第1話 転生者
皆さんは「転生」を信じますか?
私は信じていませんでした。
何かを信じてる人って、多分本当にこういう人がいる。こういうことがあったからって言う話があったからだと思うんですよね。
例えば私が言った「転生」についても、あれは小説の中での話だと思ってました。小さい頃にテレビで小さな男の子が前世の記憶を持っているとかで、目的の場所に向かうとか言う内容のテレビを見たことがありますが、そういうのは前世で悪事を働いたり、未練を残しているとかが理由だと言ってました。
勿論当時の私は信じることなんてありませんでした。
まぁ、もしもで考えることは勿論ある。大好きなゲームの主人公に生まれ変わりたい。そう思っていることがあったからだ。
私、
「子供に夢と希望を」とか言うキャッチフレーズのくせして社員にはそんなものは一切なく「社員には残業と労働を」と言う裏キャッチフレーズが密かに言われているほどの場所でした。
それでも私は子供が使うおもちゃを考えるのは好きだったのでどうにかこうにかしていて、精神を安定させるために「第七皇女なので自由に恋がしたい」という乙女ゲームをしていました。この主人公である第七皇女がなんたる可愛さと言うことか。
黄金の美しい髪にエメラルドの輝く瞳。
性格良し、顔よし、プロポーション良し。
最強のこの少女が大好きなのだ。
これがあったから私は今までこの会社でも働いてこれました。
そんなある日のことでした。悲劇が起こったのは。
「ようや、く、家に帰れ、るよぉ」
数ヶ月ぶりに自身の家に帰れることになったあの日はとても蒸し暑かったのを覚えています。いわゆる熱帯夜って奴ですね。
それでも私は満員電車を乗り越え、あと数メートルで家に帰れるというところまで来ました。
残業ばっかりで社内で寝泊まりし、生活していた私ですが本当に久しぶりに家に帰れる。ゆっくりゲームができる!そう思っていたのでした。
ですが…
「なーん」
猫がいました。
真っ白な猫が。
綺麗だなぁと見惚れているとその猫が道路の真ん中を歩いていて、その向こうから居眠り運転をした車が向かってきていました。
私はその時必死でした。
猫を助けてあげないと。
そう思い道路に飛び出し、子猫を腕の中に抱き上げました。
ほっとしました。ですが
バァン!
七瀬朝の人生は、そこで終わりの鐘を鳴らしました。
猫は血だらけの私の腕から出ていき、手を舐めてからどこかにいってしまいました。
霞んでいく視界の中にはいろんな光がありました。
まぁ、死んだなとすぐに分かりました。
そこで私はふと、「転生」の話について思い出しました。
なぜなのでしょうかね?すぐに生まれ変わったら、なんて妄想をしてしまうのは。
とにかく、私はこう願ったのです。
もし生まれ変わったなら、『第七皇女なので自由に恋がしたい』の主人公になりたい!と。
そのまま視界が真っ暗になりました。
願いが叶うはずもなく死んだな。そう思っていました。
ですが次、目を開けるとそこには高すぎる天井と小さすぎる手があったのです。
「あう、あうぅ?」
声が上手く出ず、すぐに自分が赤ちゃんになっているのだとわかりました。
ですが鮮明に前世のことは覚えています。
そして、私の思考を支配したのはたったの2文字
「転生」
私が七瀬朝以外の人物に「転生」したのだということを理解しました。
————————————————————
次の人生を赤ちゃんからやり直し早5年が経ちました。
そこで私の分かったことを紹介していきましょう。
「転生」した私の新しい名前はマニャーナ=ベンタブラック。
マニャーナは朝という意味だそうです。
3人兄妹の末っ子で家は公爵家でした。
で、七瀬朝はこの名前を知っていました。
なんと転生したのは『第七皇女なので自由に恋がしたい』の世界でした。
ですが神様。
私がお願いしたのは主人公である第七皇女、ミラージュ=ナノポーラスです。なのになんで彼女の護衛役であり、『皇族の影』と呼ばれる一族、ベンタブラック公爵家の末娘なんですか!
