第2話 有刺鉄線

孤灯

有刺鉄線



 理性には心情の気持ちが分からない。


        ヴォーヴナルグ






































 第二背【有刺鉄線】




























 ぬらりひょんは、珍しく息を切らせていた。


 フランケンと竜によって動きを制限されたぬらりひょんを、大嶽丸が捕えようとする。


 このままではこの辺り一帯の森が破壊されてしまうかもしれないが、だからといって攻撃を喰らうことも出来ない。


 「いつまで逃げ回っている心算だ?それでも総大将か、情けない」


 拘束されてしまうと、大嶽丸はぬらりひょんに近づいてきて、その顔の近くの空気を操って酸素を奪い取る。


 呼吸が出来ない苦しさの中、ぬらりひょんは自分を拘束しているフランケンと竜に衝撃波を浴びせ、なんとかそこから抜けだした。


 「はあっ・・・はあっ・・・。ワシも体力が無くなったもんじゃ」


 そんな独りごとを聞いている人などいるはずもなく、逃げ出されてしまったフランケンたちはすぐにまたぬらりひょんを捕まえようと躍起になる。


 「そんなに良いもんかのう・・・総大将というのは。ワシにはわからん」


 先代からこの名を受け継ぎ、それまでは目を背けられたことでさえ背けてはいけなくなり、全ての者の上に立つという大変さを知った。


 気楽に生きていたあの頃であれば、気に入らないことは受け入れず、自分の好きなことだけをして生きていられた。


 だが、そうはいかなくなってしまった。


 断れば良かったのかもしれないが、それも出来なかった。


 「理想と現実は大概異なるもんじゃ。だというのに、理想論ばかりを持って上に立ちたいと言われてものう・・・」


 大嶽丸たちの攻撃を避けながらブツブツと文句を言っていると、先程フランケンに殴られた箇所の痛みが戻ってくる。


 森の大半が破壊されてしまっている今、空から追跡している竜から逃れる手は無い。


 それに、こうしてぬらりひょんを追いながらも、森を破壊してしまっているため、いつ野原となってしまうか分からない。


 ぬらりひょんは動きながらも、酒呑童子の方をちらっと確認する。


 酒呑童子もぬらりひょんのことを見ており、顔を赤らめながらも酒を口に運ぶ手を止めることはない。


 こんな時に楽しそうに酒を飲めるなんて羨ましいとも思ったが、それどころではない。


 「あっちは無事じゃろうな」


 「余裕だな」


 「!!」


 気付くと、大嶽丸がすぐそこに来ており、枝を使ってぬらりひょんを拘束した。


 大人しく捕まっているぬらりひょんを眺めていると、やってきたフランケンがいきなりぬらりひょんを殴る。


 「待て、フランケン」


 そう声をかければ、フランケンはすぐに殴るのを止める。


 「おい」


 「・・・なんじゃ」


 「ぬらりひょんともあろう男が、こんなところで、俺達のような輩にやられるなんてな。先代のぬらりひょんも思っちゃいないだろう」


 ぬらりひょんと言えば、それなりに強い力を持っており、威厳も兼ね揃えたお方。


 先代のぬらりひょんの時代とて、こういった謀反がなかったわけではないが、今のぬらりひょんになってからというもの、確かに、反乱を起こそうとする者や人間を襲いに行こうとする者が増えた気がする。


 「なんでかと疑問ではあったが、納得した。お前のような腰ぬけが総大将とあっては、確かに皆不安だ」


 「・・・・・・」


 「先代はなぜお前のような奴を後継人として選んだのか、甚だ疑問だ」


 それは、ぬらりひょんも同じだ。


 誰かに、周りの皆に賛成されて受け継いだわけではない。


 どうして自分がなってしまったのか、それはなった本人も同じ気持ちであって、先代のぬらりひょんの考えは何も分からない。


 「その明確な理由が聞きたいのなら、先代に聞くことじゃな」


 「は?」


 「ワシとて、未だによう分からん。酒呑童子は、ぬらりひょんの名を受け継ぎたかったのか?」


 「・・・ああ、そうだ。酒呑童子様はずっと憧れていたんだ。自らがこの国を代表する妖怪だとしても、その名に憧れた。だからこそ、幾度となく先代に会いにいき、交渉もした。だが、先代は酒呑童子様ではなく、なぜか浮浪者のお前を選んだ」


