第10話 ソフィア・ゼムスコフ②

 「と言う訳で今日一日だけゼムスコフには俺の世話をしてもらう事になった。」

 「いや全然意味分からないんだけど!?」


 シャナの大きな叫びが教室中に響き渡る。

 他のメンバーもポカンとしていたり苦笑であったりと反応が様々であったが、心情はシャナと同じであった。


 (まあ当然こうなるよな。)


 肯定的とは言えない教室の空気ではあったがコウは受け入れていた。

 なにせコウ自身でさえ何故こうなったのかを自問自答している状態であったのだから。

 その一方でソフィア本人は涼しい顔で未だにメイド服のまま、自分の席に座っている。


 「はぁ、クレイジーレディの噂は本当だった訳ね。物凄く納得するわ。」

 「す、すみません。そのクレイジーレディというのは?」


 シャナが発したクレイジーレディという言葉に疑問を覚えたリンが質問すると、アンジュが説明しだす。


 「RUエリアのA²乗り候補生で成績は優秀だけど奇行を繰り返す人物がいるのは聞いた事あったわ。まさか一緒に授業を受けるなんて想像しなかったけど。」

 「同感ね。まさかRUエリア候補生随一の変人と同じクラスとはね。」

 「…レーナ―ルさん、ナフティさん。一つ否定したい事があります。」


 先ほどまで黙っていたソフィアであったが二人の方を向くと自分の行動についての解説をしだす。


 「それらは全て、自分なりに合理的な考えを持っての行動です。奇人や変人といった呼び方は受け入れられません。」

 「じゃあ聞くけど。そのメイド服にはどんな合理的な理由があるっていうのよ。」


 シャナが若干呆れ気味に聞くとソフィアは一切の迷いなく答え始める。


 「教官の強さは技術の高さだけでは無く、精神力の高さも強く作用していると私は仮定しました。」

 「…それで?」

 「そして精神力は特訓で鍛えるだけのものでは無く、普段の生活によっても養われるものだと思われます。」

 「…。」


 ソフィアの説明にいつしかシャナだけでなく全員がその話を真剣に聞いていた。


 「なのでメイドが最適だと考えた訳です。」

 「いや何でそうなったのよ!!」


 思わずシャナが大声でソフィアに対して叫ぶ。

 話の急な展開の仕方にアンジュとリン、そしてリーゼロッテすら椅子から滑り落ちそうになるほどであった。


 「ぜ、ゼムスコフ。もう少し詳しく説明できないか?流石にそれだと分からないぞ?」


 コウがソフィアにそう言うと、ソフィアは頷きさらに説明をする。


 「メイドとは常に主人の傍にいて様々な事をこなすプロフェッショナルです。」

 「そ、そうなのかな?」

 「違うような、違わないような微妙なラインね。」


 リンとアンジュの会話が聴こえているのかは不明だがソフィアはさらに説明を付け加える。


 「それを可能とするのは常に主人が何を求めているかを察する観察力と思われます。つまりメイドとは観察調査をするのに適した職業だと推測しました。」

 「…それがメイド服を着ている理由?」

 「はい。」


 説明は終わったと言わんばかりに席に座るソフィアに、シャナは眉間をもみつつ一つ断言しておくのであった。


 「ゼムスコフ。やっぱりアンタは変わり者よ。」

 「「「…(コクコク)。」」」

 「…何故。」


 シャナの言葉だけではなくリンたちの頷きに困ったように言うソフィアであった。


 「さて、もういいな。聞いての通りゼムスコフには理由があっての行動らしい。理解はしなくてもいいが、そういうものだと思って受け入れろ。分かったな。」

 「…。」

 「はいはい。考えるだけ無駄って事ね。了解。」

 「まあ少なくとも今はな。さて、遅くなったが授業を始めようか。今回は戦術パターンについてになる訳だが。」



 軽いドタバタはあったものの、授業自体はスムーズに進んで行き時間はあっという間に午後となった。


 コウはすべき作業を終わらせると自室に戻って行く。

 そこには当然のようにソフィアが着いていっていた。

 コウが自室に戻ると17:30を示しており、それはつまりソフィアのメイド期間が終了する事を意味していた。


 「で、どうだったゼムスコフ?今日一日俺について回ってみて。」

 「…残念ですが教官の精神力の強さを解明するには時間があまりにも足りませんでした。」

 「そうかい。」


 予想して内容にコウが納得しているとソフィアが「ですが。」と付け加える。


 「得たものは有ります。教官の日常的な行動、そこに何か秘密があるのかも知れません。できれば毎日は無理でも定期的な観察を許可して欲しいものです。」

 「…観察するのは勝手だが、メイド服は止めておけ。」

 「分かりました。では約束の時間にはまだなっていませんが、ここで失礼します。」


 そう言って部屋を出ようとするソフィアであったが、その足が急に止まる。


 「どうした?」

 「教官。最後に一つ質問をしてもよろしいでしょうか。」

 「いいぞ。答えられるかは別だがな。」

 「ありがとうございます。では…教官は私の考えを受け入れるのですか?」

 「…ん?すまん言ってる意味がよく分からないのだが。」


 コウが聞き直すとソフィアは後ろ向きのままポツポツと話始める。


 「私に関わった全ての人は私の考えが間違っていると言って修正しようとしました。…両親も例外ではありません。」

 「ゼムスコフ。」

 「私は間違った事をしてるとは思いません。自分なりに合理的に考えての行動ですので。ですが理解はおろか受け入れる人もいませんでした。」


 かつてソフィアが行った奇行と言われた行動は彼女なりの考えに基づいてのものであった。

 かつて虹のふもとを探しに行方不明になった事件も、本当に宝が埋まっているのであれば統一連合の財政や『天使』の被害にあった人たちに寄付する事を考えての事であった。

 だがその彼女を考えを察っする者は現れなかったのである。


 「…ゼムスコフ。」


 コウはソフィアの後ろ姿を見ながら答え始める。


 「まず一つ言っておくが、お前はまず言葉が足りない。努力しないで他人に理解してもらえると思うな。人間そう便利に作られていない。」

 「はい。」

 「と、忠告しておいて何だがな。俺はお前の考えを否定する気は無い。」

 「…何故ですか?」


 コウはソフィアの後ろ姿に向かって優しい笑みを浮かべつつ答える。


 「どんなに突拍子もない考えなんだろ?それが人として間違っているならともかくそのぐらいなら個性として受け入れるさ。」

 「…。」

 「まあ受け入れがたい事は抵抗させてもらうがな。」


 そう冗談めかして言うコウ。

 そのタイミングでようやくソフィアはコウの方に振り向く。


 「教官。…ありがとうございます。」


 ソフィアは誰もが見惚れるような笑顔でそう礼を言うと今度こそ部屋を出ていくのであった。


 「…反則だろ。あの笑顔は。」


 若干顔を赤くしながらコウは明日の準備を始めるのであった。

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