将
maria159357
第1話 【公明正大】
将
第一将【公明正大】
登場人物
波幸
火鷹
鬧影
斎御司
眞戸部
第一章【公明正大】
その男のことを語るには、冬夏青青、剛毅木訥、といった言葉がまず真っ先に浮かび上がることだろう。
男は非常に有能であり、それ故に煙たがられることも恨まれることも妬まれることも、数え切れないほどあった。
それでも、男は決して、逃げることも怖気づくこともなく、かといって、相手を責め立てることも足蹴にすることもなかった。
ただ、前だけを見ていた。
その背中を追いかけることで、自分もあの男のようになれるのではないかと思っていた。信じていた。
「本当に知らないんですか?」
「何度言ったらわかるんだ。私達も行方を探しているんだ」
「以前のように、こちらには何も言わず、連絡を取り合っているのではないですか」
「何度も言わせるな」
「しかし」
「波幸、その辺にしてあげて。斎御司さんも、今回ばかりは本当に知らないみたいなんだ」
斎御司の隣にいた眞戸部に止められ、波幸は、自分が今にも目の前の男に飛びかかりそうなほど血走った目つきになっていることに気付き、深呼吸をしてからお辞儀をして部屋を出て行く。
波幸の上司である将烈は、警察の組織でありつつ、独立した組織である“鼇頭”の責任者である。
いつもであれば、波幸が出勤する頃にはすでに椅子に座って仕事をしている将烈は、決して仕事が好きなわけではない。
常に効率的に仕事をこなしている将烈は、基本的には残業などしたくないと定時で、いや、下手をしたら定時よりも早く帰ろうとしているときさえある。
どれほど効率よく仕事をこなそうとも、量が量なだけに時間がかかってしまうこともあるのだ。
まあそれはいいとして、その将烈がいつになっても仕事場に来ないため、同僚の火鷹にも聞いてみたら、やはり朝から姿を見ていないという。
波幸は将烈に連絡を幾度となくとっているがつかず、将烈が唯一信頼していると過言ではない斎御司という男のもとに行った。
鼇頭の設立にも関わっている男で、将烈を推薦したと聞いたこともある。
そこで斎御司にコンタクトを取ったところ斎御司も連絡を取りたいようなのだが取れていないという。
さらには、部下の眞戸部に頼んで将烈の住んでいる部屋に様子を見に行かせたところ、ドアは鍵が開いており、部屋は荒らされていたというのだ。
何があったのかもわからないまま、波幸たちのもとに別の男が現れる。
「初めまして。今日から鼇頭を取り仕切ることになりました、覡です」
波幸と火鷹の前には、5人の男たち。
覡と名乗った男は、青い髪に茶色の目、左目の下にホクロがあり、歳はそう・・・波幸と同じくらいだろうか、それよりも少し若いかもしれない。
その後ろから、将烈と同じか、少し上くらいの歳に見える人物が出てくる。
「波幸くんと火鷹くんだね。これからは僕たちの部下として働いてもらうことになったから、よろしくね。ああ、僕は邑人。仲良くしてね」
黄土色の長い髪を後ろで1つに縛り、紫の目に白い肌、まるで女性のようにも見えるその男は、以前どこかで見たことがある気がする。
それから、白い髪に茶色の目の、いかにも、元気です!みたいな顔の男は、杠と名乗った。
それから、背の高く威圧感のある男は、黒くおでこの見える短髪に茶色の目をしており、隆司と言っていた。
最後に、黒髪に青い目をした灵閤。
「何言ってんだよ!?将さんがここの責任者だろ!?お前らの下になんか就くかよ!」
火鷹が納得いかずに食いつくと、邑人が口角をあげたまま鼻で笑ってこう言った。
「もうすでに決まったことだよ。君たちに拒否権はない。それに、君たちがここを抜けたら、将烈が戻ってきたときどう思うのかな?」
ぐぬぬ、と黙ってしまった火鷹に対し、波幸はじっと覡たちを見つめる。
他の元将烈の部下たちは、納得いかない者が当然多かったのだが、それでも、辞めるわけにはいかないと残った者がほとんどだった。
「将烈は蒸発したんだよ。この仕事から逃げ出したんだ」
それからというもの、波幸と火鷹の扱いは酷いものだった。
雑用などは別に良いのだが、これまでのような仕事という仕事はまったくさせてもらえない日々が続く。
鼇頭という独立した組織において、指揮官や責任者が最大の権力を持つ。
