第2話 二番目
タナトス
二番目
もし夢を売っていたら、あなたはどんな夢を買いますか?
トーマス・ロベル・べドス
第二招【二番目】
昔昔の御伽噺に出てきた主人公は、とても好奇心のある女の子でした。
しかし、彼女は大切なものをその世界に忘れてしまいました。
それは、昨日からの手紙。
それは、明日からの記憶。
それは、彼女からの意識。
この物語は、彼女の忘れものを拾った人達による、彼女探し。
この世界では、決して夢を見てはいけない。
もしもこの世界に取り残されてしまったら、もう二度と、抜け出せないのだから。
「先日のアリスはアリスじゃなかったな」
「ええ、酷く憤慨しているところよ」
「まあそう焦らずに。また次のアリスを待とうじゃないか。ほら、ブルージュがもう動き出してる」
「早く見つかると良いわね。私達のアリス・・・・・・」
「鏡よ鏡。この世界にふさわしい“アリス”を映しておくれ」
「招待状・・・?」
ある日、少女のもとに招待状が届いた。
少女の名はアリスト、短髪で活発な少女だ。
アリストのもとに届いた招待状を見ると、アリストは面白そうだと思った。
退屈していた毎日、その洋館とやらに行ってみようとすぐに決めた。
招待状に書かれていた場所に向かうと、洋館の扉を躊躇なく開ける。
真っ暗な道に一本の道が光り、そこを歩いて行くと、女性に出会った。
女性は自らをサラと名乗り、アリストに対してこう言った。
「己の為の強さとするか、誰か為の優しさとするか」
「?どういう意味?」
「さあ、この扉をお開けなさい」
首を傾げながらも、アリストは扉を開けた。
「・・・何処此処?」
大きなハートがあしらわれた扉を開けたその先には、長い階段があった。
そこを登り切れば、御寺のような建物があった。
屋根は瓦が並び、のんびり出来そうな縁側があり、その場所から少し離れたところにも階段があり、その頂上には大きな鐘がついていた。
それをじーっと見ていると、一人の男が建物の中から出てきた。
「こんにちは。私はルークと申します」
「ルーク?で、私はここで何をすれば良いの?」
ルークと名乗った男は、モスグリーンの目に、長い黄土の髪をしていた。
紫を基調とした着物を着ており、背は180以上あるだろうか。
「ここから出るには、あの鐘を鳴らしてください」
「鐘を鳴らす?それだけ?」
「ええ。しかし・・・見てください」
「?」
先程までなかったのに、寺と鐘のある場所の間には、いつの間にか海のように大量の水が張っていた。
ように、というよりは、完全に海だろう。
「それよりも、手っ取り早く済ませる方法があるんじゃない?」
「?」
ニヤリと笑ったアリストは、いきなりルークに殴りかかった。
喧嘩に自信があるのだろうか、アリストはルークに飛びかかるも、ルークはそれをひょいっと避けると、伸びた爪でアリストの腕や足を軽く切った。
「・・・!!」
「これはこれはすみません。しかし、あまりここで暴れない方がよろしいかと」
「・・・毎日ここで何をしろって?」
「座禅を組んだり、掃除をしたり、とにかく、ここでは私の指示に従っていただきます」
にっこりと笑ったルークは、早速アリストに座禅を組ませる。
つまらなさそうにため息を吐くアリストだが、その日は大人しく座禅を組んでいた。
「無意味よ、座禅なんて」
そんなことを言っていたが。
昼夜問わず、ルークはただひたすらに、胡坐をかいて座っていた。
アリストには正直、そこまでして神に祈ることなんて無かった。
「つまらないわ」
翌日、ルークを探しに歩きまわっていたアリストだったが、ルークが見つからなかった。
どうしたのだろうと思っていると、突然、寺の中に声が聞こえていた。
『これより、だるま落としスタート』
「だるま落とし?って何だっけ?」
『ルールは簡単。今からそこに現れるものを、だるま落としするだけ。だるまを落とすたび、罰ゲームもあるのであしからず。てっぺんにある潮引きを無事に着地させられたら、海の潮が数分だけ引きます』
「ふーん。潮さえ引けば、鐘をつきに行けるってことね」
