第8話 少女たちの選択
教室は沈黙で包まれていた。
本来止めるべき立場であるヨナも今はコウがどう返答をするかを見守っている。
他の候補生たちも固唾を飲んでコウの反応を見ている。
そんな中で、しばらく黙っていたコウであったがその口を開く。
「確かに、俺は軽度マナ過少症と診断された。そしてその錠剤は間違いなくブーストだ。」
「「「「!!」」」」
「…。」
全てを肯定するコウの言葉に絶句するシャナたちと黙り込むソフィア。
だが、その様子が見えていないが如くコウは話していく。
「5カ月ほど前の事だ。任務を遂行中に突然A²が動かせなくなった。そしてすぐにマナ過少症と診断された段階で『オモイカネ』にスカウトされた。」
「…なんでそんな物に手を出したのよ。一歩間違えれば死ぬかも知れないのに。」
シャナが今だ呆然としつつも質問すると、コウはまるで当たり前の事かのように答える。
「もし人手が足りなかった時に何も出来ずに手をこまねいているのは嫌だったから、だな。手配元は前々から知っていたからな。」
「だ、だからって。そんな違法な薬を…。」
リンが涙目になりつつ言うのに対しコウは錠剤ケースを仕舞いつつ答える。
「さっきも話題に出ていたが、まだ承認されるための調査を受けてる段階の試薬だ。完全な違法じゃない。」
「…中尉の考えと事情は分かりました。」
コウが説明していると突如アンジュが立ち上がり質問をする。
「ではどうして私たちとの模擬戦をするために使用したのですか?使用するにしても、もっと適切なタイミングがあったのでは無いですか?」
「…(コクコク)。」
アンジュの問いかけにリーゼロッテも頷きつつ立ち上がる。
するとリンとシャナも立ち上がりコウの答えを待つ。
コウは五人の真剣な眼差しを前に諦めたように答えを口にする。
「お前たちの未来のためだ。」
「み、未来?」
「そうだ。しいては人類の未来のためとも言える。」
思っても見なかった答えを受けて五人それぞれが動揺したり不思議そうにするのに対してコウは一人一人を見つめつつ解説をしだす。
「お前たちは昨日負けたがそれぞれにエースになれるだけの片鱗を見せた。それこそ未来を担うエースを目指せるだけのな。」
「あ、ありがとう?」
コウの誉め言葉にシャナがそう返す。
「だからこそ、あの場で完膚なく負かせなければならなかった。敗北をバネに実力をさらに身に着ける事を、連携の大切さを教えなけらばならなかった。」
「…そのためにブーストを?」
「そうだ。例え賭けになろうと未来のために命を使う事を俺は躊躇しない。だからお前たちのために命を賭ける事も悩んだりはしない。決してな。」
「「「「「…。」」」」」
五人は黙ってコウの言葉を聞いている。
コウは一息吐くと五人に向かって問いかける。
「さて、俺は秘密を包み隠さず話した。これを聞いてお前たちが俺を教官として認めるかは自由だ。気に入らなければ今の話を上層部に報告するといい、教官の任は解かれるだろうな。」
「中尉、それは…。」
コウの言葉に反論しようとするヨナであったが、コウは気にせず五人に言葉を重ねる。
「正直に話して認められないなら信頼関係なんて構築するのは無理だ。例え俺じゃ無くても正しく導けるのならそれでいい。」
そう言うだけ言うとコウは教室を去ろうとする。
「今日はもう授業どころじゃないだろう。俺を教官として認めるなら明日またここに来い。じゃあな。」
「…中尉。一つよろしいですか。」
コウの去ろうとする背中に声を掛けたソフィアは答えも聞かずに話始める。
「私は何かしらの意図を持って質問をした訳ではありません。ただ不可解な部分があったため追及しただけです。そして、今のお言葉を聞いて軽蔑はしていません。むしろそこまでして頂いた事を感謝します。」
「…そうか。」
それだけ答えるとコウは今度こそ教室を離れていった。
「…で?昨日はそのまま自室で荷物の整理とセキュリティの強化か?寂しいやつだなお前。」
「いきなり現れて随分と失礼だなアラン。」
コウが宣言してからあっという間に時間は経ち、再び朝を迎えた。
教室に向かおうとするコウを呼び止めアランが放った第一声に不機嫌を隠そうとしないコウ。
そんなコウの肩を叩きつつアランは笑いかける。
「気にすんな気にすんな!…で、どうなんだよ?お前が教官を続けられる可能性は。」
「…三対七で一人でも残っていたなら上々だな。」
「随分と厳しい見立てだな。案外五人とも残ってるかもだぜ?」
アランがそう笑いながら言うのに対してコウは冷めた顔をしている。
「候補生とはいえ軍人だ、全員が全員残るとは思えない。五人残っていたらまともじゃない。」
「ほーう?言うじゃないか。じゃあ久しぶりに賭けしようぜ賭け。」
「何を賭けるっていうんだよ。」
「もし五人全員残っていたら俺とデミレル含めて七人に何か奢れよな、高い奴。」
「大雑把すぎるだろ。って言うか司令が率先して賭けしてんじゃねぇよ。」
「嫌いか?」
そうニヤッと笑うアランにコウはため息を吐きながら簡単に答える。
「…外したらお前が俺に奢れよ。」
「よっし決まり!じゃあ行くか!」
「自分の仕事しろよオイ。」
思わず突っ込むコウであったが、率先して教室に向かうアランの耳には届かない。
二人はその後も、昔の事などを話しつつ教室の前までたどり着く。
教室はかなり静かであり人の気配は無いように思えた。
「…奢る準備は出来たか?アラン。」
「いやまだだ!開けるまで答えは分からいぜ!!」
「無駄にカッコよく聞こえる言葉を出すな。ったく。」
アランの態度に呆れつつもコウは無造作に教室の扉を開ける。
そして目に飛び込んできたのは。
「「「「「ロックハート中尉!これからよろしくお願いします!」」」」」
候補生たちが一列に並んでコウたちに向かって敬礼している姿であった。
呆然とするコウを余所に五人はそれぞれ話始める。
「フフーン!ようやく一泡吹かせてやったわ!」
「な、ナフティさん。そ、そのためにやった訳じゃ…。」
「フフ。まあ今日ぐらい細かい事はいいんじゃない?」
「ええレーナ―ル。大切なのは気持ち…らしいです。」
「…(良かった。ちゃんと言えた)。」
五人の少女の会話の様子をヤレヤレという感じでコウ見ていた。
「どうやら奢るのはそっちのようだなコウ。」
「だな。…全く、仕方のない奴らだ。」
「そう言いながら笑ってるぜ?」
「…気のせいだ。」
コウはそう言うと教壇に立つ。
「そろそろ授業始めるぞ。全員用意はいいな?」
「「「「「はい!教官!」」」」」
こうしてコウは教官としての第一歩をようやく進むのであった。
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