要するに、他の権力者にはどうすることも出来ない、権力さえも独立しているのだ。
これまでにも将烈の仕事の手伝いをしていた炉冀や榮志、櫺太をはじめ、鬧影、きつね班、たぬき班はもちろんのこと、警察内部では圧倒的権力を持つ斎御司であっても、介入することが出来なかった。
心配した斎御司が、眞戸部に一時だけでも鼇頭に行かせようと推薦をしたのだが、それよりも先に邑人が動き、将烈のことを気に喰わないと思っていた連中が、覡を鼇頭にと決められてしまった。
波幸と火鷹に関しては、常に監視、盗聴された状態となり、首輪をつけられた犬のようだ。
「波幸、どうすんだよ!」
「五月蠅い、盗聴されるんだから静かにしろ」
「そうだった!まじ恥ずかしい!赤裸々すぎじゃね?俺のプライベート知ってどうしたいわけ?」
「そこじゃないだろ」
わざわざ盗聴などをしていると言ってきたということは、連絡は取れないぞ、と人質宣言をされたのだろう。
波幸としてもなんとも歯痒いが、どうにもできず、また、鼇頭の外にいる者たちにも何も伝えることが出来ない。
「斎御司さん。どうするんです?向こうの情報、全く来ないんですけど」
「・・・・・・」
「はあああ・・・あの邑人って、ずっとサイバー課一筋だった奴ですよね?あいつに何かされたんですよ、きっと」
「あの馬鹿が戻れば解決するんだがな」
「戻ってきてくれないと困りますよ。ただでさえ、将烈さんと連絡を取ってた俺達も、碧羽に紫崎、柑野、相裏に崎守たち警察組織の人間は仕方ないとしても、炉冀たちまで接触できないとなると、本当、お手上げって感じです」
「ハッキングがすごい奴がいるって言ってなかったか」
「ああ、健と稚夜ですか。頼んでますよ。将烈さんと連絡とれない、鼇頭内部の情報もないって。でも、こっちからの電波自体を遮断されているみたいなんですよね。そうなるともう、腕が良くても・・・」
斎御司は頬杖をついたまま目を瞑ると、眞戸部に何か伝える。
「わっかりましたー」
眞戸部が部屋から出て行くと、斎御司はふう、とため息を吐く。
それからすぐにどこかからが電話が鳴り、斎御司はその相手を確認すると、電話に出ること無く放置した。
「生きてるんだろうな、将烈」
「今月これでもう14人目?まったくもう、罪人は罪人らしく苦しんで死ねばいいんだよ」
その頃鼇頭では、独自に調べ上げて捕まえた犯人たちに対し、凄まじい拷問や公開処刑を繰り返していた。
取り調べや裏取りなどといったことは一切せず、捕まってしまった人たちの中には、冤罪だと訴えていた者もいたそうだが、その声は空しくも消えていく。
杠は至極楽しそうに罪がまだ確定していない者たちに拷問を続ける。
血を流し泣き叫ぶ者たちを見て、杠は隣で椅子に座り、うとうとしている隆司に声をかける。
「隆司も一緒にやろうよー。特殊部隊から移動してきて、全然身体も動かせてないんだから」
「1人でやってりゃいいだろ」
「えー、そんなこと言わないでさ。火鷹だと思って殴りゃあいいじゃん?」
“火鷹”のワードに僅かに反応を示した隆司は、ゆっくり椅子から立ちあげると、まるでストレス発散のように目の前にいる男を殴りだした。
全く抵抗出来ないように拘束しているにも関わらず、隆司は相手の胸倉を掴みあげ、その鍛え上げられた腕で力いっぱい殴る。
すでに杠に殴られてボロボロの男の顔は、さらに原型を崩されていく。
そんな杠と隆司を横目に見て、頬杖をつき微笑んでいる邑人は、優雅に紅茶を飲んでいる。
邑人の前では、覡が無表情で座っている。
何処を見ているのかもわからない覡を見ていた邑人だったが、灵閤が部屋に入ってきたことで、視線をそちらに送る。
「おかえり。どうだった?」
灵閤が椅子に座ると、邑人が紅茶を注ぐ。
それを口に含んでから、こう言った。
「あいつらは大人しくしてるよ。まあ、連絡も取れないようにお前が細工したなら大丈夫だろ」
首輪をつけた状態の波幸たちのことを言っているのだろうか、灵閤は淡々と話す。
口角をあげたまま灵閤の話を聞いていた邑人は、紅茶の香りを楽しんでいると、そっとカップを置いた。
「それでもなんとかしてきたのがあいつらでしょ。ずっと大人しくしてるような奴らでもないし」
邑人と灵閤の会話を聞いているのかいないのか、覡は未だに何処を見ているのか分からない目線を送っている。
