第6話 不穏な物音
○○××年現在、『天使』との激戦区は大きく分けて三か所ある。
旧イギリスであるBRエリアを中心とした地域、旧中華の西側であるWCHエリア、旧アメリカのAMエリアである。
そして多くの人材が配置されている三か所の中でも特出したエース部隊が存在する。
WCHエリアであれば『ナタ』、AMエリアならば『ビリー』と呼ばれる部隊が今も最前線で『天使』と戦っているのである。
そしてBRエリアを中心とした旧ヨーロッパの『天使』と前線で戦っているエース部隊こそが、かつてコウが所属していた『トール』である。
「元『トール』…!!」
アランの言葉に五人の候補生は驚きを隠せないでいた。
候補に入るだけでも名誉と言われ、エースの中のエースが選出される部隊出身である人物が目の前にいると知ったのだから当然とも言える。
「余計な事を言うなよアラン。」
「いいじゃねぇか。いつかは言う気だったろ?」
「いつか、な。少なくとも今じゃ無い。」
「あ、あの。お、『オモイカネ』所属というのは…?」
リンが震えながら手を挙げ質問した内容にシャナが便乗する。
「そうよ!あれは嘘だった訳!?」
「嘘じゃないぞ、マツナガにナフティ。数ヶ月前に『オモイカネ』に転属したんだ。で、今はお前らの教官という訳だ。」
「無茶苦茶な経歴じゃない…。」
シャナが思わず漏らした言葉にコウは思わず苦笑いを返す。
なにせコウ自身ですら信じられない経歴である。
「ですけど何故『トール』から転属に?何か理由でも?」
アンジュの質問に対してコウは頬を掻きながら答える。
「あー、まあ一身上の都合という奴だ。気にするほどの事じゃ無い。」
その答えに全員が納得していない顔をする。
特に質問の際にアランの顔が一瞬曇ったのを見逃さなかったソフィアはある決意を固めていた。
「さて、俺の身の上話はこのぐらいにするとして。そろそろ本題に入ろうか、5対1で負けた候補生たち?」
「うっ!!」
先ほどの敗北を思い出しそれぞれの顔が曇る。
「一応聞いておくが、さっきの戦闘に文句あるいは苦情がある奴はいるか?」
「「「「「…。」」」」」
コウの質問に対して手を挙げる者はいなかった。
あれだけの完敗では文句のつけようも無いというのが五人の中で共通した考えであった。
一番言いそうであるシャナですら悔しさを噛みしめながらも手を挙げようとしない。
「…ではお前らの教官としての第一の課題を発表する。」
「課題?」
アンジュの質問に頷くとコウはそれぞれに記憶媒体を配る。
「それぞれ負けた理由をレポートにして明日までに提出しろ。一応記憶媒体は配るが方法は各々に任せる。」
「何それ。負けた理由を自分で書けっていうの。」
「そうだナフティ。まさか自分が敗北した理由が分からないほど節穴じゃないだろ?」
「そ、それは…。」
シャナ自身でも負けた理由が考え付かなかった訳では無い。
だが他人に弱みを見せたく無い彼女にとってそれをレポートにするのは屈辱とも言えた。
その事を知りつつもコウは五人に背を向けて着替えに向かうために更衣室に向かう。
「あと明日はそのレポートを使って全員で反省会をするから忘れるなよ。」
「ち、ちょっと!そんな事しなくても!」
抗議の声を挙げるシャナであったがコウは聞く耳を持たずその場を去っていった。
「ま、あいつも考えあっての事だからな。しっかりと頑張れよ候補生たち。」
そう言うとアランも司令部に戻っていく。
少女たちはしばらくその場に留まり沈黙していたが。
「ったく!何なのよ一体!!」
そう叫んでシャナが戻り始めるとリンとアンジュが追いかけるように第三訓練場を去って行った。
リーゼロッテも黙ったまま戻って行き、残されたA²も整備班による撤収作業が始まっていた。
そんな中でソフィアはただ一人、コウが去って行った方向をずっと見ていた。
