第2話 【独立独歩】

第二将【独立独歩】



 第二章【独立独歩】




























 翌日、波幸と火鷹は解放された。


 なんでも、覡が解放しろと言ったそうだ。


 他の者は、もっといたぶってからにしようと話していたのだが、覡に言われたことで、大人しく従った。


 いくら覡の言う事だったとしても、邑人としては納得いかないものだった。


 「覡、ちょっと甘いよ。せめて、あのステージで見せしめくらいしないと」


 「時間がもったいないだろ」


 「・・・じゃあせめて、決闘くらいさせてよ」


 邑人の提案に、真っ先に乗っかったのは杠だった。


 目をキラキラさせて邑人の提案に賛成を示せば、他の隆司と灵閤も覡の返事に期待を示す。


 覡はしばらく黙りこんでしまったのだが、四人の圧に耐えられず、了承した。


 「俺は火鷹とやる」


 隆司が誰よりも先にそう言うと、杠が挙手を繰り返しながら叫ぶ。


 「ずるい!!俺!俺は・・・とにかく誰でもいいからボコリたい!!」


 邑人の言葉をきっかけに、何かの決闘が始まることになった。


 しかし、決闘にしろ喧嘩にしろ、何か言い訳をみつけないといけないと、邑人がわざとらしく顎に指を当てて考える動作をする。


 「じゃあ、でっちあげちゃおうか」








 それからすぐ、斎御司の耳にも、その謎の決闘の話が入ってきた。


 「斎御司さん!聞きましたか!?あいつら、好き勝手やってますよ!!どうにか出来ないんですか!?」


 慌ただしく部屋に入ってきた眞戸部に対して、斎御司はいたって普通に返事をする。


 「鼇頭は独立した組織。我々とて手出し口出しは出来ない。それくらいわかってるだろう」


 「わかってますけど!将烈さんもいない状況で、あいつらやばいですって!!!」


 「そうは言ってもなぁ・・・」


 なんとかしたい気持ちはもちろんあるのだが、そういう決まりのため、斎御司とて思考をどれだけ巡らせようとも、答えなど見つからなかった。


 いつもであれば、愛娘の画像や動画を見て癒されているところだろうが、そんなことをしている暇ではないことくらいわかっている。


 しかしその時、思わぬ連絡が入る。


 少し強めのノックが3回聞こえて来たかと思うと、数名のスーツを着た男たちがぞろぞろと入ってきた。


 「何用かな」


 「斎御司さんに用ではありません。そちらの男に逮捕状が出ておりまして」


 「・・・え?俺?」


 身に覚えのない眞戸部がきょとんとしていると、あっという間に拘束される。


 斎御司が何の罪状かと問うが、言う必要はないと言われてしまった。


 「私はその男の直属の上司だぞ。言えないような罪状なのか。そもそも、そんな罪状が本当に存在しているのか」


 「申し訳ありませんが、何もお答えすることはできません。このまま連行します」


 斎御司がちらっと眞戸部の方を見ると、眞戸部は眞戸部で、最初は戸惑っていたようだが、頭を回転させた結果、今は落ちついているようだ。


 斎御司の方を見ると、いつものように笑う。


 「すぐ戻ります」


 無機質なドアの閉まる音が響いた。


 そして、それからすぐに鼇頭の建物の近くにまた新たな建設物が出来た。


 今までは鼇頭のメインの建物、そこに覡たちが作らせた、建物から繋がる処刑台であったが、メインの建物を取り囲むようにして4つの建物。


 それは気味が悪いもので、何のために使うのかと聞けば、答えは容易く想像出来る。


 「さあて、始めようか」








 巨大なモニターに映しだされたのは、覡を覘く4人の姿。


 邑人と波幸、隆司と火鷹、杠と眞戸部、灵閤と鬧影がそれぞれの4つの建物におり、中央の処刑台に繋がる建物入り口には覡がいる。


 一体何が始まるのかと、警察関係者だけではなく、一般市民もモニターの方へと視線を向ける。


 『ここにいる者たちは重罪を犯した。よって、我々鼇頭の手で躾をすることにする』


 邑人がパフォーマンスのようにマイクで話せば、盛り上がる広場。


 やはりこういう手段に出たかと思っている波幸と、絶対にやり返してやると折れた腕のことを忘れている火鷹、そして急に巻き込まれることとなった眞戸部に、なんで自分がここにいるのか未だに納得が出来ていない鬧影。


