第11話 シャナ・ナフティ①
EGエリア。
旧エジプトを中心としたエリア出身のシャナ・ナフティは誰から見ても優秀であった。
A²に関する技量はもちろん知識や体力、武術も秀でておりそして何より本人の意欲が秀でていた。
誰より強く、誰よりも賢くいようと努力していた彼女は。
いつの間にか周りと壁を作って孤立した。
「確かこっちだったよな。」
いつもよりも早く目覚めたコウはいつものメニューだけではなく走り込みもするため朝早くのトレーニングルームへ向かっていた。
このヨコハマ基地のトレーニングルームは常に解放されているため人気ではあるが、この時間は空いているだろうという考えもあった。
「ん?」
だがいざ近くまで来てみれば誰かが器具を使用している音がしている。
邪魔になるかも知れないと思い一瞬躊躇するが誰が使用しているのか確認したくもあり中に入る。
「っ!…誰!?」
どうやらルームランナーを使用していたその人物はコウが入って来たのが分かると思わずそちら向いてしまいバランスを崩してしまう。
「きゃぁ!?」
「危ない!」
こけそうに人物であったが幸いにも入り口に近い事もありコウが滑り込みで支える事に成功する。
「全く。よそ見は感心しないぞナフティ。」
「…誰かが入って来る事が無ければこんな醜態晒さずに済んだのにね。」
コウに抱きかかえられる形となったシャナはそう言うとスッと立ち上がる。
「けど礼は言っておくわね。怪我したらその分トレーニングできなくなるし。」
「随分と熱心だな。もしかしなくてもこの時間帯に来ているのか?」
「あんまり言いふらさないでよ、人に努力している姿なんて見られたくないし自慢する気も無いし。」
シャナはそう言うと話は終わりだと言わんばかりにルームランナーを使用し始める。
コウはしばらく考えたがやがてその隣のルームランナーを使用し始める。
「…何でわざわざ隣を使うのよ。」
「まあいいだろ?折角だ、質問したい事があったら聞いてもいいぞ。」
「そう?じゃあエース部隊の実態とやらを聞かせて貰おうかしら?元『トール』の教官殿?」
「いいぞ。じゃあまずは…。」
それからコウは『トール』で見た事や聞いたことを機密に触れない程度に話していった。
シャナも機密について追及する事はなく、短い時間ではあったが和やかな時間が経過していた。
「ふぅ。」
「お疲れ様ナフティ。」
休憩を取っているシャナにコウは買って来たスポーツドリンクを渡す。
シャナは黙ってそれを受け取って口をつける。
「ありがとう。代金は後で渡すわ。」
「たかだかワンコインだ。気にするな。」
「嫌よ。誰であろうと借りを作るのは気持ち悪いの。」
「難儀だな。」
コウはそれだけ言うと自分用に買っておいたスポーツドリンクを飲み始める。
しばらく黙っていた二人であったがやがてシャナが口を開く。
「それにしてもエース部隊と言ってもそんなにギスギスした感じじゃ無いのね。」
「まあ部隊によって差はあるだろうが、いがみ合っていたら部隊として機能しないしな。」
「…そうね。」
シャナはそれだけ言うとまだ黙るが今度はコウから話始める。
「言っておくが。お前の上を目指そうという気概は間違っていない。ただやり方はもう少しやり方はあったと思うがな。」
「…教官なら知ってて当然よね。どうして私がここに飛ばされたか。」
シャナの言葉に頷くとコウは自分の知っている事を全て話す。
「シャナ・ナフティ。成績は優秀であるものの他者と衝突が多くコミュニケーションも消極的。飛ばされた最大の理由はその当時の教官とのトラブル。」
「元々候補生を見下してる奴だったしね。少し間違いを指摘したら顔を真っ赤にして襲い掛かって来たわ。」
「だがそれを返り討ちにしたお前は向こうに責任があるにしろ暴行を振るったとして追いやられるようにここに来た。」
「まあ体裁を整えるために私好みの専用機を貰えたのは幸運と言えるでしょうけどね。」
「だが誰一人として庇う奴はいなかった。」
「…。」
コウの言葉にシャナは黙り込みコウの話の続きを聞く。
「優等生のお前に言うまでも無いだろうが。『天使』との戦いは一人ではできない。共に戦場に立つ、いや関わっている全ての人のお陰でやっと戦える。」
「…そうね。」
「それが分かっているのにも関わらず何で人との壁を作ろうとする?」
「…本当は人に弱みを見せるなんて嫌だけど。教官ならいいか。」
シャナは立ち上がると明るくなってきた外を見ながら自分の過去について話始める。
「どうせ知っているでしょうけど、私の家は母子家庭で貧しいの。」
「ああ、知ってる。」
「そうよね。じゃあ実の父親が酒浸りで私の母に暴力を振るっていた事も?」
「…調べられる事は調べてもらったからな。」
コウは申し訳なさそうな顔でシャナを見るがその本人は気にした様子もなく続きを話し始める。
「離婚が成立したのはいいけれど中々仕事も見つからなくてね。ホント軍にスカウトされたから補助金でどうにか母も暮らせてるけど、そうじゃ無かったらどうなってたか。」
「同じ思いをしたく無くて壁を?」
「まあそれもあるけれど、今のは前提条件ね。」
シャナは残ったスポーツドリンクを飲み干すと一気に話始める。
「つまり。そんな努力して認められたい訳があった私は、共に切磋琢磨するべき周りが全て敵に思えた訳。そして壁を作って衝突して、ここに飛ばされた訳。」
「…そうか。」
「一応言っておくけど同情なんてしなくていいわよ。確かに反省すべき点はあったけれど後悔はしてないのだから。」
「ならいい。人生後悔しないに限る。」
そう言い切るコウに対してシャナは驚きの表情で見ていた。
「ん?どうした?」
「いや、反省しろって言うかと思ったから。…いいの?後悔していないって事は同じことをここでもするかも知れないわよ?」
そう聞くシャナに対してコウは飲んでいたスポーツドリンクを飲み干すとその目を見て断言する。
「長い付き合いでは無いし、ナフティの事が全て分かる訳じゃ無い。だがお前は正しい事のために努力してその敵に拳を振るえる奴だ。だから俺が殴られるとしたら、それなりの理由があった時だろう。まあ納得するかは別だがな。」
「…。」
「そろそろ戻った方がいい。授業に遅れるなよ。」
「…あのさ。」
「ん?」
部屋に戻ろうとするコウを呼び止めたシャナはどこか照れたように顔を赤くしながら口を開く。
「良ければなんだけど。また明日も一緒にトレーニングしない?聞きたい事もまだあるし」
「…確約は出来ないぞ?」
「それでいい。じゃあまた教室で。」
そう言うとシャナはコウより先にトレーニングルームを出た。
その後、自分の部屋に戻ったコウは今日と同じ時間に起きれるように設定しておくのであった。
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