていた。だというのにこのテーマのレポートを提出しろと言ったこちらにも問題が無い訳ではない。」

 「そ、そんな事は…。」

 「だが自分の長所、得意分野を知らないで戦場には立たせられない。適材適所は何事においても基本だからな。」


 コウは一旦ここで区切ると深呼吸してから再び話し出す。


 「そこでだマツナガ。お前には自分の長所を書き終わるまで居残りをしてもらう。」

 「…え?」


 驚いた顔をするマツナガを見ながらアンジュが手を挙げる。


 「教官。」

 「却下だ。」


 コウはアンジュの言葉を遮るとため息を吐きながら口を開く。


 「レーナ―ル。マツナガを助けてやりたいと思う気持ちは立派だ。だがこれはマツナガ自身が立ち向かわなければいけない事、お前だと手を差し伸べすぎる可能性がある。」

 「で、ですが。」


 まだ食い下がろうとするアンジュに対して厳しい口調で言う。


 「分からないかレーナ―ル。今お前が言っているのはマツナガを信じないと言っているのと同義だぞ。」

 「っ!…。」

 「本当にマツナガの事を思っているなら、ここは見守ってやれ。分かったか?」

 「れ、レーナ―ルさん。大丈夫、書けるから心配しないで。」

 「…。」


 不承不承いった様子ではあるが席に座るアンジュを確認すると、コウは授業を再開させる。


 「さて、色々あったが今日はこのレポートを使ってディスカッションを行って貰う。各自忌憚のない意見を言い合って自分の知らない長所と短所を見つけて貰うのが狙いだ。マツナガについては後日行うのでそのつもりで。」


 コウの言葉が終わるとそれぞれがディスカッションの準備に入る候補生たち。

 その中で不安そうにしてるリンを、コウはジッと見ていた。

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