第24話 初めての課外活動 その1
そしてーー約束のゴールデンウィーク二日目。宗太は駅の改札前で、他のメンバーが来るのを待っていた。
腕時計を確認すると、約束の時間まではまだ余裕がある。
「さすがに早く来すぎたか……まぁ、遅れるよりかは全然いいもんな」
朝の11時というと、普段の休みならまだ余裕で寝てる時間だった。
しかも、今はその20分前。こんなにも早く持ち合わせ場所に着いてしまったのは、家にいてもやる事がなかったからだ。
ゲームをするには時間が足りないし、ゆっくりしようにも気持ちが落ち着かない。
そんな感じでリビングでソワソワしてると、家族に怪しまれたのでさっさと家を出るしかなかった。
「まぁ、来てしまったものは仕方ない。皆が来るまで、のんびり待つとするか」
壁に背をつけ、携帯を開く。
部のグループメッセージに直近の書き込みはない。
部員同士のやり取りを円滑にするためにグループを作ってみたはいいが、どうにも用途を間違えている気がしてならない。
メッセージ欄に並んでるのはテスト用に送った文章くらいで、しかも、『一家に一人メイドはいかかですか?』なんていうスパムじみたのもある。犯人はもちろん、蔡未である。
「まずメイドっていうのが一市民にとって普通じゃないんだよな」
そんな事をつぶやきながら、何気なしにふと空を見上げた。
千切れ雲が漂う群青色の空。まるで成層圏まで見えそうなくらい、その澄んだ青はどこまでも広がっていた。
「インドア派にこの天気はツラいものがあるな……。まぁ、雨なら雨で出かける気失せるけど」
「……うん。特にこの時期の雨は、湿気が多くて気分まで沈んじゃうもんね」
「そうだな……って、うぉっ!? 秋衣ちゃん!? いつの間にいたんだ!?」
白のワンピースに身を包んだ秋衣が、いつの間にか隣に立っていた。
驚きのあまり体をビクつかせる宗太だったが、相手が秋衣だとわかると態度を軟化させる。
「おはよう、宗太お兄ちゃん。ずいぶん来るの早いね?」
「あ、うん。家にいてもやる事なくてな……ていうか、秋衣ちゃんの方はどうしてこんな早くに?」
「あいも大体同じ理由……かな。でも、まさか宗太お兄ちゃんが先に待ってるとは思わなかったけど」
「先にって事は、来たのは今さっきなのか?」
「宗太お兄ちゃんが『さすがに早く来すぎたか』って言ってた辺り?」
「わりと前から来てたね!? 俺、そんな事は知らずにめちゃくちゃ独り言言ってたけど!?」
「……あいは、メイドが普通になる世の中がやってきてほしいって思う……かな。そしたら、ずっと家でごろごろできるから」
「さっきの独り言に反応しなくていいから! あと、それはただのダメ人間だからあまりオススメしないぞ!」
秋衣は目元を隠すように、白のハットを深くかぶる。
頭の先から下まで、純白で包まれたファッション。まるでさっき見ていた雲のように、その見た目はどこか距離感がつかみにくい印象を感じさせた。
「……それにしても、本当にいきなりだよね」
「いきなりって?」
「今日のお出かけ。一応、部の活動って事にはなってるけど……まさか、宗太お兄ちゃんとこうして出かけることになるなんて思わなかった」
「それを言ったら、秋衣ちゃんと同じ部っていうのも未だに信じられないけどな。本当は再会したのをもっと喜ぶべきなんだろうけど」
「そんなヒマもないくらいドタバタしてたもんね」
「迷惑じゃなかったか?」
「ううん、全然」
秋衣は首を小さく横に振る。
「最初の目的は、宗太お兄ちゃんに会う事だったけど……部に入りたいと思ったのは自分の意思だから。普段はやらないようなジャンルだったけど、実際やってみるとギャルゲーっていいなって思えたよ」
「そういや元々、ゲームとかしてたんだっけ。どんなのをやったりしてるんだ?」
「えっと……こういうの、かな」
そう言って、秋衣が携帯画面を見せてくる。
表示されていたのは、デフォルメされたモンスター。周りにはエフェクトがひしめきあっており、装飾過多と言っても相違ない光景が広がっていた。
「これソシャゲってやつか?」
「うん。で、これは最高レアのモンスター……これを出すのに、だいぶ課金した」
話には聞いたことはあるが、実際やってみた事は一度もない。
しかし、闇が深そうなのは今の秋衣の言葉でなんとなく察した。
「普段はPCで音楽聴きながら、クエストを消化したりしてる。でも……最近は少しマンネリも感じてた。だから、新しい趣味ができてうれしいの」
「そう言ってくれるなら、俺も勧めた甲斐があったよ」
「宗太お兄ちゃんも、家でゲームしてるんだよね? ゲーム機、本当にあいが持って帰ってよかったの?」
「あれは少し古い型だから大丈夫だ。押入れで眠るだけだったゲーム機が、こうしてまた陽の目を見るのは持ち主としても嬉しいからな」
