第27話 舞冬とのデート

舞冬から服を受け取り、試着室へと向かう。


カーテンを閉めると、受け取った服を出っ張りにかけ、あらためてそれを遠目から眺めた。



「……いや、さすがにこれは派手すぎなのでは?」


「着替え終わったら言ってね、ここで待ってるから」


「はい、わかりました。……って、白川先輩!? もしかしてそこにいるんですか!?」


「当たり前じゃない。自分は宗太くんの付き添いなのよ?」



カーテンを隔てた先で、舞冬が平然とそう答える。


もしこれが逆だったとしたら、舞冬はどんな反応をしたのだろう。そんな仮定を頭に浮かべながら、宗太は服を脱いでいく。


数分後。



「着替え終わりました」


「開けてもいいかしら?」



宗太の「どうぞ」という返事を受け、舞冬が試着室のカーテンを開ける。


すると、開口一番。



「……やっぱりね。自分の目に狂いはなかったわ」



そう言って、舞冬が誇らしげな顔を浮かべる。


一方の宗太は。



「……いや、やっぱり派手すぎなのでは?」



白のTシャツに、上着には赤と黒のストライプのパーカー。


ズボンも真っ黒から、若干緑の入ったスキニーにチェンジしている。今まで試したことのない組み合わせのファッション。


困った事に、自分では似合っているかどうかも判断できない



「宗太くんは細身だから、そういう格好の方が似合うと思うわ。特に注目してほしいのは上着ね」


「パーカーですか。一応、何着かは持ってますけど、こんな色を着るのは初めてです」


「パーカーは女子的に無いと思われがちだけど、そうでもないの。着方さえ注意すれば、立派なファッションとして十分通用する。ポケットに手を入れてみて?」


「こうですか?」



舞冬に言われるがまま、上着の両ポケットに手を入れる。



「いいわね。年相応の男の子っぽくて、自分的には百点満点よ」


「逆に言うと、それって子供っぽいって事になりません?」


「子供でいいのよ。宗太くんは達観しすぎてるきらいがあるから、それくらいがちょうどいいの」


「そういうものですかね」



訝しむ宗太だったが、その感想が本気だという事はなんとなく理解していた。


サイズがこうもピッタリなのも、いざ着てみると拒絶感がないのも。普段から舞冬が宗太を気にかけているからこそ、できる事なのだ。



「どうする? その服で決めちゃっていい?」


「……そうですね。最初は少し違和感ありましたけど、だんだんそれも無くなってきたのでこれにしようかと思います。他に気になるのもないですし」


「そう。じゃあ、その格好のままお会計しましょう。どうせこの後、着ていくんだし」


「わかりました」



脱いだ服を脇にかかえ、レジへと向かう。


ついていたタグ類を切り取られ、バーコードを通す音が店内に反響する。Tシャツ、上着、ズボンの計3点。


しめて、12800円。



「15000円からでお願いします」



舞冬が会計を済ませ、もらった紙袋に元々着ていた服を入れる。


店を出た瞬間。大通りを歩く人の波を見ながら、今まで沈黙をつらぬいていた宗太は。



「いや、なに普通にお金出してるんですか!?」



ゲームのラグのように、ツッコミが遅れてやってきた。



「そもそも、服を見にいきたいって言ったのはこっちじゃない。それに宗太くんが付き合ってくれたんだから、買ってあげるのは当然よ」


「それにしては値段が先輩後輩の域を越えてません?」


「これはデートなんだからそういう事もあるわ。こういう時は、素直に厚意に甘えるべきよ」


「どっちかと言うと、それ立場逆ですよね。いいから、会計分のお金受け取ってください」



さっきのケーキバイキングの時も、舞冬だけ通常料金を払ったことに他のメンバーは微妙に納得していなかった。


その出来事を経た上での、今のこの状況。金額ももちろんだが、そうしてもらう理由がそもそも見当たらない。


舞冬にお金を渡すと、宗太は自分の財布の中身をあらためて確認する。



「大丈夫? 財布の中、だいぶ風通し良くなってない?」


「いえ平気です全く問題ありません」


「でも、まだ他もあるんだし、ここで金欠になるわけにはいかないでしょ。ひとまず、今回は端数分だけもらうわね」



舞冬は受け取った紙幣から、千円だけを抜き取る。


