第3話 孤軍奮闘

孤灯

孤軍奮闘



 お前自身を知ろうとするならば、いかに他の人々が行動するかと観察せよ。


 お前が他の人々を理解しようとするならば、お前自身の心を見よ。


           シラー




































 第三背【孤軍奮闘】




























 毒に塗れて倒れてしまったぬらりひょん。


 その姿を見て、酒を飲みながら近づいてくる酒呑童子。


 すでにどのくらいの酒を飲んでいるかなどわからないが、まだまだ呑む心算のようだ。


 動かなくなってしまったぬらりひょんに近づくと、自分が呑んでいた酒を一度は口から離し、酒を持ったまま手を伸ばす。


 そしてそこに横たわっているぬらりひょんの顔の上に酒をドバドバとかけ始める。


 「これでようやく、私の時代だ」


 一つの酒瓶が空になったところで酒かけを止めると、酒呑童子は空になったそれを投げ捨てる。


 自分の酒を被ったままのぬらりひょんを眺めたまま、口角を上げる。


 「昔から気に入らなかったんじゃ、ぬらり」


 聞いているか分からない相手に、話し続ける。


 「なぜお前が選ばれたんじゃろう。代々、ぬらりという名はその血を受け継いでこそのものだったはずじゃ。それなのに、なぜか先代はお前を選んだ。血など関係なく、お前をじゃ。気に入らん・・・」


 血を受け継いだわけではなく、名を受け継いだだけのぬらりひょんに意味などない。


 それは酒呑童子も似たようなものであったが、それならば余計に、なぜ奴だったのかと思ってしまう。


 「必死にのし上がろうとしていた私ではなく、のらりくらりと生きていただけの奴が選ばれる・・・。それがどれほどの屈辱か、お前には分かるまいよ・・・」


 先代のぬらりひょんが気に入ってる奴がいるということは知っていたが、それがまさかこんな奴だとは思わなかった。


 直談判をしに行こうと考えたこともあったが、当時、周りにいた他の者たちも反対していたという話を聞いていたため、大丈夫だろうと思っていたが、それが甘かった。


 どれだけ反対されようとも、奴にぬらりひょんを受け継がせたかった当人の希望と、座敷わらしが懐いたという、ただそれだけの理由。


 「赦せん・・・。決して、赦せん!!」


 気に入らないとは子供のようにも感じるが、それが全て。


 酒呑童子はぬらりひょんから離れるように歩くと、近くにいる大嶽丸、フランケン、そして竜を通り過ぎながら手を動かす。


 「止めをさせ」


 酒呑童子に言われ、三人は動き出す。


 竜は口から火を出すと、その毒を燃やし始め、フランケンは大きな岩を持ちあげてぬらりひょんを目掛けて投げる。


 大嶽丸は、ぬらりひょんの心臓向けて、雷を落とそうと腕をあげた。


 「見納めだな。さらばぬらり」








 「こうして親子水入らずなんて、いつぶりだろうね」


 「・・・貴様が死んで以来だろうな」


 「ははは、そうか」


 シャルルと似ているのに違う。


 シャルルは父親のことをよくは知らない。


 自分と似ている、ということは知っているものの、祖父よりも先に亡くなってしまったため、祖父に育てられたようなものだった。


 なぜ父親が死んだのかさえ、知らない。


 人間に殺されてしまったのか、はたまた同族や妖怪によって殺されてしまったのか、詳細は何も聞かされていない。


 湖のほとりを2人で歩きながら、他愛もない会話をする。


 「元気そうで何よりだ」


 「・・・・・・」


 「お前には苦労ばかりかけているな。俺がもっとしっかりしていれば良かったんだが」


 「・・・・・・」


 「まだ蝙蝠を可愛がっているのか?友達は出来たか?ちゃんとご飯は食べているのか?今どこに住んでいるんだ?」


 「・・・どういう心算だ」


 「何がだ?」


 不機嫌そうなシャルルの声色にも気にした様子はなく、自分と似た顔が微笑みながらこちらを見る。


 軽く舌打ちをしてから、シャルルは言う。


 「俺の前に父親を見せて、一体何がしたい?まさか俺がお前の幻覚ごときで精神的に追い詰められるとでも思っているのか?」


 「何を言ってるんだ、シャルル」


 「こういうところは、人間よりも性質が悪いな」


 「・・・・・・シャルル、聞いてほしい。俺は人間に殺されたんだ」


 「・・・人間に?」


 「そうだ。人間との共存。それを目指そうと人間界で生活をしていたが、事件に巻き込まれてそのまま・・・」


 「・・・・・・」


 その時の傷らしく、男はシャルルに切られたという痕を見せた。


 腹あたりに刺されたような痕が確かにあり、良くみると首や手にも見受けられる。


 「人間を恨め、シャルル」


 「あ?」


 「共存をしようと努力してきたが、俺には無理だった。いや、人間がそれを拒んだんだ。人間は俺達との共存など望んでいない。それどころか、自分たちの脅威となる俺達を全滅させようとしてるんだ。・・・シャルル、共存など無理だったんだ。人間は愚かで嘆かわしい。恨め。恨み続けろ。戦うんだ!!」