 適当な令状で捕まったことが不本意で仕方がないらしく、眉間に深いシワを寄せている。


 『じゃあ、始めよう』


 そう言うと、いきなり邑人は波幸に殴りかかってきた。


 しかも、その拳にはメリケンサックをつけている。


 波幸とてこれまでにも多くの者を相手にしてきた自負はあるが、それでも、邑人の動きは凄まじかった。


 「・・・!」


 ヒュッ、と波幸の頬を邑人の拳が掠めただけで、波幸の頬からは血が出た。


 死角から伸びてきた左腕に気を取られていたら、邑人の長い足が視界に飛び込んできて、そのまま波幸の側頭部に当たる。


 脳が揺れて動きが止まった波幸に対し、邑人は躊躇なくメリケンサックで目元を狙う。


 間一髪のところで波幸が避けると、軽く舌打ちをした。


 「逃げるの上手いんだね」


 「アウトローな戦いには慣れてるもんで」


 「ははっ。言うねぇ」


 強がってはみたものの、波幸が避けるのに精一杯だった。


 この邑人という男、サイバー課から出たことのない頭脳派かと思っていたが、どうやら喧嘩には慣れているらしい。


 「(人を傷つけることに、躊躇が無い)」


 避けた、と思った邑人の攻撃がフェイントで、急いで攻撃を避けようとした波幸だったが、邑人が波幸の胸倉をがっちりと掴んでいただめ、避けることが出来ない。


 そのままメリケンサックが波幸の顔面に当たり、それが何発も続いたあと、腹には蹴りを入れた。


 思わず手で腹を庇う動作をすると、喉を思い切り殴られた。


 「・・・!?はっ!!かっ!!」


 両膝が地面についた波幸を見て、邑人は恍惚とした表情を見せる。


 「ほら、みんなの前で土下座しようよ」


 「・・・!?」


 「将烈の右腕だっけ?所詮、君たちは背伸びして強く見せてただけなんだよ。僕たちには敵わない。本当の強さっていうのは、こういうときに負けないんだよ」


 「・・・っ」


 邑人は波幸の背中を蹴飛ばすと、その背中に片膝を乗せる。


 骨が軋むような乗り方をした邑人は、呼吸が苦しくなっているのか、小刻みに息を吸ったり吐いたりしている波幸に聞こえるように言う。


 「いいなぁ、いいなぁ。僕も君みたいな居場所が欲しかったんだ」


 「な、何を言って・・・」


 「ずーっとサイバー課にいて、実力があるのになんでか認めてもらえなくて。僕より優秀だなんて言われてる奴がいて。僕の方がすごいんだよ。でもリーダーとかには向いてないからさ。君の立ち位置が羨ましかったんだ」


 「逆恨みだ」


 「現にさ、今回、僕のプログラミングには誰も手出し出来なかった。だからこんな事態になってる。でしょ?もっと上にいきたいんだ、僕。それでもっと好きなことに没頭できるようになりたい」