それからすぐに、アリストの前に、一つ三メートルはあるだろうかだるま落としが、幾つも重なって落ちてきた。
てっぺんは何処にあるかなど分からないが、だるま落としをする為の木槌も落ちてきた。
一つ一つには、何やら文字が書かれている。
ギャグを言う、臍を取られる、腕をちぎられる、など書かれている。
きっと失敗したら、そこに書かれている罰をされるということだろうか。
「まあ、やるしかないわね」
そう言うと、アリストはだるま落としを始めた。
それをモニターで見ていたルークは、お茶を飲んでいた。
「なかなか逞しいアリスだ」
数時間経って、まだアリストはだるま落としが終わらないでいた。
いや、普通にやっていれば、きっとすでにもう罰ゲームを喰らっているのだろう。
アリストは体力には自信があるため、こうしてここまで無事でいられるのだ。
「それにしても、ちょっとさすがに疲れてきたわ」
一休みしようとしたとき、ぐらっと足元がぐらつき、アリストは思わず目の前にあるだるま落としに手を置いてしまった。
「!!!」
しまった、と思ったときにはもう遅かった。
ぐらぐら、とバランスを失っていたそれらは、一気に崩れていく。
このままではやばいと思い、アリストは思わず目を瞑る。
その時、鐘が鳴った。
それは、零時を報せるものだった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
崩れてきただるま落としは消えて行き、アリストはなんとか生き長らえることが出来た。
「あ、危なかった」
すると、パチパチと拍手をする音が聞こえてきた。
「素晴らしいですね」
「あんた!!一体どこに!」
「だるま落としをクリアできたのは、貴方で六人目でしょうか?まだ楽しいゲームがありますから、それまではゆっくりと、鐘をつく方法を考えてください」
「あんた!」
「食事を用意しました。さ、こちらへ」
自分は酷い目に遭うかもしれなかったというのに、それを平然と見ていたルークに、少なからず殺意を覚えた。
食事はとっても質素なもので、肉などはなかった。
はっきり言って、アリストにとっては物足りない食事だったが、ルークはいつも満足そうにしている。
「ねえ」
「なんです?」
「六人目って言ってたけど、私の前の五人はちゃんと鐘をつけたの?」
「・・・いいえ」
「無理ゲ―ってこと?」
「いいえ。心清らかに過ごしていれば、いつか必ず鐘をつけます。しかし、そうでない方の方が多かった、というだけです」
「?」
食事を片づけたあとは、またルークに言われた通り、座禅をする。
だるま落とし、後半の方には心臓を取り出す、脳を流す、血液を抜く、などといった、明らかに殺しに来ているものが書かれていた。
だるま落としの時点で死んでしまった人が、きっとほとんどなのはそのせいだろう。
アリストだって、なんとか“今日”という制限があったから助かったものの、終わるまで永遠に続くというルールであった場合、死んでいた可能性が高い。
アリストは風呂に入り、その後見えもしない月を想像しながら鐘を眺めていた。
「・・・・・・」
自分が今いる場所と、鐘のある場所の間にある、海にも似たもの。
そこにはサメや鯨、シャチにイルカに魚たちがいる。
だが、アリストは気付いていた。
毎日毎日、確実に潮は引いていることを。
このままで行けば、そのうち潮が引いて、自分が泳げるだけの深さになるだろう。
運動なら得意で何でもできるアリストだが、唯一、苦手なのは泳ぎだった。
だからこそ、少しでも浅くなってから泳ぎたいという気持ちもあった。
それから数日経ち、アリストはまたルークを探したが見つからなかった。
嫌な予感がしたアリストだったが、その時、また声が聞こえた。
『かくれんぼスタート』
「か、かくれんぼ?」
ここには今、自分一人しかいないというのに、何を言っているのか。
アリストは縁側に出て辺りを見渡す。
『ルールは簡単。これから五人の鬼がアリスを探しに来るので、今日一日、隠れきることが出来れば勝ち。もし鬼に見つかってしまった場合、鬼になり、次のアリスが来た時にそのアリスを探す役になる』
