第26話 さあ、私たちの活動〈デート〉を始めましょう
「この後の予定だけど、宗太くんには少し無理をしてもらうことになるわ」
「へ?」
舞冬のいきなりの宣言に、宗太のフォークを動かす手が止まる。
「それってどういう意味ですか? 俺、もうこれ以上お腹に物入りませんよ?」
「食べ物系はここで終わりだから、心配しなくて大丈夫よ」
「じゃあ、他の無理する事っていうのは?」
「そうね……慣れていない事をさせるって意味かしら。宗太くんは、女の子と二人でデートってした事ないわよね?」
「どうして知ってるんですか?」
「デート経験無いって自分で言ってたじゃない」
「そういえばそうでした」
プライドも見栄もなにもなかった。
「けど、それはこちらも同じよ。男の子と二人っきりでデートした人なんて、この中には一人もいないもの」
「でも、今日の目的ってデートすることですよね」
「そうね。普通を知るための活動を通して、後のさらなる重要な問題に皆で取り組む部活……略して『ふっかつのじゅもん部』の活動の一環として、普通のデートを体験する。それが今日の主な目的よ」
「それ毎回、全文朗読しなきゃダメなの?」
宗太の意見を気にする素振りもなく、舞冬は堂々とした態度を崩さないまま、さらに話を進めていく。
「デートは本来、男女が二人でするものよ。でも、いきなりそれを実行するのはハードルが高い。だから、自分なりに方法を考えたわ」
「方法?」
「ーー宗太くんとデートする相手を順番に入れ替えるの。それ以外の人はそれ以外の人で交流を深めればいいんだし。こうすれば一石二鳥ね」
「俺には一石二鳥の法則当てはまらないと思うんですが」
それどころか、自分だけハードルが上がったままな気がする。
プレッシャーを感じる宗太だったが、舞冬の表情は清流を渡る船のように力強く、そして不安を感じさせない。
すると、舞冬の右隣に座っていた一千夏が、話を繋げるようにして言葉を発した。
「宗太とデートをしている間、他のメンバーは各々の交流を深める、か。後者はまるで友達と遊びに出かけているようにも聞こえるな」
「そうね。校外活動というのは表面上の理由だし、実質これは友達と過ごす休日ね」
「なるほど。では、さっきの案は採用ということで」
呆気なく決定を下されてしまう。
実際そうなると思っていたとはいえ、部長にこう言われてしまっては、もはや反論は意味を成さなかった。
「ちなみに、一人当たりの時間はどれくらいですか?」
「大体、一時間くらいかしら。あくまで今回は体験するだけだから。これがうまくいけば、次からはもっと本格的なデートをすればいいんだし」
「俺の負担がどんどん右肩上がりになっていってる気がする」
「男子は宗太くんだけなんだし、他に頼れる人がいないの。この埋め合わせは、ちゃんとデートの内容でするから」
「はあ……」
曖昧な返事をする宗太だったが、不安は別の部分にあった。
舞冬の言葉は、決して上辺だけのものではない。そこにはちゃんと中身が伴っており、彼女がそう言ったからには、きっと相応のリターンがあるのだろう。
しかしーー舞冬以外のメンバーがそれに当てはまるとは限らない。
「デートというのはよくわからないが、わたしも精いっぱい努力するつもりだ。ギャルゲーをやったのは無駄じゃないというところを見せてやるのでな」
自信たっぷりに言う一千夏。長い髪と着物姿という日本然とした姿に、周囲の席から羨望の眼差しが刺さる。
そのさらに右隣では「そ、宗太お兄ちゃんと二人でデート……?」なんて言いながら、秋衣がケーキを次々と消費していた。
「じゃあ、順番は公平にじゃんけんで決めましょう。一時間経ったら、連絡して各自合流する事。一時間っていうのはあくまで目安だから、多少なら時間を超えても平気よ」
舞冬の言葉に、全員が頷く。唯一、宗太だけは首を縦に振らなかったが、そんなのはお構いなしにじゃんけんはスタートした。
その結果、順番は舞冬、秋衣、一千夏という並びになった。
「あれ? 蔡未は参加しないのか?」
「私はメイドなので」
宗太の左の席で優雅に紅茶を飲みながら、蔡未がそう答える。
「……いや、やはりここは蔡未も参加すべきだと思う」
しかし、そこで主人であり、部長でもある一千夏が異を唱えた。
「どうしてですか?」
「部員だからに決まっているであろう。公平を期すなら、そこに参加するメンバーは立場が平等でなければならない。少なくとも、わたしはそう思う」
「……そうですか。お嬢様がそう仰るのなら」
押し切られる形で、蔡未が参加を表明する。
しかし、すでにじゃんけんは終わってしまったので、順番は一番最後に回る形となった。
「じゃあ、ここで一度、解散ね。そろそろバイキングの時間も終わりだし、お会計が済んだら宗太くんは店の前で待っててくれる?」
「えっ? その間、先輩はどこいくんですか?」
「女の子には色々と準備が必要なの。その間、宗太くんも心の準備をしていた方がいいわーー存分に楽しむ心の準備をね?」
