第4話 模擬戦、開始

 ヨコハマ基地内にある更衣室。

 そこでA²に乗るためのパイロットスーツに着替えたコウはある錠剤を見つめていた。


 「まさかこんなに早くに世話になるとはな…。」


 コウは若干の躊躇をしつつもその錠剤を飲みこむ。

 その瞬間からコウに異変が起こる。


 「グッ!?」


 心臓の動悸が早鐘を打つようにドクドクと言うのを感じ、コウは思わず胸を押さえつつ膝から崩れる。

 やがて額から汗があふれ出し苦しそうにするコウであったが数分もすると手で体を支えながらではあるが立ち上がる。


 「ハァ…ハァ…。」


 荒い息を吐き、額には大汗、顔色も少しばかり青い。

 だが、そんな体調とは違いコウの表情は笑顔であった。


 「流石に効果が確かな分キツイな。…だが。」


 コウは手を閉じたり開いたりして体がしっかりと動くのを確認しつつ、自分に言い聞かせるように口を開く。


 「大丈夫。俺はまだ…戦える。」


 そしてコウは更衣室を出ると格納庫に足早に向かう。

 あの五人の候補生たちに自らの実力を示すために。



 ―ヨコハマ基地、第三訓練場。


 JAエリア最大の基地であるヨコハマ基地にある訓練場の中で二番目に広く、そして唯一市街地では無い戦闘を想定した訓練場でもある。

 その訓練場の空中に五機の巨大な人型ロボット、A²の姿があった。

 様々なカラーリングや武装をしたこの五機のA²たちこそ各エリアの技術を積み込んだ専用機である。


 「あーもう!何時まで待たせる気よ!」


 待たされる事にイラついているシャナが乗り込んでいるのは肩に装備されている二つの砲身と赤のカラーが目を引くA²『クレオパトラ』。


 「な、ナフティさん。落ち着いて?」


 青いカラーリングに日本刀を模した近接戦用のブレードと左腕に装備されている弓のような兵装が特徴的なA²、『ツルヒメ』に乗っているリンはオドオドしつつもシャナを落ち着かせる。


 「そうね。まだ数分しか遅れていない訳だしね。」


 リンの言葉に同意するアンジュのA²の名は『ジャンヌ・ダルク』。

 機体を隠せるほどの大きな盾と金色を主体としたカラーリングが特徴であり、五機の中では一番目立っていた。


 「「…。」」

 「で?そっちの二人はこの状況でもいつものだんまりな訳?」


 シャナが挑発的にソフィアとリーゼロッテに言うが二人からの反応は無かった。


 「…ったく!」

 (な、ナフティさんやっぱり怒ってる。何か言えば良かったかな?でも何言えば分からないし…。)


 実はシャナの反応に内心不安がっているリーゼロッテが乗り込んでいる『クニグンデ』というA²は乱射を想定した機体だ。

 複数の射撃武器とサブアームによって『天使』を制圧するのがコンセプトである。


 「…。」


 一方で何も言わずコウが来るのを待っているのはA²『ルサルカ』を操っているソフィア。

 最新鋭機でも珍しいAI制御が内蔵された遠隔兵器、いわゆるビット兵器を搭載されている白を基調としたA²である。


 各エリアが次世代のA²を目指して造り上げた機体たちを、それぞれ性格に難があるとは言え実力優秀な候補生が扱う。

 その言葉だけで前線に出ているA²乗りでも戦うのを躊躇しそうであるが、その上5対1である。

 基地内で秘密裏に行われてる賭けでも、コウの勝利を想定している者は少なかった。

 だが賭けを見つけても止めなかった最高責任者であるアランはその事を知ると大笑いし言った。


 「分かってないな、あいつの事を何も。」


 実際、少しでもコウを知っている者は彼に賭けていた。

 賭け率は2:8ではあったが、絶対的な信頼という意味ではコウが勝っていた。

 そのコウが操縦しているA²がようやく第三訓練場に現れる。

 A²は地面に足をつけたまま飛ぶ事もなく空中にいる候補生たちを見上げていた。


 「随分と遅かったじゃない。怖くなって震えてるかと思ったけど。」


 ようやく来たコウを挑発しながらも、シャナは内心では冷静に分析していた。


 (量産型A²『スパルタクス』。元欧州の前線で今でも使われてるA²ね。)


 流石にエリアのエース候補だけありシャナは脳内で確実に勝利を取る為に作戦を考えていた。


 (確かにいい機体だけどスパルタクスは初速が遅い。開始と同時に撃ち込めば避けるのは無理。…勝てる!)

 「で?模擬戦と言うけれど勝敗はどうする気かしら、教官さん?」

 「決まっているだろ?俺が動けなくなるか、そっちが全員動けなくなるかのどっちかだ。」

 「…本気?作戦立案部隊のアンタが5対1で勝てると思ってるの?」

 「その気だけど何か?」


 コウの言葉には話しているシャナだけではなく五人全員に突き刺さった。

 それぞれ出身エリアも性格も違う彼女たちであったが、それぞれ自分なりに実力者である事を自覚していた。

 そんな彼女らに5対1で勝つと断言したコウに対して彼女たちは気力を奮い立たせる。


 「…ふーーーん?」


 特にその自覚が強いシャナはいつものように怒るわけでもなく静かに何時でも動けるよう手足に力を込める。

 それと同時に各A²に模擬戦開始までの時間が表示される。


 「じゃあ楽しみにしてるわね。アンタが負けた時にどう言い訳するのかを。」

 「…。」

 「…。」


 開始へのカウントダウンが刻一刻と近づくにつれ会話は減りそれぞれが集中する。

 そして。


 ピ――――――!!


 「吹き飛べ!!」


 模擬戦の開始を告げられると同時に、シャナはクレオパトラの主兵装である両肩のエネルギー砲『ナイル』を打ち込む。

 膨大なエネルギーが光の束となり吸い込まれるようにコウの乗るスパルタクスに向かう。

 そして地面に当たると衝撃により土煙が舞う。


 「ナフティさん。少しやりすぎじゃあない?」

 「模擬戦モードにしてるんだから大丈夫でしょ。威力もだいぶ絞ったし。」


 アンジュが心配するのに対し、シャナはスッキリしたと言わんばかりの表情をしている。


 「けどこれで私たちの勝ちね。今のを避けれたはずが無いし。」


 シャナが勝利宣言がまだかと待っていると、リンが土煙の中で影が動くのを確認した。


 「な、ナフティさん!」


 リンが思わず叫ぶのと、五機のA²に敵機の接近を警告するアラートが鳴り響くのは僅かな差であった。


 「え?」


 シャナが思わず声を漏らしている間に土煙の中からスパルタクス、つまりはコウが飛び出してクレオパトラに向かって行く。


 「こ、このぉ!!」


 だがシャナも対応して大型エネルギーライフルを何発も放つが、コウはその全てを避けてみせる。


 「くっ!」


 近接ブレードを構え突っ込んでくるコウに対してシャナも近接用のナイフを取り出し突き出すが、ヒラリと舞うように躱されブレードにて胴体を薙ぎ払われる。


 「そんな!!」


 模擬戦用のブレードであるため切り裂かれる事は無かったがクレオパトラは設定されている模擬戦用のプログラムに則りその機能を停止させる。

 静かに地面に着地し倒れるクレオパトラを確認しつつコウは残る四機に相対するのであった。

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