 「その文句ならば、ワシに言われてものう。先代に言ってもらわねばどうにもなるまい」


 「お前はその器ではない。さっさと明け渡せ」


 「・・・あまり言いたくはないんじゃが」


 「なんだ」


 深刻そうな顔をしたぬらりひょんに、大嶽丸もつられて真面目な顔になる、とはいえ、大嶽丸はそもそも目つきが悪いため元から真面目そうな顔はしているが。


 「選ばれなかったということは、主らの方が器ではなかったんじゃろ?」


 「・・・・・・」


 「そういうことじゃろ?さっきから話しを聞いておって、何やらおかしいと思っておったんじゃ。後継人として選ばれたなかったことに対してワシに恨みを持っているようじゃが、先代とて一応ぬらりひょんじゃ。それなりに人は見るじゃろう。ワシが選ばれた理由はさておき、選ばれなかったということは、少なくともワシより器が小さいと判断されたから後継人じゃないんじゃろ?」


 「・・・・・・」


 なんとも真面目な顔で言い切ったぬらりひょんに対し、大嶽丸は思わずキョトンとしてしまう。


 その後数秒間の沈黙の後、大嶽丸がいきなり攻撃をしてきた。


 ぬらりひょんを拘束しているその箇所にだけ、重苦しい空気が襲った。


 「・・・!!」


 「生意気な口もきけなくなったか。もっと重力を強くすれば、呼吸もままならないだろうな」


 身体が縛られているというのに、地面へと吸い込まれるように身体が重く、それでいて身体が千切れるように痛い。


 フランケンが攻撃しに行こうとしたため、フランケンとはいえ、中に入らない方が身のためだと伝える。


 「このまましばらく苦しめよう。その間に俺達は・・・」


 「ワシはのう・・・」


 「・・・!?」


 息をするだけで苦しいはずなのに、ぬらりひょんは大嶽丸たちに話しかけてきた。


 腰にさげていたぬらりひょんの酒瓶は地面に落ちて中身は零れてしまっており、それを少しだけ名残惜しそうに見つめる。


 こんなことなら最後まで呑んでおけばよかったと、こんなときに思考が動くだけまだマシだろう。


 「主の言うとおり、情けない男じゃ・・・っ。先代から頼まれたことのまだ半分も出来ておらぬ。っそ、それに・・・座敷わらしのことも、まだ上手くあやせぬ。はあっ・・・」


 「情けないと分かっているなら、さっさとその椅子を開けるんだな」


 「そうしたいのは山々なんじゃが・・・っ、それは出来ぬ相談じゃ」


 「・・・お前、一体何を言ってるんだ?結局そこからどく心算はないということだな?ならば、さっさと息の根止めてやろう」


 「・・・っ」


 そう言うと、大嶽丸は重力を強めながら竜を呼び寄せる。


 そしてぬらりひょんの近くまで寄せると、そこから毒をスライム状態で出させ、ぬらりひょんの身体全体に沁み渡るようにする。


 毒によって、ぬらりひょんの身体を拘束していた枝はすでに折れたうえ枯れてしまった。


 そのままぬらりひょんも地面へと倒れて行き、毒が皮膚から体内に入ったのか、動かなくなった。


 それを少し離れた場所からただじっと見ていた酒呑童子は、また酒を飲む。








 「ちっ・・・」


 その頃シャルルも、思うように動かない自分の身体にいらついていた。


 手足に動くように指示を出したとしても、その伝達が脳から末端に届いていないのか、それとも動く気がないのか。


 とにかく、もどかしいほどの動かなさは、シャルルにはどうすることも出来なかった。


 「大人しくなったわね。やっぱり良い男。そうやって黙っていればね」


 「霧子、油断はしねぇこった。こいつは腐ってもあのヴァンパイアの血を受け継いでる。それどころか、進化した血を持ってる野郎なんだからよ」


 「さっさと終わらせちゃいましょう。そうすれば早く帰っていっぱい寝られますー」


 「トリグラフ、準備して」


 「はーい」


 霧子に言われ、トリグラフは両手を前に出してじっとそこに立っていると、どこからやってきたのかは分からないが、顔のサイズほどの水の塊があちこちから現れる。