年上っぽい物言いで、人差し指をこちらに向ける舞冬だった。
▽
数分後、再び舞冬と合流する。
特に大きく変わった印象はないが、よく見ると、前髪がさっきより整えられてるのに気づく。準備とはこういう事なのか、と宗太はあえて気づかないフリをした。
そうしてケーキバイキングの店から離れて、しばらく二人で街を歩く。
その最中、宗太の携帯にメッセージが送られてきた。
『こっちの事は私に任せて、宗太さんは存分にデートを満喫してください』
蔡未からの応援。それを見た舞冬は、
「自分もその一人だっていうのを彼女はわかっているのかしら」
もっともな意見だと思った。
流れでそうなったとはいえ、今の書き込みから察するに、蔡未はメイドとしての立場を優先するつもりなのだろう。
だが、それはそれで助かったという面もある。こんな事を思うのは失礼だとわかっていたが、デートという状況を気にしなくていいのは宗太としても気が楽だった。
「宗太くん? どうしたの、ボーッとして?」
「……あ、いえ、すみません。なんでもないです」
「そう? だったらいいんだけれど」
余計な心配をかけてしまった事に、少し罪悪感を覚える。
たとえこの状況が望んでいないものであったとしても、そこに準じている以上は投げやりであってはならない。
宗太は今一度、自分に喝を入れ、舞冬に行き先を尋ねた。
「とりあえず、最初は服を見にいくわ。この辺はメンズ物が少ないから、少し歩くことになるけれど」
「白川先輩、メンズ物とか着るんですか? なんか意外ですね」
「なに言ってるの。自分じゃなくて、宗太くんの服を見にいくのよ」
「……Why?」
横道に入り、人通りの少ない路地裏を進む。
そこから100メートルほど歩いた場所に、目的の店は存在した。
「あまり目立ってないけど、服のラインナップは結構いいのよここ」
大通りに面する形で展開されたガラスケースには、男性服を着こなすマネキンが置かれている。
帽子やアクセサリーを身に着けるその姿は、並の人間よりよほど人間らしく見えた。
「……白川先輩。俺、どうやら呪いにかかってるみたいです」
「それってどういう事?」
「オシャレレベルが100を超える店には入れない呪いです」
「意味がわからないわ。いいから、早く入りましょう。ここはまだスタート地点に過ぎないんだし」
舞冬が店に入っていく。ずっと外にいるわけにもいかないので、宗太も渋々、その後に続いた。
広々とした店内には陽気なBGMが流れ、清潔な布地のニオイが充満していた。変に芳香剤でごまかしていない分、不快感を感じずに服を選ぶ事ができる。
この辺はさすがオシャレレベルが高いだけある、と宗太はそんな上から目線な事を思った。
「で、本当に俺の服選ぶんですか? 俺、こういう店ほとんど入った事ないんですが」
「知ってるわ。宗太くん、服はネットショッピングか家族に買ってもらう派だもんね」
「どうして先輩がその事を!?」
「前にあなたが教えてくれたんじゃない。たしかあれは、まだ宗太くんと出会って間もない頃だったかしら」
「今も昔も俺のプライド、スポンジみたいにスッカスカだな!」
単に警戒心が足りないだけとも思ったが、今さら改めようとは思えなかったし、改められる気もしなかった。
「あの頃はまさか、こうして宗太くんと服を見に来るとは思わなかったけど、それは宗太くんも同じでしょ? この『今』を完ぺきに予想できる人間なんて、この世にはいないわ」
「でも、ゲームならバックジャンプで一発ですよ。違うルートにいきたいなら、戻って選択肢を変えればいいだけだし」
「ゲーム脳の宗太くんもキライじゃないけど、今は少し面倒が勝るわね」
ズバッと一刀両断されてしまう。
「……それで、こうして先輩も店にいるって事は、俺の服を一緒に選んでくれるって事でいいんですか?」
心に傷を負いながらも、話の軌道を元に戻す宗太。
「そうね。でも、自分はもう大体、決まってるから。宗太くんは、なにか気になったのはある?」
「そうですね……まだピンと来たのはないですかね。だから、とりあえずは白川先輩のオススメが聞きたいです」
舞冬は了承すると、店の中を悠然と進んでいく。
そしてハンガーのついた服を腕にかけた状態で、再び宗太のところに戻ってきた。
「前々からずっと思ってたの。宗太くんには明るめの服が似合うって」
「そういや今日会った時も、そんな感じの事言ってませんでしたっけ」
『……服のチョイスは中々いいと思う。でも、色合いをもう少し明るめにした方がいいかもしれないわね』
今朝の舞冬の言葉。
あれは単にファッションチェックの一環だと思っていたが、以前から舞冬はそんな思惑をずっと抱いていたらしい。
宗太自身にこだわりはないため、今日の黒めの色合いの服も、特に意識したものではなかった。
「だけど、それは未だ未確定の情報とも言えるの。だからーーそれが正しいのかどうか、今から確かめさせてもらうわ」
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