そして財布から出した200円とともに、残りのお金を再び宗太の手に戻した。



「ここまで端数キッチリにしなくていいのでは」


「お金のやり取りは、やるならキッチリすべよ。別に宗太くんのためとかじゃないんだから」


「ゲームで覚えた事を実践するのはいいですが、それはツンデレとは少し違うと思いますよ」


「……宗太くんはなんでもお見通しね。今度やる時は、もう少し頭の中でシミュレーションを重ねてからにするわ」


「そのストイックさは俺も見習いたいです。とにかく、お金はまた後日にちゃんと返しますね」



さりげなく言質を残しておく。


いくら先輩後輩であろうと、一方的になにかしてもらうのはバツが悪い。


それに、これはデートなのだ。一方的に与えてもらうのではなく、二人が平等に楽しめなければ、それは別のなにかになってしまう。


話を終え、舞冬が再び先導する。新調した服の動きやすさに驚きながら、宗太はその後をついていった。







春の陽射しが照りつける真昼間。


人の流れに沿うようにしばらく歩いていると、舞冬が唐突に言った。



「宗太くんって、ゲームショップとかよく行く方?」


「俺にその質問は愚問ですね」


「そうよね。だったら、いい場所があるの」



そう言って、舞冬が向かった先は。



「ここよ」



通り沿いにあるにも関わらず、あまり活気のない店内。


おまけに自動ドアもなく、開け放たれた入り口からは店内が丸見えだった。



「な……なんだこの楽園みたいな場所は!?」



だが、宗太は中の光景に目を奪われる。


その理由はーー。



「ゲームショップよ。自分も前来た時に、たまたま見つけたんだけどね」



奥行き20メートルほどの店内には、棚にゲームが隙間なく並べられていた。


そして、その一つ一つに『中古』と書かれたラベルが貼ってある。



「こ、これは『友達計画』の限定版……!? 今はどこも売ってないのに、まさかこんなところでお目にかかれるなんて……!」


「なんだか箱が大きいわね。中にはなにが入ってるの?」


「ゲームと三枚組のサントラです」


「へぇ、音楽だけでそれだけ枚数使ってるんだ。ずいぶん力が入ってるのね」



パッケージを見ながら、舞冬が粛々と感心する。



「見てください、こっちは『新入生』の初回生産版です。パッケージのイラストが通常版とは違うんですよね、こっちは翔子が一人で映ってるんですよ」


「当たり前のように名前出てきたけど、その子は誰なの?」


「攻略キャラの一人です」


「そうなんだ。ギャルゲーの世界もポジション争いが苛烈なのね」


「今のはそういった話ではないんですが」



そんな話をしている最中でも、つい目移りしてしまう。


まるで宝を吟味するかのように、宗太は端から端まで商品に目を通していった。



「どう? 宗太くんのお気に召したかしら」


「お気に召すどころの話じゃないです。ここは今日から俺の第二のホームですよ」


「ならよかった。これで最初の言葉も無事、実行できたみたいでなによりだわ」



安心したように、舞冬は表情を緩める。



「最初の言葉?」


「存分に楽しむ心の準備をしておいて、って言ったでしょ。けど正直、さっきまで自信がなかったの。服を買ってあげるって目的は上手くいかなかったわけだし」


「それは、まぁ……一方的に買ってもらうのはなんか違うと思っただけです。でも、今は本当に楽しんでるので」


「本当?」


「本当ですよ」



その言葉に自信を取り戻した舞冬は、宗太と同じようにして、気になる商品を片っ端から確認していく。


単純な興味心と、あとは勉強の一環。部の活動のためとはいえ、女子がギャルゲーを物色する光景というのは中々見れるものではない。


ーーそして、そんな時間がしばらく続き。



「そろそろ一時間経つわね。とりあえず、みんなと一度合流しないといけないわ」


「……」


「ねぇ、宗太くん? こっちの声聞こえてる?」


「今はこんなところでお金を使うわけにはいかない……しかし、仮に後日買いに来るとしても、果たして商品が残ってるのか? 答えは誰にもわからない。そう、それは神でさえ……」


「これはダメなやつね」



完全に自分の世界に入ってしまっていた。

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