 それが徐々に集まってきて大きな水、というよりも池や湖と表現したほうが正確かもしれないが、それのような形となる。


 フラフラになりながらもシャルルがなんとか立ち上がろうとしていると、それに気付いたミノタウロスが近づいていき、シャルルを金棒で打つ。


 軽く飛んだシャルルの身体が向かう先には、トリグラフが用意したそれがあり、そこに見事に突っ込んだ。


 水の中に入っても身体はなかなか言う事をきかなかったが、シャルルは爪を長くしてとにかく動いた。


 すると切れ目が出来て、トリグラフが「あ」と言うが早いか、そこからシャルルは脱出することが出来た。


 だがすぐさま霧子がやってきて、シャルルの首元に指を絡める。


 「逃げちゃダメじゃない。もっともっと楽しいことしましょ?」


 「離れろ」


 「いじわるね。私のことお嫌いかしら?今まで男相手に負けたことないの、私。なぜだか分かる?」


 霧子は絡めた指を這わせながらシャルルの頬に触れる。


 クラクラしたままの身体で、シャルルは地面の感覚を掴むと、自分に絡みついてくる霧子に爪を引っ掛ける。


 「きゃっ!!!」


 浮上してその場から離れようとするも、先にジャンプしていたミノタウロスによって、再び地面に叩きつけられてしまった。


 「押さえつけとけよ」


 「はーい」


 ミノタウロスに言われて、トリグラフは土をシャルルの身体にまきつけて動けないようにする。


 ただでさえまともに動けないため、こんな拘束はあまり意味を成さないように思えるが、それでもシャルルは動こうとするためだろう。


 顔に傷がついてしまった霧子は、自分の頬についた切り傷に触れると、わなわなと怒りを露わにする。


 「よくも・・・この美しい顔に・・・!!」


 「おい、落ち着けよ霧・・・」


 先程までの笑みはどこへ消えたのか、豹変してしまった霧子を見たミノタウロスが止めに入ろうとするが、遅かった。


 霧子はシャルルに近づくと、抵抗など出来ないだろう相手に対して、何度も何度も顔を蹴飛ばした。


 しばらくして少しは落ち着いのか、霧子は荒げた息を整えながらシャルルに顔を近づける。


 「随分な真似してくれたわね。この綺麗な顔に傷をつけるなんて。もっと痛めつけてやりたいところだけど、これ以上醜い顔を晒すわけにもいかないわ」


 「・・・情けないな」


 シャルルから聞こえてきたそんな言葉に、霧子は少し驚いたような顔を見せるが、すぐに歓喜する。


 「なに?今更どうしたっていうの?ようやく自分の身の丈に気付いたのかしら?」


 霧子はシャルルの髪の毛を掴むと無理矢理上を向かせる。


 そこにある赤い目に吸い込まれそうになりながらも、霧子は恍惚の表情を浮かべて舌舐めずりをする。


 「助けてほしいの?それとも、このまま殺してほしい?好きな方を選ばせてあげるわよ?だって、あなたのこととっても気に入ったから」


 「そうか。なら・・・」


 どんな言葉が出てくるのかと、霧子は心待ちにしていた。


 しかし、シャルルの口から発せられたのは、霧子が思っていたものとは違った。


 「その薄汚い面をどかせろ」


 「なんですって・・・?」


 ぴき、と霧子の顔に青筋が出来たような気がするが、それは間違いではないだろう。


 シャルルの髪を掴んだままの霧子は、ぐ、と更に強くそこを掴むが、シャルルは続ける。


 「分厚い面の皮かぶって、俺の前に現れて自らを美しいだの綺麗だのと表現するのはどうかと思うな。そもそも貴様は、貴様自身が思っているほど美ではない」


 「なっ・・・!!」


 「周りからちやほやされて生きて来たのかもしれんが、俺の前では無意味だ。そういう女に限って碌な働きはせん。他人を蹴落とし、自分を優位に立たせることしか考えずに生きて来たのだろうな。顔にその醜さが滲み出ている。そんなことにも気付かないのか?貴様は余程の阿呆だな」