 「・・・・・・」


 その時、ジジ・・・とシャルルのいる世界が歪み始める。


 何事かと、シャルルの父親はあたりを見渡して慌てている様子だったが、シャルルは特に気にしていなかった。


 「シャルル、一緒に逃げよう!一緒に、人間を倒すんだ!!!」


 父親の手が、シャルルの手を掴んだ。








 毒が燃えていく中、倒れているぬらりひょんにフランケンが岩を投げつけ、大嶽丸は雷を起こして心臓に一撃を入れるための準備をする。


 そして一斉に攻撃を仕掛けようとしたその時、それは起こった。


 「・・・!?」


 口から火を出していた竜が火を吹くのを止めると、身体が膨れ上がって行き、しまいにはそのまま破裂してしまった。


 「なに・・・!?」


 フランケンが投げた岩も、ぬらりひょんに覆いかぶさるその前に砕けてしまった。


 そして、大嶽丸は自分の雷しかないと雷を落とそうとしたのだが、ついさっきまであったはずの雷雲が消えていた。


 「どういうことだ?何が起こってる?!」


 一体どういうわけかと大嶽丸が状況を把握しようとしていると、二つの影が現れた。


 「誰だ?お前等・・・」


 そこにいたのは、見たことがあるような、ないような・・・・男女だった。


 一人は魔女のような格好をしているし、もう一人は犬か狼か、そんな感じだ。


 酒呑童子も2人を見ており、大嶽丸が指示を仰ぐようにちらっと見ると、始末しろと目で言われた。


 「誰だかは知らないが、勝手に殺されにきたとは笑いものだな」


 「ミシェルさっきのなんだ?すごいな」


 「でしょ!?空也先輩に教えてもらったのー!!ヴェアルは?修行でもしてたの?」


 「いや、俺はただの学生生活・・・」


 黒猫がみゃーと鳴きながらぬらりひょんに近づいて行くと、ミシェルが気付いて手に毒ガードをつけてから身体に触れる。


 声をかけている最中、フランケンがいきなり大木を持って攻撃してきたため、ヴェアルがそれを腕一本で破壊する。


 「フランケン、お前とは決着つけなくちゃいけねぇと思ってたんだよ」


 「・・・・・・」


 「人造人間を作ってた張本人がそれになるとはな。理由も経緯も知らねえが、迷惑かけてんじゃねえぞ」


 ミシェルは空也から教わった魔法の中から、毒消しに効果的なものを探していると、ぬらりひょんが自分で身体を起こした。


 「あ、動いちゃダメ!毒は皮膚から体内に入って血流を巡って全身に・・・」


 「主ら、どうしてここに・・・」


 身体を起こしたかと思えば、尻をついて片足を膝を曲げて立たせたそこに肘を乗せ、なんとも言えぬ呼吸を繰り返す。


 「シャルルに頼まれたのよ!」


 「あいつのとこにも、敵が・・・」


 「超音波を使って、ジキルとハイドに連絡してたのよ!こっちにはフランケンがいるって話だったから、丁度、ヴェアルが因縁あったしね!西洋妖怪が迷惑かけるわけにはいかないって!!とはいえ、前にも同じようなことがあったみたいだけど」


 「・・・余計なことを」


 「それより、早く処置しないと!!」


 ようやく毒消しの魔法を見つけたミシェルはその呪文を唱えようとしたのだが、ぬらりひょんの身体を見て驚いた。


 ぬらりひょんの身体の表面には、なにやら文字の羅列がずらっと現れ、それがまるで生きているかのように動き出したかと思うと、ぬらりひょんの身体を覆っていた毒がボコボコと蒸発して消えて行く。


 それだけではなく、その文字は体内にも巡っているらしく、苦しそうにしていた呼吸も辛そうだった目つきも、全てが良くなった。


 「・・・わあ。シャルルの友達って、みんな変な人なんだぁ・・・」


 「ミシェル、失礼なこと言うもんじゃないぞ」


 ぬらりひょんの身体から文字が消えると、すぐに立ち上がるかと思いきやなかなか立ち上がらず、やはり具合が悪いのかと思っていると、そうではないらしい。


 酒を飲みたいようだが酒が無い為、煙管を吸おうと思ったのだが煙管も無いと項垂れていた。


 「前言撤回。シャルルの知り合いは変人だ。というか、癖がある?」


 「でしょ?ていうか、毒を自分でなんとか出来る人なんてそうそういないもん。モルダンにも懐かれてるし。・・・あーーーーーーーーーー!!!!!!!モルダン何してるの!!止めなさい!!!!なんでいつも私じゃない人に懐くのよ!!!!私が一番可愛がってるし愛しているのに!!!!!!」