「五人!?めっちゃ不利なんだけど!てか、次のアリスってなに?」
『スタート』
アリストの言葉など聞く耳もたず、ゲームは始まってしまった。
アリストは急いで隠れる。
隠れるとは言っても、この場所に隠れる場所なんてそうそうない。
しかも鬼が五人で隠れる側が一人など、どう考えてもアリストを鬼にしようとしているではないか。
「・・・・・・」
見つかればもうそこで終わりということだろうか。
とにかく、アリストはじっと息を殺して、一日が早く終わってくれるのを待った。
「もーいーかーい?」
「・・・・・・」
「もーいーかーい?」
「・・・・・・」
なんと答えたとしても、それで居場所がバレてしまうと、アリストはただ黙っていた。
しばらくすると、鬼は探し始めたのか、あちこちを荒している音がする。
聞いている限り、とても荒している。
下手をしたら、畳さえ全てひっくり返しているのではないかという音だ。
骨董品などが割れる音、天井にぶら下がっていた何かが落ちる音、天井を何かで突きさしている音、床を剥がしている音。
とにかく、きっと部屋は荒らされ放題だ。
それでもアリストはただじっと、そこで蹲っているしか出来ない。
これがもし鬼ごっことかならば、逃げ切れれば大丈夫なのだろうが、かくれんぼとなると、見つかって時点で終わりだ。
相手が五人もいる以上、下手に動き回るのも危険だ。
「あーりーすー」
「どーこかなー」
徐々に鬼が近づいてくる中、アリストは珍しく恐怖に襲われていた。
しかし、いざとなったら鬼を倒そうという気持ちでもいた。
鬼を倒してはいけないと言われていないし、それが相手五人の鬼から逃げるための秘策でもあった。
「天井―?いない」
「床下―?いない」
「でも臭いがする。ぷんぷんする」
「・・・・・・」
グサグサと、きっとアリストがいないかを確認するために、あちこち刺しているのだろうか。
通り過ぎるのを待っていると、数人の鬼たちは見事にアリストを身落としてくれた。
ふう、と安心したのも束の間、またすぐに別の鬼がアリストを探しにやってきた。
「何なのよ・・・!?私を殺す気!?」
アリストは隠れていた場所からすぐさま移動すると、鬼の動きを見て走って行く。
鬼ごっこであれば、見つかっても走って逃げるという手があるが、かくれんぼはそうはいかない。
見つかってしまったらそこでゲームオーバーだ。
なんとかまた身を隠せる場所に来ると、先程までアリストが隠れていた場所に、アリストを探している鬼がやってきた。
「あれー?ここにはいないぞ?」
「でも・・・臭う臭う・・・。人間の生臭い臭いがする」
「きっとさっきまでいたんだ」
「なら、まだ近くにいるはずだ。臭いを追うんだ。僕たちのアリスを捕まえよう。アリスは美味しい。アリスは甘い。アリスは歯ごたえがある。アリスは新鮮。アリスはアリス」
「どーこーだー」
「あーりーすー」
「さーがーせー」
自分の口元を押さえながら、アリストは声が漏れないように、呼吸をするだけでも場所がバレてしまいそうで、必死だった。
徐々に近づいてくる鬼は、アリストを探しながらも色んな場所をグサグサ。
(今何時!?あとどれくらい耐えれば私は勝てるの!?時計は?)
隠れている場所からは時計が確認出来ない。
腕時計でもつけていれば良かったのかもしれないが、アリストは時間を確認出来るものなど持っていないし、きっと持っていたとしても没収されてしまうだろう。
一分一分がこんなにも怖いなんて思ってもいなかった。
隠れる場所は沢山あるはずなのに、何処に隠れても見つかってしまう気がする。
鬼達はアリストよりもこの寺を把握しているせいか、アリストが見つけられなかったような隠し部屋にも入っていた。
鬼五人がバラバラに探し始めてしまったら、それこそアリストは不利だ。
(やばい・・・!!)
一人の鬼が、アリストが隠れているすぐ近くまで来た。
心臓が、かつてないほどのドキドキと大きく波打っている。
見つかってしまうのだろうか、それとも探しながら刺されてしまうのだろうかと、アリストは恐怖に包まれる。
「いーなーいーなー」
(え!?)