 「好きなことをするだけじゃダメだろ。だから異動も無かったんだろう」


 「そうかな?でもいいんだ。だって僕、今とっても楽しいから。君たちを潰して、僕たちのことをもっともっと証明していくんだ」


 そんなくだらないことに巻き込まれたのかと、波幸はなんとか邑人の足をどかそうと身体をよじってみるが、大の大人、しかも男が乗っているとなるとそう簡単にはいかない。


 「それにしてもさ、あの将烈とかいう男、あんなに生温いのになんでここ仕切ってるんだろう」


 「・・・?」


 顔からは血が出てきて、地面を濡らす。


 もはや自分の顔面がどんな状態かなんて考えていられない。


 「気に喰わないなぁ」


 そう言うと、邑人はゆっくり波幸の上から立ち上がり、波幸も立ち上がろうとすると、下から波幸の顔面を蹴飛ばした。


 鼻あたりを押さえた波幸だが、邑人が髪の毛を掴んできたため、勢いで邑人の方を向くことになる。


 「・・・!?」


 邑人の顔を見て、波幸の本能は震えた。


 一瞬、息をするのも忘れていた波幸だったが、頬を殴られたことで呼吸を思い出す。


 ようやく息が出来たときには、波幸は身動きが取れない状態だった。


 邑人は倒れている波幸に近づくと、中央の処刑台に連れていこうとまた髪の毛を掴みあげた。


 「!!」


 自分の髪を掴んでいる邑人の腕を掴んだ波幸の目は、まだ何かを見据えている。


 「まだやるんだ?」


 「こんなの、将烈さんにっっ・・!見せられない!!!」


 「忠誠心が素晴らしいね。本当に犬じゃないか」


 邑人は波幸を掴んでいる方ではない手で波幸を殴ろうとしたのだが、波幸がその邑人の拳を止めた。


 「生きて将烈さんを待つ!」


 「・・・へえ。そういう青臭い感じ、僕は好きじゃないよ」








 「俺が何かしたかなぁ?君たちに恨まれる覚え、ないんだけど」


 「俺も君のことあんまりよく知らないけど、将烈とかいう男の知り合いでそれなりに強い奴ってことで。俺の喧嘩相手になってよ。そんで、見せしめに殺されてよ」


 杠と向かいあっている眞戸部は、やれやれといった具合に首の裏筋を摩る。


 一体全体、どういうわけでここに連れてこられのかと聞けば、大した理由ではなかった。


 しかし、眞戸部は目の前にいるこの男のことを知っていた。


 「杠と言えば確か、特殊部隊に所属していた奴だよな?なんでこんな馬鹿げたことしてるんだ?」


 「あれー?俺のこと知ってるの?うれしいなぁ!そうそう、特殊部隊にいたんだけど、なーんかみんな弱いし、つまらなくて。君、強いんでしょ?それなりに楽しませてよね」


 「いや、俺別に武闘派なわけじゃない」


 「え?そうなの?困ったなー・・・」


 首を大きく捻ったかと思うと、それからすぐににかっと笑う。


 「まあいいや!」


 「おっと!!」


 頭の切り替えが早いというのか適当というのか、杠は特に気にしたようすもなく、眞戸部に襲いかかってきた。


 眞戸部は軽くひょいっと避けたのだが、着地する前に杠が眞戸部の前に近づいてきた。


 「(こいつ!)」


 「へへ!!」


 心の中で舌打ちをした眞戸部は、顔スレスレで杠の攻撃を避けることが出来た。


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 眞戸部も杠も少し黙っていたかと思うと、杠が玩具を見つけた子供のように喜ぶ。