「さて、明日はまた公開処刑だ。楽しみだなぁ」
ルンルンとスキップをしながら部屋に来た杠は、棚にあるクッキー缶に手を伸ばすと、缶を抱えたまま食べ始める。
「邑人さぁ、何か狙ってるでしょ」
「ん?何が?」
缶を抱えたままの杠は、邑人の後ろに立つと、邑人の耳元に顔を近づけるようにしてこう言った。
「俺達を使って公開処刑までして。秘密裏に活動するための鼇頭なのに、公に人前で行動するからには理由があるんでしょ?」
耳元でボリボリとクッキーを砕く音が聞こえてくるが、邑人はそれでも表情をピクリとも動かさずに紅茶に口をつける。
小さく笑っただけですぐに返答しなかった邑人から離れた杠だったが、瞬間、部屋の空気が重くなった気がして再び邑人を見る。
薄らと笑みを浮かべてはいるものの、いつもの笑みとはまた違った邑人のそれに、杠は小さく汗をかきながら笑う。
「生温いんだよ、あいつらは」
そう言って、また紅茶を飲む。
翌日、公開処刑をするべく、杠たちは部下たちに準備をさせていた。
鼇頭の建物から橋をかけ、そこに小さな塔のようなものを作った。
そこの中央にはギロチンらしきものがあるが、刃がついていないところを見ると、拘束器具と考えていいだろう。
罪人の男が、正確には捕えられた男が拘束されると、隆司が現れて男の首に刀をあてると、一度上に振りあげる。
ちなみに、いつの間にか巨大なモニターもついており、その様子がありありと映し出されている。
男の首が斬られる前、叫び声が聞こえた。
「いい加減にしろよ!!!」
隆司たちが声のする方に目を向けると、そこには火鷹が立っていた。
隆司はすう、と目を細めたかと思うと、火鷹の声など聞こえていなかったかのように、男の方に顔を戻す。
思い切り隆司の方に向かって走りだした火鷹は、自分に背中を向けている隆司に向かって殴りかかる。
その拳をひょいっと避けた隆司は、前のめりになり身を屈めてしまった火鷹の首根っこを掴むと、膝で火鷹の腹を思い切り蹴りあげる。
それを数回行ったあと、火鷹の顔面を殴りつけ、地面にたたきつける。
顔から地面に倒れてしまった火鷹が頭をあげようとしたのだが、隆司が火鷹の頭を足で押さえつけていたため、視線だけを向ける。
「おい、上司に向かって殴りかかるとはどういう了見だ」
「うるせぇ!!だいたい、俺はお前等を上司だなんて認めたわけじゃねえ!!将さんはこんなことしねぇ!!」
「将さん?・・・ああ、仕事放り投げてとんずらした男のことか。上司が上司なら部下も部下だな」
「なんだと!!!!?」
火鷹はなんとか全身に力を入れて立ち上がろうとするのだが、隆司が背中にも乗ってきたため、動くことが出来なかった。
頭の上で、隆司が大きなため息を吐いたのが分かる。
「興ざめだ。杠、こいつ牢屋に入れておけ」
「俺が入れるの?自分で入れればいいのにねぇ」
文句を言いながらも、隆司と火鷹のことを傍観者として見ていた杠が、火鷹の腕を拘束した。
拘束したのを確認すると、隆司は火鷹の上から足をどかし、未だ地面に押さえつけられている火鷹のことを見下ろす。
「さ、行くよー」
杠の気の抜けた声によって身体が起き上がった火鷹は、拘束されたまま隆司に向かって行こうとするが、杠が拘束している鎖をぐいっと引っ張ったため、そのままずるずると引きずられていった。
残された男をそのまま放置し、隆司は建物内へと戻って行く。
「元気な子だ」
部屋に戻ると、モニターで全て見ていた邑人がそう言った。
隆司は何も答えず椅子に座ると、足と腕をそれぞれ組む。
邑人の淹れた紅茶を飲んでいた覡を横目に見ていた灵閤が、紅茶のおかわりで席を立った邑人に話しかける。
「邑人、こっちの情報は洩れないようにしてあるんだろうな」
灵閤の問いかけに対し、邑人は鼻で小さく笑った。
「もちろん。外からの電波を完全に遮断。隔離してある」
「向こうの情報は?」
「それは得られるようにしてあるから安心して。例えどんなに有能なハッカーであっても、こちらの情報は盗めない」
「その頭脳、別のところで使えばよかったのにね」
「おかえり」
火鷹を牢屋に入れてきた杠が戻ってくると、椅子に座って両肘をテーブルに乗せ、両側の頬杖をつく。
にこっと大きく笑ったかと思うと、杠はこんなことを言う。
「ねえ、面白いこと考えたんだけど」
「なにかな?」