んんっ
『第七皇女なので自由に恋がしたい』という乙女ゲームの舞台はナノポーラス皇国で、主人公であるミラージュ=ナノポーラスは国の第七皇女です。
この国には四つの公爵家があり、それぞれ異名を持っています。
『皇族の剣』スカーレット家
『皇族の頭脳』シェーレ家
『皇族の盾』インミン家
『皇族の杖』ベンタブラック家
この四つです。
マニャーナはこのうちの一つ、ベンタブラック家の一員なのですが、この家は秘密があるのです。
表向きには『皇族の杖』と呼ばれ、魔術に長けた家系なのですが、本当の姿は暗殺者の一族なのです。そのため、本当の呼ばれ方は『皇族の影』。ベンタブラック家の暗殺は皇族の裏の顔だとも呼ばれているからです。
勿論そんな家系に生まれた私も立って話せるようになれば暗殺術とベンタブラック家が持つ高レベルの幻覚魔法を徹底的に体に叩き込まされて来ました。おかげで足音も全く立ちませんし、暗殺術も完璧です。それに、このマニャーナというキャラクターはこの家系の中でも随一の暗殺の才能を持っているのです。その上、彼女の使う武器はとても細い、目を細め、注意してみないと見えない糸。それが私の武器でした。七瀬朝の時からあやとりが得意だったため、そのおかげか私もすんなりとできるようになりました。
ですが、やっぱり人を殺すのは慣れません。両親は慣れろと言いますが、慣れて仕舞えば人ではなくなってしまうような気がして怖いのです。だから、私はいつも必要最低限の殺しをやって来ました。
ベンタブラック家は目が黒く白の同心円が描かれています。そのおかげか私が生まれ変わってすぐ、鏡を見た時に本当にこの世界に「転生」したんだなと感じることができました。
さて、現在私マニャーナ=ベンタブラックは5歳になりました。
皇族、公爵家の子供にとって5歳は重要な歳です。
『
それは皇族、公爵家の人間1人につき1つ、自身の剣となり盾となる魂で繋がった存在と契約し、自身にあった武器を召喚する儀式です。
私も勿論、それに参加しました。
ゲームのおかげで自分が何と契約するかは分かっているので少し残念ではありますが、ゲームでは分からなかった、どのようにして表れて契約するのか、そこが楽しみではありました。それに…
チラッと隣に立っている女の子を見ました。
私と同年代の子は5人。そのうちの1人が、第七皇女であるミラージュで、他4人は今日決まったミラージュの護衛だ。あ、勿論私もですよ。
それにしても…推しが目の前にいる、というのはなんという保養なのだろう。今までは画面の向こうにしかいなかったのに今では目の前に…!!ん?って考えたら、この立場も悪くないのかもしれませんね!
「…ねぇ、お嬢さん」
そう、声が響いた。
契約の儀式を行う会場である王の間。
多くの人でざわついている中、鈴の音色のように可愛らしい声が私の耳に入った。
ふっと声をした方を見た。
黄金の美しい、柔らかい髪
シャンデリアの光で輝きを増すエメラルドの瞳。
白くもちっと、艶やかな肌
ぷるんとひかるピンク色の唇。
幼いながらにして輝くオーラを解き放っている、ミラージュがこちらを向いていたのだ。
「ベンタブラックのお嬢さん。私の顔に何かついているかしら?」
私はついぽかぁんとその姿を見入ってしまっていた。
だって天使なんだもん。
推しが目の前にいたらんなん頭のファイルに永久保存してしまうもん!
あ、そうだ、返事返事…
「ご無礼をお許しください。ただ皇女様の美しい顔に見惚れていました」
「あら。そんなことを言ってもらえるだなんて嬉しいわ!えーっと」
「名乗り遅れて申し訳ございません。私、ベンタブラック家の末娘、マニャーナ=ベンタブラックと申します。以後お見知りおきを…」
「私は第七皇女、ミラージュ=ナノポーラスよ。気軽にミラージュと呼んでちょうだい」
ニコッ
うっ、だめだ、尊死する…
「…?マニャーナ?どうしたの?」
あぁぁぁ!私の顔を覗いてこないで!鼻血でる!