 「いやー!今のを避けられるなんて思ってなかった!!!武闘派じゃないなんて言って、結構強いじゃない!?」


 楽しそうにはしゃいでいる杠とは裏腹に、眞戸部は鼓動が速くなるのを感じていた。


 眞戸部の動きを見た杠は、また構えたかと思うと、先程よりも早い動きで眞戸部に向かってきた。


 「(これ、やべっ!!)」


 ギリギリでなんとか避けきった、と思った眞戸部だったが、杠の襟から暗器が顔を出し、眞戸部は手でそれを受ける。


 掌に突き刺さったその武器を抜くと、手が痺れる感覚に襲われる。


 「へへ。薬の調合も勉強してるんだ。大丈夫だよ。死にはしないからさ」


 「そりゃどうも」


 今まで相手にしてきた中で最も素早く、もっとも危険。


 眞戸部は痺れる手を強く握る。


 「行くよー」


 「おう、こいよ」


 杠の攻撃を上手く避けたところで、隠し持っている暗器でさらに攻撃をされる。


 眞戸部も攻撃を試みるが、拘束されたときに銃も没収されてしまっているため、銃での反撃も出来ずにいた。


 防戦一方の眞戸部に対し、杠はサンドバッグでも見つけたように攻撃を続けてくる。


 掌や足をつかって攻撃を流している眞戸部だったが、杠の襟から出て来た暗器を避けられず、目の上あたりをかすめる。


 そこから流れ出る自分の血で視界が遮られ、眞戸部は杠の攻撃を顔面から受ける。


 そのまま後ろに倒れ込むとか思いきや、眞戸部の倒れる方向には杠が仕掛けたのであろう、マキビシが敷き詰められていた。


 反射的に眞戸部は身体をねじり、マキビシの隙間に指を着地させると、指だけの力で身体が倒れる方向をずらした。


 片膝がついたとき、すでに杠が次の攻撃をしに眞戸部に近づいている。


 「ちっ!」


 「君、本当に動きいいねぇ!!楽しくなってきちゃったよ!!!」


 「そうかい」


 杠の休みのない攻撃に、眞戸部は冷や汗をかく。


 「(ったく。余裕ねえっつの!)」


 攻防がしばらく続くと、杠は少し休憩と言って攻撃を止めた。


 呼吸を乱している眞戸部も、肩で息をしながら、目元の血を拭う。


 「(なんなんだこいつ。ただの特殊部隊の人間の動きじゃねえぞ)」


 特殊部隊の人間とも関わりのあった眞戸部は、杠がそれ以上の動きをしていることなどすぐに分かった。


 「(それに杠・・・?聞いたことねぇぞ?)」


 そんな眞戸部の心の声が聞こえたのか、杠が歯を見せて笑いながら答える。


 「特殊部隊で聞いたことないって?杠なんてね。そうだね。俺、色々あってすぐ異動になっちゃったし」


 「色々?」


 「まあその話はいいじゃん。今は楽しく喧嘩しようよ」


 そう言った杠の目は、獣のようだった。


 眞戸部がごくりと唾を飲み込んだ、その瞬間、杠の姿が一瞬消え、気付いたときには眞戸部の目の前にしゃがみこんだ形でいた。


 避けようにもすでに反応出来る距離ではなく、杠は眞戸部の腹にナイフのような暗器を突き刺した。


 「・・・っっっ!」


 崩れていく眞戸部を他所に、杠はさらに崩れた眞戸部の首筋めがけて暗器を振り下ろす。


 その時、足もとにあったマキビシを幾つが手に持つと、それを杠に向けて投げた。


 ほんの数秒杠の動きを止めた間に、眞戸部は杠の足に蹴りを入れてバランスを崩してみたが、ほとんど動くことのなかった杠だが、眞戸部が暗器を手で制止しながら杠の手を暗器ごと掴んで背負い投げをしてきたため、勢いよく舞った。