新しい紅茶を飲みながら邑人が聞くと、杠は歯を見せて笑う。
「波幸たちも悪いことをしたら同じように公開嬲りしちゃおうよ」
どうせこのまま永遠に一緒に仕事をするなんて無理なんだし、と続けた杠に対し、他の者は否定も肯定もしなかった。
誰も何も言わないため、杠が隆司の方を向いて同じことを提案する。
ニコニコとしたままの杠に、隆司は少し面倒臭そうな顔をしたものの、それからすぐ、ニッと弧を描いた。
それが肯定だと受け取った杠は、嬉しそうにケタケタ笑う。
「楽しみだね!首輪のついた犬だ!おしおきはしないとね」
それからしばらくして、火鷹が覡に辞表を出した。
ここで将烈の帰りを待とうと思っていたのだが、覡たちのやり方はあまりにも目に余るもので、火鷹はこんなところではもう仕事をしたくないし、覡たちの顔を見たくないと思っていた。
しかし、辞めさせてもらうことも出来なかった。
あっさりと辞表など破られてしまい、それから、こう言われた。
「お前らは一生、俺達の飼い犬なんだよ」
火鷹にしては珍しくとぼとぼと歩いていると、声をかけられた。
聞いたことがあるような気がして振り返ってみると、そこには見知った顔があり、顔をくいっと動かしてどこかの部屋を示した。
鼇頭の建物は至る所に監視カメラがある。
それは覡たちが来てから付けられたもので、男はそのことを知っているのか、カメラがついていないトイレへと火鷹を誘導する。
しかし、火鷹は盗聴もされているため、それを伝えようとすると、紙を渡された。
『波幸から聞いてる。声は出さすな』
次々とメモを渡されてから、とある資料を差し出された。
そこにもメモが貼っており、火鷹はそこに書かれている文字に反応する。
『姿を消す少し前、将烈が調べていた事件だ』
「あ・・・」
火鷹は何かを聞こうとしたのだが、男は手を挙げてそのまま去っていてしまった。
「(確か、鬧影・・・だっけ)」
将烈の同期ということで覚えてはいたが、はっきりいってあまり接したことがない相手だった。
火鷹は個室に入って渡された資料を読んでいると、その資料にくっついている写真に何か気付く。
「(これって)」
―今から10年ほど前の事件。
ある1人の男が、少年に突き飛ばされて死亡した。
詳細は分からないが、言い争いをしていて、誤って突き飛ばし、運悪く頭を打ってしまったということだろう。
少年法などというものがなく、少年は特に否定も肯定もすることなく、そのまま刑務所に入ることとなった。
刑期を終えた少年は、そのまま姿を消してしまった。―
「・・・どう見てもあいつだよなぁ」
写真をずーっと見ていた火鷹は、その少年の顔と似ている男のことを思い出す。
「(将さんがこれを調べてたってことは、何か裏でもあるのか?将さんはそれを知ったから身を隠してる?)」
うーんうーん、と幾ら考えても答えなど出ず、火鷹はご飯を食べた。
火鷹は、その足りない頭で沢山考えた。
これを調べていて将烈が狙われたということは、ただの事故ではないのかもしれない。
またしばらく考えていた火鷹だが、どうにもこうにも、自分が考えたところでにっちもさっちもいかないと判断し、覡のもとへと向かって行く。
当然のように、覡の前には邑人たちがいて、火鷹が覡と2人で話がしたいと言ったところで聞いてもらえるはずなどなかった。
「頼む!どうしても聞きたい事があるんだ!少しだけでいい!」
「わからない奴だな。覡と2人で会わせるわけにはいかないと何度言えばわかるんだ」
「だから!頼むって言ってるだろ!!」
「・・・仕方ないか」
灵閤が火鷹を制止していたのだが、火鷹が一向に帰ろうとしないため、火鷹に近づいて行く。
そして、腕を折った。
「・・・・・!!!??っっっつ!?」
突然おとずれた激痛に、火鷹は顔を歪める。
折られた方の腕をもう片方の無事な腕で掴んでみても、戻るはずなどない。
「いい加減、わかれよ」
「何を分かれってんだよ!?」
「ガキみたいなことを言うな。俺達のやり方に順応しろと言っているだけだ。どうしてそんな簡単なことが出来ない?」
「自分の納得いかねぇことに、なんで従わなくちゃいけねぇんだよ!!!」
「五月蠅いから嬲っちゃおうよ」
斜め右のほうから、杠の明るい声が聞こえてきた。
