第7話 ミラージュ様護衛対決②

 シェーレ家は基本的には戦闘はしません。

 なぜなら彼らは『皇族の頭脳』であり『皇国の頭脳』なのですから。

 生まれてすぐの子守唄は法律書。

 生まれてすぐの読み聞かせは歴史本。

 物心ついた頃には政治学。

 生まれた頃から他の人間よりも優れた知識の吸収能力と記憶力を持ち、代々皇国の政治面に携わってきたシェーレ家。

 そんな彼らは他の家系と違って戦闘は全くしません。

 剣術、体術、魔術、どれも平均以下です。魔術は使えても政治面などで役に立つものだけしか使えません。

 ですが彼らはナノポーラス皇国の4つしかない公爵家のうちの1つなのです。

 彼らの頭脳は他国が認めるほど。

 なので戦闘はほんの少し。必要時だけなのです。


 今回のこのミラージュ様護衛対決にもインビエルノは参戦していません。彼は見守るだけです。

 ですが彼はただ観戦しているだけでなく、私たちの戦闘スタイルを見極めているのです。

 シェーレ家はただ政治面に活動して功績を上げているからと言って公爵家だというわけではありません。ちゃんと理由があるのです。

 それは圧倒的な戦況の見極め方と戦略の練り方でした。


「暗殺は対象のことを知ってこそ真の暗殺と言える」


 暗殺の師であり父である父様がそう言っていました。

 これは彼らの考え方にも当てはまっていて、やはり戦略を練るのは敵と味方を知ってこそだと言います。

 私達の参謀は言い合わなくてもすぐにインビエルノだと決まっていました。

 だから、彼もそれ相応の期待に応えられるように頑張っているのでしょう。

 なのですぐに私たちの癖を見抜いて、試合終わりのオロスと私にこう言ってきました。


「オロス。お前は接近しすぎだ。マニャーナが『アラクネ』を先に仕込んでいたら通った瞬間3枚下ろしどころではなかったぞ。マニャーナ、君は派手に動きすぎだ。少なくともお前は暗殺者だろ」

「でも、それじゃぁせっかくの対戦が面白くないじゃない。私が気配を消しちゃったらオロスなんて一発だもん。だからわざわざ目に見えるようにして決着つけたのに。それに、一応表向きは『皇族の杖』だからね。魔法は派手でないと」

「決着のつき方は静かだったけどな」

「それは引っかかるオロスが悪いよ」

「それもそうだな」

「なんで俺が悪いみたいになってんだよ!」

「あ、ミラージュ様!レイとルナの勝負が始まりますよ」

「話を逸らすんじゃねぇ!」


 そうです気付かずに突っ込んでくる方が悪いのです。


「確か、スカーレット公爵が対戦表のクジを引いたと聞いているのだけど、まさか双子対決が見れるだなんて思いもしなかったわ。これじゃぁ普段の訓練とそう変わらなそうだけど…」

「あ、その心配はないようですよ」

「そうなの?」


 その質問には私ではなくインビエルノがすぐに分かりやすく答えてくれました。


「スカーレット家の剣術、と言っても一人一人剣の種類は違います。例えば長女であるメルキュール公女は両手剣の使い手。長男であるヴェニュス公子は短剣の使い手、と言ったように違います」

「でも、2人とも武器は片手剣よ?」

「その通りです。ですが、2人は自身に合う剣技を学んでいます。ソレイユは美しく流麗でありながらとても強力な剣技。ルナドールはありとあらゆる剣技の基礎を組み合わせた予測不可能な剣技です。2人とも種類が全く違いますので師範も違います。そのため2人が対戦するところは年に一度しかないそうです」

「そうなのね!これでまた一つみんなのことを知れたわ!ありがとう。流石ね、インビエルノ」

「…お褒めに預かり光栄です」


 あ、珍しくインビエルノが照れてる…脳内ファイルに貯蔵しておこう。


 と言っている間にも2人の戦いは始まっていました。

 2人とも今は魔法は使わずに完全に剣術のみの戦闘を繰り広げています。

 見ているところ、今は圧倒的にルナドールの方が優勢です。

 インビエルノが言った通りルナドールの剣技は予測不可能です。この世に存在するありとあらゆる剣術の基礎を自身に叩き込み、それを混ぜて戦う。これはスカーレット家でもルナドールだけが使っている剣技です。勿論ソレイユが使っている剣術も入っています。

