第9話 ソフィア・ゼムスコフ①
旧ロシアを中心としたRUエリア出身であるソフィア・ゼムスコフに関して関わった者の多くが口にする言葉がある。
『変人』。
以前ソフィアが行方不明となり捜索隊が出された事があった。
だが二、三日して戻って来た彼女が語った理由は。
「虹のふもとには本当に宝が埋まっているかを検証したかった。」
であった。
この事件以外にもソフィアは様々なトラブルを度重なる厳重注意をされても起こし続けた。
対処に困った責任者たちは各エリアの問題児を集めたプロジェクトがあると知り、食いついた。
この様な経緯があるソフィア。
最初の内は流石に疑問を持っていた彼女であったが、今では心の中で感謝をするほどであった。
そしてJAエリアに来て初となる彼女のトラブルの幕が、今開けようとしていた。
コンコン。
「…ん?」
扉がノックされた事に気付き眠りから覚めるコウ。
時間を確認すると朝の4:50と表示されていた。
コウはいつも5時には起床するので目覚めはそれほど悪くは無いが、ノック音がした扉を見ていると再びノックが規則正しい感覚で聞こえて来る。
「誰だ一体。」
コウは寝巻のまま起き上がると、モニターで相手を確認する。
「…はぁ?」
映し出された映像が信じられずに変な声を出すコウ。
目ぼけてるのだと思い、一度顔を洗いに行く。
そして戻って来ると再びモニターで確認する。
「…。」
だが現実とは非情なもので映し出された映像に変わりは無かった。
「…さて、どうするかな。」
取り敢えず現実と仮定したコウはどう対処するかを考える。
最悪このまま無視するという選択肢も無い訳では無かった。
だがその場合、彼女がどのような行動が予測できない上に、人に見られる可能性もある。
無意味に騒ぎを起こすよりは、と思いコウは扉を開ける。
「おはようございます教官。いえ、ご主人様。」
「ゼムスコフ。」
そこにいたのは何故かメイド服に身を包んだソフィアであった。
ソフィアはジッとコウを見つめるとそのまま黙り込んでしまう。
「取り敢えず中に入れ、人に見られる。」
「了解しました。」
コウに言われるままソフィアはコウの部屋に入っていく。
そしてコウはソフィアが中に入ったのを確認すると部屋の鍵を閉めておく。
「…で?何か言うべき事があるんじゃないのか、ゼムスコフ?」
「御飯にする?お風呂にする?それとも…。」
「違うわ!!何で朝早くからメイド服を着て人の部屋のドアをノックしてたか、って言うより何を聞いてるんだ!!」
思わず怒鳴るコウであったがソフィアは気にした様子もなく答える。
「教官の強さについて知りたいと思いました。」
「…。」
「…。」
「…?いや、それだけじゃ分からないんだが?」
「そうですか。では最初から説明させてもらいます。」
(最初からそうして欲しかったな。)
そう思うコウであったが口にはせずにソフィアの話を聞く。
「教官の信念、心の強さは以前の事で見させて貰いました。ですがA²は気持ちだけで動くものではありません。身体、技術も伴わなければ。」
「…それを教えてもらうおうとこの時間に来た訳か?」
「はい。」
コウは今の話を取り敢えず納得する。
やり方はともかくとして、成長したいという志は教育する者としては喜ばしかった。
だが、今の話では説明しきれない部分もある。
「で?メイド服である理由は?」
そう、今の話では彼女がメイド服を着ている理由にはならない。
コウの質問に対してソフィアは淡々と答える。
「教えて貰うだけでは不公平だと思いましたので、メイドとして働ければと。」
「いや、それはおかしい。」
ソフィアの言葉に思わず突っ込むコウは頭を抱えつつ説得する。
「まずゼムスコフ。不公平とは言うがこっちは仕事として教えているんだ。そこにお前からの対価は必要ない。」
「教官の教えは仕事としてのもの以上の事です。ですのでこちらとしても私の身体を捧げるぐらいの事を…。」
「どうしてそうなる!…まったく。」
「…このように可愛らしい服は似合わなかったでしょうか。」
落ち込んだように言うソフィアに対してコウは慌ててフォローする。
「い、いや!可愛いと思うぞ!凄く似合っている!」
実際、飾り気のないクラシックなメイド服はソフィアの美しさを引き出していた。
その筋の人間であれば羨ましがる事間違い無しであったろう。
「そうですか。ならぼ末永くよろしくお願いしますご主人様。」
「だからどうしてそうなる!」
朝から話の噛み合わないソフィアとの会話に今までに無い疲労を感じるコウは更に説得を続ける。
「技術的な事は教えてやるから着替えてこい。」
「いえ、教官の普段の生活から見たいのです。私は教官の強さを知る事が出来る、教官は私に世話される。win-winというものですね。」
「受け入れた時点で俺の人生はloseなんだけど!?」
その後も説得をするコウであったがソフィアも引く気は無いらしく話は平行線であった。
「教官。いい加減受け入れて奉仕されてください。」
「何で俺が聞きわけの無いみたいになってんだよ。」
「もし内容に不満があるのでしたら夜専用のプランも…。」
「それ以上言ったらいくら教え子でも躊躇なく叩くぞ。」
コウはソフィアは言葉を無理やり打ち切りつつ解決案を出そうとするが、寝起きも相まって考えがまとまらない。
それにこの場を乗り切ったとしても明日また来れば本末転倒である。
なのでコウは妥協点を打ち出す事にした。
「…一日だ。」
「教官?」
「一日だけ許可する。だから後日またメイドとして来るという事は無いように。」
「…期限は?」
「今から、そうだな18:00まででどうだ。」
「…。」
(一日経験すれば流石に懲りるだろ。今日一日こっちが我慢すればいいだけの話だ。)
コウがそう考えを巡らせているとは知らないソフィアが出した答えは。
「仕方ありません。我慢します。」
「よし。じゃあ決まりだな。」
ソフィアが提案を受け入れた事で安心したコウは時計を見る。
「食堂が空いている時間だな。ちょうどいい朝食を取るか。」
「教官。もしよろしければこのような物を用意しました。」
ソフィアが後ろに隠していた箱を取り出し開けると、そこにはサンドウィッチが敷き詰められていた。
「これはゼムスコフが?」
「はい。せめて朝食ぐらいはと思いまして。」
「そうか。ではありがた…く?」
サンドウィッチを取って食べようとするコウであったが手に取ったものから何やら異臭がする。
「ゼムスコフ。一体何を挟んだ?」
「手に取られているのは納豆とクサヤを混ぜたもの。こちらはシュールストレミングをペーストにしたものです。そしてこっちが。」
「…そうか。」
コウは笑顔で解説するソフィアを見ると、全てのサンドウィッチを一気に口の中に含み一息に飲みこむのであった。
「教官。早食いは体には良くないかと。」
「…いや、すまん。ゼムスコフは着替えて朝食を食べてこい。俺は口臭ケア…じゃなくて授業の準備するから。」
「そうですか。ではすぐに戻ってきます。」
そう言って去って行くソフィアを見届けるとコウは急いで胃薬を飲み、口から発せられる匂い消しに奮戦するのであった。
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