それに同意するかのように、灵閤は火鷹の折れていない方の腕を掴むと、そのまま、廊下で繋がっている処刑台のような場所へと連れて行こうとする。
火鷹は必死に抵抗を試みるも、折れた腕では思う様に力を出すことは出来ない。
なんとか足で踏ん張って時間稼ぎをしているが、数人で押されては無駄だった。
「そこまでにしていただけませんか」
「波幸・・・!」
後ろから聞こえてきたのは、今まで嫌というほど聞いてきた波幸の声だった。
嫌な予感でもしたのだろうか、それとも、火鷹のように何か言いに来たのかはわからない。
波幸の方に邑人が近づいて行くと、波幸は頭を下げてもう一度頼んだ。
「今日のところは勘弁してやってください。お願いします」
「・・・・・・」
腕組みをして波幸のつむじを見ていた邑人は、いつもの穏やかな笑みではなく、何かを企んでいるような笑みを浮かべる。
そして、自分に頭を下げている波幸に向かってこう言った。
「土下座したら、今日は許してあげましょう」
「はあ!?お前何言ってんだよ!?」
「お前は黙ってろ」
波幸に浴びせられた言葉に火鷹は身体をよじるも、隆司に止められる。
火鷹は再び抗議をしようと口を開いたときにはすでに、波幸は頭を地面につけていた。
「お願いします」
「・・・ふっ、ふふふふ・・・・ははははははは!!!!プライドの何も無いんだな!だからお前ら、生温くてダメなんだ」
ガッ、と波幸の頭に足を乗せると、波幸の頭を更に地面に押さえつけるようにぐりぐりと強く踏みつける。
「まあ、面白いものが見れたから、お前も牢屋に入れることで勘弁してあげよう」
「おい!!約束が違うじゃえねか!!」
火鷹が叫ぶと、隆司に腹を蹴られる。
「野犬、牙を向くのは結構だが、そいつの土下座を無駄にするなよ」
「・・・!!」
邑人は波幸の頭から足をどかすと、腕を掴んで立たせる。
そして杠に渡して、2人を牢屋に連れていくように指示を出そうとした。
「あ、待った」
「?」
「ちょっとだけこいつと2人で話がしたいんだ。先に火鷹を牢屋に入れておいて」
そう言って、邑人は波幸を連れて自室へと向かって行った。
紅茶の缶がきれいに並んだその部屋に、波幸は腕を拘束された状態で座らされていた。
自分の分だけ紅茶を注ぐと、邑人はふかふかな椅子に腰を下ろし、まるで見せつけるかのようにして足を組む。
一口軽く含んでから、もう一口、長めにカップに口をつけると、カップをテーブルにそっと置く。
邑人の紫に光る瞳が、波幸を捕える。
「僕はね、将烈という男が好きじゃないんだ」
「・・・・・・」
「別に恨みがあるわけじゃない。ただ、今君が僕に抱いている嫌悪感、それが同じようにあの男に向いていただけだ」
すうっと、目の奥から笑みが消えたかと思うと、その視線は真っ直ぐに波幸に向けられた。
「そして、お前にも」
「俺?」
一体何のことだろうと思った波幸だが、それを聞く前に、また邑人が口を開く。
「人間は出会った相手によって変わっていく。そして、運命は生まれたときから決まっている」
邑人が何を言いたいのかがわからない波幸は、ただ黙って聞いていた。
残っている紅茶を口に運ぶと、邑人は足を組み直し、両手の指を絡めるようにして足に軽く乗せる。
「誰だって、自分が可愛いもんだ。結局は他人より自分を選ぶ。自分にとって最善の策を選ぶ。あの男だってそうだ。人の1人や2人くらい、殺したことあるだろうさ」
「将烈さんはそんな人じゃない・・・!!」
「信じるのは勝手だけど。あの男の何を知ってる?全部知ってる?秘密のひとつやふたつ、あるはすだ」
ぐっ、と波幸は言葉を飲み込む。
邑人はその波幸の反応に、勝ち誇ったような笑みを見せると、絡めていた指を解き、頬杖をつく。
「僕のこと、覚えてる?」
「え?」
突如聞かれた質問に、波幸は間の抜けた声を出してしまう。
邑人をじっと見ていると、邑人は呆れたように笑いながら立ち上がり、残っている紅茶を一気に飲み干す。
「覚えてるわけないか。まあ、覚えていようといまいと、どっちでもいいんだ」
それから、邑人の一方的な話が続き、やっとのことで解放された波幸は、そのまま牢屋へと連れて行かれた。
冷たくて硬い床に、温もりを求めた。
「将烈さん、何処に居るんですか」
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