 その間に眞戸部は杠から距離を取ろうとするが、杠は舞いながらも眞戸部の足目掛けて暗器を投げてきた。


 「ぐっ・・・!!」


 「危ない危ない。君、よく動けるね。あれを避けられるとは思ってなかったなぁ」


 眞戸部と杠は向かい合い、互いに構える。


 「もったいないなぁ!こんなところで死んじゃうなんて」


 「誰が死ぬって?馬鹿言え。勝負はこれからだっつの」








 こちら、鬧影と灵閤なのだが、どちらも攻撃をしかけようとしていない。


 互いに見合ったまま、微動だにしない。


 先に口を開いたのは、鬧影だった。


 「久しぶりだな」


 「・・・そうだな」


 「なんでこんなことになっているのか、未だにわからずいるんだが」


 「お前が将烈側の人間と判断されたからだ」


 「なんで俺があいつ側の人間なんだ」


 「昔から思ってた。お前とあいつは正反対だが似ている。だから気が合ったんだ」


 「・・・何処を見て似ていると判断されたのかは分かりかねるが、だからといってこんな遊びに付き合っている暇はない」


 そう言って、くるりと踵を返した鬧影だったが、背中に銃を突きつけられる。


 「罪のない、武器も持っていない人間に銃口を向けるとは、お前も変わったな」


 「変わってなどいない。昔からな。俺は昔からお前達が嫌いだった」


 ふう、と息を吐いた鬧影は、再び灵閤の方を見る。


 「鼇頭設立の話が出た時、将烈とお前の名があがったと聞いた。だが、お前は性格上の問題で下ろされた。それであいつを恨んでいるのか?」


 「・・・合わないと思ってたんだ。同期の中でも、特にお前とあいつは」


 「・・・・・・」


 鬧影は、なんで自分も嫌われているのかがわからないまま。


 しかし、灵閤にしてみれば、将烈にしても鬧影にしても同じ部類の人間ということになるらしい。


 それがどうにも納得できない鬧影だが、銃を向けられてしまっているため、下手なことも言えない。


 穏便にことを済ませたいところではあるが、灵閤にその心算はないらしい。


 「とりあえず、銃を置け。フェアじゃない」


 「フェア?お前とフェアにやるつもりなんぞない。勝てばいいんだ」


 「・・・まあ確かに。あいつは好まないな」


 鬧影は羽織っていた上着を脱ぐと、動きやすそうな長袖のシックな服装になった。


 その鬧影の姿を見て、灵閤は笑う。


 「おい、どこが武器を持って無い、だ」


 「自己防衛をしてるだけだ」


 鬧影の上着の下から出て来たのは、銃と、警棒のような黒い棒だった。


 灵閤はてっきり銃を取りだすのかと思ったが、鬧影は銃ではなく、棒の方を取りだし、構えた。


 軽く振ると、それはやはり警棒のように伸びる。


 「そんなもので俺に勝てると思っているのか」


 「銃はあまり得意じゃないんだ」


 「なら、死ね」


 灵閤が躊躇なく銃を構えて鬧影に向かって撃つと、鬧影はその棒を灵閤に向けて思い切り投げつける。


 銃でそれを弾こうとしたのだが、鬧影が目の前に現れて銃を持っている手を押さえつけられてしまった。


 そのまま銃が地面に落ちると、鬧影は素早く足で届かない場所へと蹴った。


 すぐさま灵閤が鬧影から離れるようとし、そのとき、鬧影の身体から銃をスッた。


 その銃を鬧影に向けたのだが、鬧影はいたって冷静なままで、両腕を広げて撃ってみろと言わんばかりの体勢だ。


 舌打ちをした灵閤が構わず撃つが、銃弾は出なかった。


 「どういう心算だ!?」


 「・・・言ったろ。得意じゃないんだ」


 それに、と続けると、鬧影は珍しく笑う。


 「これでフェアだな」


 「・・・だから嫌いなんだ、お前等」


 灵閤が鬧影に拳を振りかぶると、鬧影はそれを避けて灵閤に同じように拳を向ける。


 同等、というわけではなく、元公安で現場の現役バリバリでやっていた灵閤と、現場にいたが少ししてすぐにエリート街道に乗ってしまった鬧影とでは、差はあるわけで。


 避けられたはずの攻撃を受けてしまうこともあるわけで。


 「鼻から血が出てるぞ」


 「暑いからな」


 「負けず嫌いは相変わらずか」


 自分の身体から出てきている血を、攻撃を受けたための血とは認めない。


 なまっているとはいえ、鬧影とて現役の頃はあったわけで、灵閤の頬を掠めることもあったのだが、なかなか良い拳は入らなかった。