 「ミシェルも大概変人だけどな」


 はは、と困ったように笑っているヴェアルの横でぬらりひょんがようやく立ち上がる。


 その目つきは先程の酒を飲みたいと言っていた男とは別の輝きがあり、ヴェアルは思わず誰かを思い出しゴクリと唾を飲む。


 そしてぬらりひょんがこちらを見ると、眠たそうな目でこう言ってきた。


 「帰ったら、奴に伝えておけ」


 「?何をです?」


 「・・・世話をかけたと」


 「え?・・・へへ、わかりました。ちゃんと伝言しておきます」


 会話をしている最中、いきなり何かが飛んできた。


 「!!」


 ずっと見ていただけの酒呑童子が動きだしたのだ。


 「酒呑童子様・・・!!」


 「良いのう。やはり、こうでなくては面白くない。そうじゃろう、ぬらり?」


 フランケンはヴェアルと向きあい、大嶽丸はミシェルに立ちはだかる。


 「ミシェル、なんで笑ってるんだ?」


 「だってだって!!!私の相手って女が多かったのよ!!!しかもムカつく感じの!それが今回は男よ!イライラせずに戦いに集中出来るわ!!」


 「あー・・・そういうことね」


 色々溜まっていたんだな、と分かったところで、ヴェアルは筋力をアップさせる。


 「ぬらり、恨みっこはなしじゃ」


 「恨みなどせぬ。ワシは、そういう戦い方は苦手じゃ」


 「・・・ならば、私の力に屈するが良い!穢れた血を持つぬらりよ・・・!!」








 「シャルル、どうした!?」


 父親に掴まれた腕を強く拒むと、シャルルは見下すように目を細める。


 「俺の父親を知らんようだな。それでよく幻覚を作ろうなどと思ったものだ。ああ、知らんのは無理もない。そもそも俺がよく知らんからな。記憶の中にしか奴はいない」


 「シャルル・・・どうして・・・」


 父親の姿が、どろどろと融けて行く。


 シャルルに助けを求めるかのように腕を伸ばしているが、シャルルはその手を掴もうともせず、ただ見つめる。


 「俺の父親は、人間を恨まない。例え人間に殺されたとしてもな」


 「シャルル・・・俺はお前の・・・」


 「くだらん」


 風景も父親も消えて行くと、シャルルは痛む身体に目を覚ます。


 ここは確かに、父親に会う前にいた場所。


 顔が痛いのは確か、女に蹴られ男に殴られたからだということもすぐに思い出し、すぐに身体を起こす。


 そしてそこに見える二つの背中に文句を言う。


 「遅い」


 「起きて開口一番それか?」


 「ワシらとて、暇なわけじゃないんじゃが」


 視線の先には、トリグラフが意識を失って倒れているのが見えた。


 「骨を砕いただけじゃ。ちなみに、ワシじゃない。オロチが勝手にやったんじゃ」


 「俺様のすることに文句言うつもり?だいたい、帰ろうとしたら座敷わらしが泣きだして、しまいには血吸い族を助けに行けなんてぬらりひょんからの指示がなけりゃ、こんなところに来ないって。わざわざ地面掘ってつき進んで、あいつを赤外線で見つけたと思ったらそういう指示?本当にこれで良かったのかねぇ」


 「まあ、それがあ奴の判断なら大丈夫なんだじゃろう。・・・ところで、誰じゃ?こ奴らは」


 そう言いながら、天狗はシャルルに手を差し伸べたのだが、シャルルはそれを無視してふらつきながらも自力で立ち上がった。


 「いらん」


 「差し伸べられた手くらい、掴むことを覚えたらどうじゃ」


 「いらんもんはいらん。人の手を借りなければ立つことも出来ぬのは子供だけだ」


 「あとおじいちゃんおばあちゃんもな」


 「オロチは黙っておれ。脱線するじゃろ」


 「お前ら、役に立つんだろうな。足でまといならさっさと帰ることだな」


 「それはこちらの台詞じゃ。その様でよう言うのう。幻覚ごときで足元がおぼつかぬとは、修行が足らん証拠じゃ」


 「お前、そういう小言を言っててあいつに姑みたいだと言われたことがあるだろ」


 「あるある。俺様聞いたことある。いつもこんなんだから言われてるよ」


 「・・・・・・」


 天狗はオロチの髪の毛をぶちぶち抜き始めると、オロチは大人しくなった。


 シャルルはがしがしと髪をかき乱すと、ダンタリオンを見てニヒルに笑う。


 「ダンタリオン、貴様の相手はこの俺がしてやろう。俺に喧嘩を売ったこと、俺を地面に転がせたこと、俺を怒らせたこと。俺にした全てのことに対して敬服しよう。自らのデカダンスに酔いしれるのは勝手だが、結果、俺をどうこう出来るかとはまた別の話だ。そもそも俺の前に現れた時点で」


 「シャルル、その辺にしておけ」


 オロチに止められようやくシャルルの口が止まると、ミノタウロスが襲いかかってきた。


 手応えはあったのだが、それは大蛇となったオロチの身体で、当のオロチは平気そうにこう言った。


 「痛い痛い」


 霧子が風を切るように近づいてくれば、天狗が軽やかに避け、さらには扇子を投げて霧子の髪が切れる。


 「生意気ね、どいつもこいつも・・・!!」


 シャルルはダンタリオンと向きあうと、ただ笑う。


 「手を借りるまでもないが、邪魔が入ったならしょうがない。タイマンの張り方を教えてやろう」



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