 「・・・!!!愚弄するんじゃないわよ!!落ちこぼれの血吸い一族が!!」


 そう叫びながら、霧子は掴んでいたシャルルの髪の毛をそのまま地面に向けて押し付けると、シャルルの髪に唾を吐いた。


 ゆら、と足元をふらつかせると、霧子は自分の顔を両手で触りながら確かめる。


 「私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい私は美しい・・・・・・」


 「怖いですう。どうしましょう。壊れてしまいますよ」


 「壊れてんだろ。大丈夫だ。すぐ戻るよ」


 ミノタウロスの言った通り、霧子はそれから3分ほどで元の状態に戻った。


 戻るとすぐにミノタウロスとトリグラフの方へと歩み寄ってきて、これでもかというほど顔を近づけて聞いてくる。


 「私綺麗よね」


 「え」


 「私綺麗よね?美人よね?誰よりも美しいわよね?」


 「お、おお・・・」


 「とってもお美しいですう。あなたほどの綺麗な人をあたしは見たことがありませんよ」


 その褒め言葉だけでは足りなかったのか、半ば強制される形で霧子を褒め続けていると、ようやく満足したらしい。


 強要された言葉を言っただけで喜ぶなんて、単純というかなんというか・・・。


 そんなこんなをしている時、シャルルはダンタリオンを睨みつけていた。


 「ちょっと」


 それに気付いた霧子は、シャルルの頭を踏みつけて、ダンタリオンを見えないようにする。


 「やっぱり嫌いだわ。こんなに侮辱されたのは初めての経験よ。あなたは私にとって忘れられない男になったわ。喜びなさい。ああでも、これから死ぬんだから、すぐに忘れてしまうでしょうけどね」


 「・・・見ているだけか」


 「え?」


 「見ているだけかと聞いているんだ。ダンタリオンとか言ったか」


 シャルルが顔を上げたその視線の先にいる、書物を持ったまま立っている男。


 じっと見ているだけで、戦いには一切加わろうとしていないダンタリオンは、動じることもなくそこにいる。


 「相手にすることないわよ、ダンタリオン」


 「さっき俺が情けないと言ったのは、貴様のことだ。こいつらに任せるだけで、自分では何もしない。そんなに手を汚すのが嫌か。そのくせ俺の椅子に座りたいのか。本当にこの椅子が欲しいというなら、自分の手で奪ってみろ。それが出来ないなら、今すぐ俺の前から姿を消せ」


 「・・・あなた、自分の立場が分かっていないようね」


 「貴様も覚えておくんだな」


 「何を?」


 シャルルの赤い目が霧子に向けられると、思わず無意識に一歩後ずさる。


 「天に唾を吐くと、自らのもとに戻ってくるんだ」


 「・・・何のこと?」


 脳に何か衝撃があったかと思うと、目を開けているはずなのに何も見えなくなる。


 視力を奪われてしまったのかと思っていると、どうやらそういうことではないらしく、徐々に光が見え始める。


 初めはぼんやりとしていたが、しだいにはっきりとした風景が浮かぶ。


 「ここは・・・」


 しかし、そこは今までシャルルがいた場所とは違うところで、澄んだ湖が森の中にある、そんな、場所・・・。


 「幻覚、だろうな・・・」


 起き上がったシャルルは湖の方に歩いて行くと、そこに魚が泳いでいるのを見つける。


 こういう場所は、自分が知っている中では一つしか思いつかない。


 すると、シャルルの前に一人の男が現れた。


 「・・・・・・」


 その男は、見た目はとても、シャルルに似ているのだが、目つきはそれよりも穏やかにも見えるし、冷たくも見える。


 こういった現象はシャルルにとって初めてではないものの、幻覚というにはリアルにも感じてしまうのは、どういうわけだろう。


 「久しぶりだな、シャルル」


 そう言った声は柔らかく、シャルルの耳にも聞き覚えが当然ある。


 「ああ、久しぶりだな。だが、確か随分前に死んだと記憶しているのだがな」


 「小さい頃は今より可愛げがあった」


 「俺に可愛げが出て来た頃には、すでにいなかったからな、あんたは」


 「父親のことをあんた呼ばわりか。その性格は誰に似たんだろうな、シャルル」








 「ミノタウロス、今のうちよ」


 「はいはい」


 動かないままのシャルルに、ミノタウロスが金棒を振りあげ、下ろす―。



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