「申し訳ございません。その、皇女様のお姿が眩しくて…」
「ふふふ、さっきも聞いたは。もしかして緊張しているのかしら。大丈夫よ。今ここにいる儀式の参加者は私の護衛よ。勿論、マニャーナ、あなたもよ。だから一緒に前を向きましょう。ほら、あなたたちも」
ミラージュがそういうと他の4人がこちらに近いてきた。
全員知っている顔だ。なんなら全員幼馴染で仲のいい奴らばっかりだ。
黒髪を雑に揃え、海にように真っ青な瞳。黒く焼けた肌と鍛え始めたのであろう5歳にしては大きな体の少年はインミン家の三男坊、オロス。
逆に綺麗に整えられた長い茶髪を後ろで括り、大自然の中にいるかのような美しい緑色の瞳。あまり外に出てないであろう白い肌。今この状況でさえ本を読み続けている少年はシェーレ家4兄弟の末っ子、インビエルノ。
太陽のように輝く黄金の髪に真紅に光る瞳には竜のような瞳孔がある。ミラージュの姉である第六皇女シエルの婚約者でもある少年はスカーレット家10人兄妹の末双子の兄、ソレイユ。
対して月のように白銀に輝く髪は一部灰色が混じっていて、兄と同じ瞳を持つ。どこか物静かそうで、どこか弱々しい表情を見せる少女はソレイユの双子の妹、ルナドールだ。
儀式が始まる数分前。
その真ん中に集まった今日の主役たちが揃っちゃいました。
私はそれにも軽くあたふたしてしまい、ルナドールがすぐに駆け寄ってきてくれました。
「マニャ……大丈夫?」
「う、うん。皇女様が綺麗過ぎて…見てるだけで死んでしまいそう」
「それは………重症」
「ふふ、2人は仲がいいのね。羨ましいは」
そんな、寂しそうに言わないでほしい…立場がなけりゃ今すぐにでも飛びつきたいのに!
そんな私の願いは叶わずグッと気持ちを抑え、ようやくミラージュの方を堂々と向いた。
「うん。そうやって堂々としてちょうだい。私はこれらかあなた達にお世話になるの。そんな家族のような人たちの顔はずっと見ていたいわ」
「そう言っていただき光栄です。殿下」
「あら、やめてちょうだい、インビエルノ。殿下だなんて…気軽にミラージュって言ってほしいのだけど…」
「では!ミラージュ様と!」
「オロス、うるさい」
「はぁ?!うるさいって言った方がうるさいんだぞ!」
「…はぁ」
ゲーム内ではインビエルノとオロスの関係は犬猿の仲で、まさかこの頃から仲が悪かったとは思ってもいなかった。
ちなみに、ゲームの攻略対象はこの護衛にもいる。インビエルノとオロス。そしてルナドールです。
ソレイユは第六皇女様の婚約者なので入りませんが、なぜルナドールが入ったか、気になった方もいるかと思います。
実はこのゲーム。多くのハッピーエンドのうち、百合エンドというものが存在します。その相手がルナドールです。
今は弱々しそうに見えるのですが、実は今日、『
勿論当時プレイしていた私も惚れました。逆に聞きますが惚れない奴なんているんですかね?ってレベルです。
え、マニャーナの百合はないのか?
はい、ありません。どちらかといえば私、マニャーナはミラージュにとって妹のような存在でしたから。
ちなみにソレイユがミラージュに惚れることはまずありません。
これは皇族と公爵家にとっては常識なのですが、ソレイユとシエルはお互いに一途なので他の人が異性として目に映ることはありません。天変地異が起きても、絶対に。
「相変わらずだなぁ、2人は。さてと、ミラージュ様、儀式が始まりそうですよ」
ソレイユがそういうと12時を告げる鐘が鳴り響いた。
それと同時に皇帝陛下と皇妃様が入場され、皇族と公爵家、そして一部神官が集まった中、大神官が告げた。
「これより!『
いよいよ儀式が始まる。
でも、これはスカーレット家からすれば、最悪の始まりだと言っても過言ではありませんでした。
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