ゴールデンウィークの間、普段の活動ができなくなる事を踏まえ、宗太は部のメンバーにゲーム機の持ち帰りを提案をした。
だが結局、それを承諾したのは秋衣だけだった。リビングにしかテレビがない舞冬、そして家に持って帰るとなにもかもバレてしまう一千夏と蔡未。
そんなありふれた理由と爆弾じみた理由を前に、満面の笑みでゲーム機を持って帰った秋衣。
たったそれだけの事が、宗太にとってはなにより喜ばしかった。ネットオークションで、自分がずっと大事にしていた物が売れた時の感覚に近いかもしれない。
「うん。おかげで、昨日はずっとプレイしっぱなしだった……。新調したヘッドフォンも、音楽を聴くだけの役割から解放されてきっと喜んでると思う」
「でも、俺が想像してたよりガッツリゲーム趣味で驚いたよ。小さい頃は、三人でいつも絵とか描いてた気がするし」
「そうだね。お絵描きに、かくれんぼにトランプ……みんなインドアだったから、そんな遊びばかりしてたよね。あの頃は楽しかったなぁ、すごく」
「まぁ、俺達も年相応に子供だったって事だな」
そう結論づける宗太に、秋衣は空を見上げて。
「うん。ーーあの頃は、まだ子供だった。あいは人見知りの女の子で、宗太お兄ちゃんは優しい男の子で。だけど、今は……少し違う」
「違う?」
「ゲームに課金だってするし、こうしてお出かけのためにオシャレしたりもする。だからね……あいはもう、女の子じゃなくなったの。一人の女子として、こうして宗太お兄ちゃんと再会した」
「あ、秋衣ちゃん?」
「ねぇ、宗太お兄ちゃんはまだ優しい男の子のまま? それともーー」
秋衣は宗太の方に視線を移す。
それは、まるでなにもかもを見通すような妖艶さをまとった瞳だった。
「久しぶりに会った年下の子に、少しドキッとするような年相応の男子……なのかな」
グイっと、こちらに体を近づける。
ほんのりと朱に染まる頬。どこか幼さの残る整った顔立ちが、すぐ目の前に迫る。
宗太はなにか言葉を発しようとしてーー
「おっはーなのだ、二人とも」
下駄を鳴らしながらそんな挨拶をする一千夏に、意識を全部持っていかれた。
「……む? なぜか一瞬、時間が止まったような気がしたが、今の挨拶はどこかおかしかっただろうか?」
心配になったのか、一千夏がそうぼやく。
宗太はフォローしようと試みるが、それより先にフォローを入れる有能なメイドがそこにはいた。
「いえ、なにもおかしくありません。おっはーというのは、老若男女問わず愛される言葉……ゆえに、出会い頭の挨拶としてこれ以上の正解はありません」
「そうか。少し不安だったが、蔡未が言うなら間違いないな」
「その解答間違いだらけだから今すぐ破り捨てて!」
とっさに宗太がそう指摘する。
「お、おっはー……」
「秋衣ちゃんも無理して合わせなくていいからっ。これはいつもみたいにメイドがやらかしただけだ、お前も鳳さんに適当な事教えてんじゃねーよっ」
「メイドというのは、何事も完璧でなければいけません。それを憶測だけでやらかしたなどと言われては、こちらとしても心外です」
「実際やらかしてるんだから仕方ないだろ!」
合流して早々、説教のようになってしまった。
秋衣はすでに体を離れていたが、そんな事実は最初から無かったかのように今は騒がしさが渋滞している。さっきから、こちらを訝しげに見る通行人の視線が痛くてたまらない。
「よくわからないが……ようするに、『おっはー』というのは挨拶としては相応しくないという事か?」
「いや、意味としては合ってるんだけど、単に時代にそぐわないというかーー」
と、そこで不意に宗太の言葉が止まる。
まるで解けない数式に立ち向かうかのように、眉根を寄せる一千夏。
いつもの制服姿なら、その光景は見慣れたものだったがーー今の彼女の格好は、その見え方すらも大きく変えるもので。
「うん? どうした、そんなに見つめて?」
「……着物」
見たままの感想が、自然と口からこぼれ出る。
「ああ、わたしはよそ行きの服はこれくらいしか持ってないのだ。そういえば、最初に会った時もこの着物だったな……どうだ、懐かしいだろう?」
「……」
「宗太?」
「はっ」
一瞬、意識が飛んでいた。
宗太はあわてて頭を振る。しかし、体の熱は取れないまま、どこかふわふわとした感覚だけが残っていた。
「ふむ。宗太も黙ってしまうし結局、なにが正解なのかわからずじまいと来た。この場合、わたしはどうすればよかったのだ?」
「もしかすると、これは宗太さんからの試練なのかもしれません。ここまでギャルゲーをプレイしてきたお嬢様になら、答えがわかるだろうという」
「なるほど、つまり挨拶した後に鼻フックすればよかったのだな」
「それ現実でやったら確実にヤバいやつ扱いされるからな」
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