その鬼は、アリストのすぐ近くに来たにも関わらず、その場所を刺すこともなく、いないと言って離れて行く。
五人の鬼が全員離れていったのを確認したアリストは、チャンスだと思い、来た道を戻ることにした。
鬼が見つけてくれた部屋にでも隠れようと、急いで足を動かす。
「よし・・・ここなら・・・」
隠し地下室の、荷物が沢山ある場所。
ここならそうそうすぐには探しに来ないだろうし、もしここに来たとしても隠れられる場所がある。
しばらくは安心だろうと思っていた。
しかしー・・・
「みーつーけーたー」
「・・・!!きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!」
アリストは、見つかってしまった。
一度見逃したのは罠だったのかと分かったのはもう遅く、鬼に連れられてルークのところまで向かう。
ルークはお茶をたしなんでおり、鬼に連れられてきたアリストを見てにこりと微笑む。
「やはり、見つかってしまいましたね」
「わ、私を殺す気!?」
「そんなこと申し上げましたか?」
「・・・へ?」
てっきり、このまま鬼に殺されるものだと思っていたアリストだが、どうやら違うらしい。
「私はただ、捕まってしまった場合、次のアリスを見つける側、つまりは鬼役になっていただくと申し上げただけです。決して、殺すなど・・・。それよりお疲れでしょう。ゆっくりお休みになってください」
「あ、ありがとう・・・」
はっきり言って、拍子抜けであった。
殺されないのであれば良かったが、ならどうしてあんな探し方をしたのかという疑問が浮かび上がってくる。
それに鬼になるということは、それまでずっと此処に居るということなのか。
その時、アリストは思い出した。
「そうだ。鐘!!」
鐘を鳴らせば良いのだということを思い出したアリストは、潮が引くのを待つ。
一向に引かない海を眺めていると、本当は潮が引くこと自体嘘なのではないかと思ってしまう。
しかし、ルークは嘘は吐いていないと言っていた。
「美味しい・・・」
先程までの緊張感が急に抜けたからなのか、出された食事が異様に美味しく感じた。
どういう味付けかなどわかるはずもないが、きっと自分の舌に合うのだから、少し濃いめの味付けだ。
お腹がいっぱいになったアリストは、とにかく潮が引くのを待った。
「早くしてよ・・・早く・・・」
そして、いよいよその時がきた。
それは満月が綺麗に見える真夜中のことで、アリストがふと目を覚ますと、目の前に広がる海は潮が引き始めていた。
「うそ・・・!!」
いつもなら、寺に繋がっている階段の上段まで海が漂っているのに、それが中段ほどまで下がっていた。
しかも潮の引き方はとても速く、鐘がある建物の階段もはっきり見えるようになっていた。
「やった!!」
どれほどの海の深さがある場所なのかは知らないが、それでもようやくこうしてアリストの前に現れたチャンス。
寺と建物の間の階段が繋がっている通路もしっかりと見えたところで走りだろうと思ったのだが、アリストは我慢出来なかった。
もうこんなところには一秒でもいたくないと、寺から逃げ出すようにして思い切り足を踏み出す。
初めてルークに会った時につけられてしまった傷に潮が刷り込んでちょっとヒリヒリするが、そんなこと今はどうでもいい。
待ちに待っていたこの瞬間が来たのだからと、アリストは必至で走った。
「追ってこないわよね!」
途中、不安になってちらっと後ろを振り返ってみると、そこにはルークが立っていた。
ドキッとしたのと同時にゾクッともした。
しかし、ルークはアリストを追いかけてくる様子も全くなければ、鬼などを使って追いかけてくることもなさそうだ。
このまま素直に逃がしてくれるのだろうかと心配もしたが、これまで自分にしてきたことを考えて反省でもしてくれたのだろうと勝手な解釈をし、アリストはまた走る。
潮の引きは完全ではないのか、いつまで経っても通路が完全に見えることはなかった。
アリストのふくらはぎほどの高さのまま止まっていたが、それでも走れないわけではなかったため、気にしなかった。
「やっと・・・!!やっとここから出られるのね・・・!!もう嫌!!!」
どうしてここに来てしまったのかも分からないが、そんな悪夢からようやく解放される。
その気持ちだけが、アリストを動かす。
「え・・・?」
アリストは、足に違和感を覚える。
よくわからないが、感覚がない上にバランスが取れない。
傾いた身体をもとに戻す暇もなく、アリストは海に落ちて行く。
海には幾つものヒレが漂っており、真っ青だった海は真っ赤に滲んで行く。
しばらくすると、プカプカと浮いてきたのは、誰のものかわからない、もっと言うと、人間のものか動物のものかも分からないような物体。
「ホバード、答えを」
ハートを担うルークの役目は、“HEAVEN”と“HELL”。
「そうさなぁ・・・」
ニヤリと笑ったホバードは、すでに悪夢を見ることすら出来ないでいるのであろうアリストに告げる。
「自己顕示欲の強いアリスに、夢を見る価値なし」
アリスを探す者達がいた。
彼らは何故アリスを探そうとしているのか。
そしてまた、一人のアリスのもとへと、招待状が届くのだ。
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