 ですが、やっぱりこれもストーリーから離れていました。

 ルナドールがソレイユより強くなったのはやはり魔族に連れ去られた後。竜の里で暮らしたからです。それまでは一度も勝てなかったとストーリーでも話していました。ですが今やソレイユとほぼ互角…いや、それ以上!ゲームでは竜の里に行ったことが彼女の覚醒のトリガーだったのに今は私が助けたことで誰かを守りたいという思いがトリガーになったのかも知れません。


[マヒア・エチソ・リアマ・インフェルノ!][マヒア・エチソ・アグア・ハイドロカノン!]


 父様が魔法で対戦中の声を拾ってくれるようにしてくれたおかげで、ソレイユが火と水の二重魔法を使い始めたことに気がつきました。


[マヒア・エチソ・ルス・ミロワール・レフレクシオン]


 ルナドールは剣に魔法を付与させて向かってくる魔法を切り落としました。


 ようやく魔法も交えた戦闘が始まりそうです。


「それにしても…本当にスカーレット家は戦闘中は生き生きとしてるわね。楽しそうだわ」

「あぁ…あれはもう病気の類ですよ」


 インビエルノがそういうと私たちはそれに頷いた。

 スカーレット家の人間は魔法を使うと髪が真っ赤に染まります。

 その髪は別名『血染めの髪』とも言われています。その訳はミラージュ様がおっしゃったように戦闘中は生き生きしている。正しくそのせいです。スカーレット家初代当主、エリュトロンが戦闘狂だったということもあったらしく、スカーレット家に生まれてくる人々は皆、戦闘の際生き生きとした表情になるそうです。勿論戦争時なんてとんでもない。敵がその髪と顔を見ただけで逃げ出すくらいです。敵の血を浴びてどんどん赤く染まる髪。だから『血染めの髪』なんだそうです。


[早く降参しなよルナ!]

[するわけないでしょ。もう、ボクは、前のボクとは違う…!]


「…あ」


 すっごい気配がした。

 空中に浮かび上がる重なり合った3つの魔法陣。

 それぞれ光と闇と氷属性の魔法だ。

 多分、私があの時にやっていた空中に魔法陣を描いて一回も詠唱だけで複数の魔法を使う方法。

 なんであれを見ただけで出来るようになってるのやら。やっぱり覚醒してるんだ。ルナドールの力が。


「すごい、あれってマニャーナが昨日やってた魔法でしょ?」

「そうです。一応ミラージュ様がお帰りになった後も1人で練習していて物にできたのですが…なんで教えてもないのに出来ているのやら…」

「…マニャーナ、お前にはまだ言ってなかったか」


 インビエルノがそんなことを言ってきた。

 ん?何が?なんの話?私が3日間謹慎受けている間に何かあったんですか?


「そう。何かがあったんだ。ルナドールの持っていた魔力がこの3日間で急激に増加した。俺が聞いている限り、ルナドールは魔族に襲われた後丸一日、目を覚まさなかった。その途中に、急激に魔力の数値が上がり始めた。魔力の数値が可視化できるシェーレ家の全員がその場に集結して見ていたがとんでもないスピードで上がっていったらしい。これに関しては当主も父上も驚いていた。俺も半信半疑だったが今日、今この時点で改めて思ったよ。今もなお爆発的に魔力が上がり続けてるんだからな」


 今もなお、上がり続けてるって?

 確か人には保有できる魔力には限界があるんじゃ…


「その通りだ。でも、今のあいつには限界数値が見えてない。まるで、永遠に海の中で沈み続けているような…そこが一切見えない深海のようだ」


 いつのまにか勝負は終わっていました。

 勝ったのはルナドール。


 観客席には沈黙が走るだけです。

 いつの間にか、疲れ果てて眠ってしまったオロスのイビキがうるさく聞こえます。

 すると、ルナドールと目が合ったような気がしました。

 普段なら喜んで手を振っていましたが…今は、そんなところではありませんでした。

 まるで…首元に死神の鎌が、今か今かと血を待ち侘びているような感覚に襲われたからです。


 私は…今日、彼女に勝つことはできるのでしょうか…

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