「ふぅ~。」
コウは更衣室で着替えるとそのまま割り当てられた自室に入った。
そこには数箱の段ボールと最低限の家具と仕事用のPCがあるのみであった。
『トール』として各地を転戦していた時は本当に最低限の物しか持ち運ばなかったため、コウからすればこれでも荷物としては多いぐらいであった。
「もう今日はさっさと寝るか。」
そう言いながら手荷物をベッドの上に置くとそのままシャワー室へと向かう。
体を滑り落ちる水を感じつつコウは対戦した5人について思考を巡らす。
(分かっていた事だが5人ともポテンシャルはある。あとはそれをどう伸ばしてやるか、だが。さてどうするかな。)
人に物を教えるという経験をあまりした事が無いコウにとって一番の課題はそこであった。
例えるならダイヤの原石を渡された新人研磨士のようであった。
原石を輝かせるも鈍らせるもコウ次第なのだから。
「まずは明日、全員がレポートを提出するかも問題だな。特にナフティ。」
反発して提出しようとしないシャナの姿を想像し思わずため息を漏らすコウ。
その時。
ガタッ!
「っ!!」
誰もいないはずの部屋から物音が聞こえコウの思考は軍人としてのものに変わる。
コウはまずシャワーを流したまま移動すると脱衣所から銃を取り出す。
そして物音を立てずに一気に部屋に突入する。
周囲を確認するコウであったが、部屋に異常は無さそうに見えた。
だが、コウはある一か所に異変を感じていた。
(持ってきた手荷物の位置が若干だがズレている。)
一見すれば誤差の範囲であるためコウ自身も自信がある訳では無いがそれでも侵入された可能性は十分ありえた。
コウは部屋の隠れそうな場所を調べ終えるとスマホを取り出しアランに連絡を取る。
「おうどうしたコウ。こっちに掛けて来たって事は緊急か?」
コウとアランの間にはある取り決めがあった。
私用の時は軍の回線で、緊急の時は個人のスマホでという普通なら逆の取り決めである。
だが二人が持っているスマホは共通の知り合いが改造したものであり、追跡や傍受が不可能という代物であった。
「要件だけ言う。部屋を誰かに侵入された可能性がある。」
「…何か異常は?」
アランも真剣な声色となり二人の間に緊迫した空気が流れる。
「無い。調べた限りでは盗聴器の類いも殺傷能力がある物もな。」
世界が一つになったとはいえ未だ権力争いや、テロといったいざこざは続いている。
特にコウは提督であるバーナードと親しい。
殺すにせよ利用するにせよ、標的にされる理由は十分ある。
「盗まれたものは?何か無くなってないか?」
「いや、手荷物が荒らされた可能性があるだけで段ボールは封が開けられた形跡も無い。ここのセキュリティはどうなっている?」
「すまん。緊急で用意した部屋だからカメラも周囲には無い。だが付近のカメラを調べておく。」
「助かる。それとこの事は。」
「内密に、だろ?下手に弱みを見せる訳にはいかないしな。」
どこにバーナードを敵視する人間がいるか分からない以上、下手に騒ぎ立てる訳にはいかなかった。
そしてその事はアランも十分理解していた。
「だが副司令のデミレルには知らせるぞ、あいつは信用できる。」
「すまんな。」
「親友なら当然だろ。今日はもう寝ちまえ、疲れただろ?」
「だな。あとは任せる。」
コウはそう言い終わると通話を切り通話記録を消しておく。
そして鍵を確かめるとドアが開くと段ボールが崩れるように配置し、他を確かめる事無くそのままベットに移動する。
長距離の移動や戦闘で疲労していたコウはそのまま眠りにつくのであった。
故に気付けなかった。
手荷物の中からある錠剤のケースのみが消えていた事に。
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