 「(まったく。俺はこっち向きの人間じゃないんだけどな)」








 4人の中でもっともアンフェアな中戦っていたのは、先日腕を折られていた火鷹だった。


 隆司はまったくそのことを気にもせず、いや、知っているから尚更なのか、火鷹の腕や、バランスを崩しやすいところばかりを狙ってきていた。


 隆司の右拳を火鷹はギリギリで避けるが、左拳がすぐさま目の前まできたかと思うと、それは寸でのところで止まり、足で火鷹の顎を蹴りあげる。


 火鷹の脳が揺れたところで、隆司はさらに追い打ちをかけるようにして、上を向いている火鷹の顔面に拳を移動させ、頭から地面に倒れさせる。


 片腕でした受け身の取れなかった火鷹は、思ったよりも強いダメージを受けてしまう。


 「い・・・・ってぇ」


 「お前たちは本当なら殺さない心算だったが、気が変わった。俺達に負けた順から、あの処刑台に行ってもらう」


 「くそったれ!だいたい、この前会った時から思ってたけど、お前なんか俺のことやけに目の敵にしてねぇ!?」


 「・・・・・・」


 すう、と目を細めた隆司は、火鷹に何か言いたそうにしている。


 ゆっくりと立ち上がった火鷹に対して冷たい視線を送り続けている隆司。


まだ治っていない腕を摩っている火鷹は、険しい顔のまま火鷹のことを睨んでいるというか、目つきの悪いというか、とにかく火鷹のことを見ている隆司に言う。


 「俺なんかした?」


 火鷹のその言葉に、隆司は瞳孔を開く。


 わなわなと拳が小刻みに震えたかと思うと、腰にぶら下げていた銃を火鷹に向ける。


 「覚えていないのか」


 「え?いや、お前のことは覚えてるけど。確か、公安にいたよな?そのときに会った気がする。でも俺お前になんかした?」


 「・・・・・・」


 「怖い怖い怖い怖い怖い」


 鼇頭はもともとは公安のような仕事をしていたが、警察の組織としての公安は別に存在していた。


 鼇頭は、公安のような秘密警察のような警察内監察官のような仕事、要するに”公安“と名付けられた部署よりも幅広く仕事内容があり、また、有能な人材が集められていた。


 一方で、名ばかりの公安は、公安としての仕事は勿論行われるのだが、鼇頭が出てきたときは大人しく身を引いていた。


 隆司はそのことにずっと納得がいっておらず、その公安時代に一度だけ、火鷹に会ったことがあった。


 どうして一度会っただけの男のことを覚えているかというと、有能だと思っていた自分が、こんなアホみたいな顔をした男に、指摘されたからだ。


 なんとも屈辱的なことだった。


 「・・・まあいい」


 「まあいいならそんな怖い顔しないでほしかった」


 「まずはお前だ」


 そう言うと、隆司は引き金を引いた。


 銃弾は火鷹の太ももを掠め、よろめいた火鷹はもう片方の足でなんとか踏ん張ろうとしたのだが、隆司がその足を蹴り飛ばしたため、火鷹はそのまま崩れる。


 倒れた火鷹を上から見下ろした隆司は、折れている腕を踏みつけると、火鷹の叫び声が響く。


 さらに、先程自分で撃った火鷹の足の傷を蹴ると、そのままごろごろと火鷹と仰向きにさせる。


 隆司に踏みつけられた腕を掴んでいる火鷹の顔は酷く歪んでおり、それを見て隆司は微かに笑った。


 それから、抵抗しない火鷹に数回殴り蹴りを繰り返し、最後には首根っこを掴みあげて中央の処刑台へと引きずって行く。


 処刑台に着くと、ギロチン、とはいっても身体を固定するためだけのもので、それに火鷹をはめこむ。


 火鷹の身体が動かないことを確認すると、隆司は自分の腰から刀を取りだす。


 それを火鷹の首にあてがうと、モニターを確認する。


 巨大なモニターには、身動きの出来ない火鷹と、その火鷹の首に刃を当てている自分の姿がしっかりと映っている。


 視線をモニターから再び火鷹に向けると、隆司は呟く。


 「お前に負けたあの日の屈辱、今日晴らすぞ」


 波幸たちも火鷹のピンチに気付いてはいるものの、助けにいく余裕などなかった。


 「火鷹・・・!!」


 眞戸部も鬧影も同様で、隆司がうすら笑いながら火鷹の首めがけて刃を下ろす。












 ―バサッ





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