第23話 指南役の苦難 その3
そんなやり取りを経て、しばらく各々の活動に専念する。
顧問はいない、おまけにやっている事がゲームとなると、果たしてこれを活動と呼んでいいのか微妙なところではあった。
(まぁ、やってる当人たちは楽しそうだし、今はそれでいっか)
現実から目を背け、宗太は不安をポジティブで上書きした。
若干、蔡未の影響もあるのかもしれない。認めたくない気持ちはあるが。
「あら? 気づけばもうこんな時間なのね」
壁時計を見ながら、舞冬がヘッドフォンを外す。
頭を軽く振ると、押しつぶされていた頭頂部の髪が、やがて元の流麗さを取り戻していった。まるで、レースを終えたF1選手のように。
「ずいぶん没頭してましたね。選択肢も先輩が全部選んでましたし、俺途中から完全にいらない子になってましたよ」
「最初に言ったでしょ、いる意味はあるって。自分はこうもゲームに集中できたのは、宗太くんがいてくれたおかげなんだから」
「そ、そうですか。それはなんか……ありがとうございます」
つい感謝の言葉を述べてしまう。
「ところで今この場面なんだけど、これって全体で言うとどの辺かしら?」
「そこは……もう終盤辺りですね」
「えっ、そうなの?」
「共通ルートの終盤です」
「それって、まだまだ先は長いって事?」
「そうですね。でもまぁ、ストーリー重視のゲームはそういうものなので」
一瞬、疲れた顔をする舞冬。
だが、それはすぐにやる気のある表情へと変換された。本の分厚さに度肝を抜かれながらも、それでもページをめくる手を止められない。
そんな『ハマってしまった』人間の一人に、彼女も無事なったのだった。
「今すぐ続きをプレイしたいって顔ですね」
「そうね。疲れたのは確かだけど、今は純粋に続きが気になってるわ。でも、ゴールデンウィーク中はできないのよね」
「焦らされてからやるゲームっていうのも、またオツだと思いますよ」
「宗太くんってMだったの?」
「そういう事ではない」
舞冬に鋭いツッコミを入れる。
「でも、やっぱり全くプレイできないっていうのは問題ね。このモチベーションを保つのに、なにか良い方法はないかしら?」
「どうしてもやりたいなら、別に家持って帰ってもいいですけど」
「それは無理ね」
「どうしてですか?」
「うち、リビング以外にテレビがないの」
「ああ、なるほど……」
家族に見られるリスクを考えると、その方法は却下せざるを得ない。
しかし、そこで舞冬が思いついたように。
「そうだ。ならその代わりに、宗太くんが付き合うっていうのはどう?」
「付き合う?」
「お出かけーーようするにデートってやつに、よ」
「……へ? デート?」
話が飛躍し、動揺を隠せない宗太。
「この部って、普通ってやつを知るために活動してるんでしょ? ならその延長として、そういった事もしてみたらいいんじゃないかなって」
「だとしても、それでデートっていうのはどう考えてもおかしい気がするんですが」
「生まれてこの方、自分はそういうのをした事がないの。だから、一人の女子として普通にデートがしてみたい。それとも、宗太くんは出かけるのは反対?」
「別に反対とかではないですが……」
ここは本来、蔡未が一千夏のために設立した部だが、最近は少し毛色が変わってきた。
理由は単純に、部員が増えたからだ。
同好会扱いの頃ならまだよかった。しかし、こうして地盤が固まってしまった以上は、活動内容を1ランク上に引き上げる必要があるのかもしれない。
「それに、活動報告しないと部費も出せないわよ。ゲームだけじゃ、さすがに擁護するのは難しいから」
「部費か……別に部費使うほど大きな活動してないしなぁ。ここにあるのも、ほとんど私物だし」
「いえ、それは違います宗太さん」
蔡未が一歩前に出て発言する。
「違う?」
「この部室に置いてあるものは、たしかにお金がかかってません。ですが、自由に使えるお金というのはあって困るものではないですから。資金難に陥ってからでは遅いのです」
「メイドがそれ言うと違和感しかないな」
仮にも良家に仕えているのに、かなり慎重な考えだった。納得はできるので、否定したりはしないが。
「じゃあ、決まりって事でいいかしら。顧問の先生と活動報告さえちゃんとすれば、部費も出てすべて丸く収まるわ」
「……でもデートって、つまりは先輩と二人きりって事ですよね?」
「? いえ、違うわよ?」
予想に反して、舞冬がそう否定する。
「え、じゃあ俺は誰とデートすればいいんですか?」
「逆に聞くけど、宗太くんは誰とデートしたいの?」
「なにそのルート分岐みたいな質問」
「単純に気になっただけよ。でも……そうね。その質問をするには、まだこっちの覚悟が足りてない感じかしら。時間はあるし、ここは急がず堅実にいきましょう」
「いや、それ以前に説明が色々と足りてないんですが」
舞冬は時折、今のように意図のわからない質問をする時がある。
宗太自身はそれを特に気にした事はない。
……が、そこにどんな意味が込められてるのか。いつかそれがわかる日が来るのかもしれないという、淡い希望を持っているのもたしかだった。
「まぁ、今の話はともかくとして。活動としてのデートをするって事なら、その相手は部のメンバー以外にいないでしょ?」
「というと……つまり、どういう事ですか?」
「あなたはここにいる四人全員とデートするの」
「マジかよ」
予想はできていたが実際、言葉に出されるとためらってしまう。
「そんなに構える必要はないわ。デートと言っても、ただ街で普通に買い物するだけだし」
「でも俺、デートの経験ほぼ無いに等しいですよ」
「その辺は気にしなくていいわ。プランはこっちが考えるから、宗太くんは大船に乗ったつもりで当日が来るのを待ってなさい」
「それ、どっちかと言うと男側が言うセリフだと思うんですが」
「別に女性側が言ったっていいじゃない。まぁでも、最終的な判断は部長に任せることにするわ」
「え、部長?」
宗太が小首をかしげる。
すっかり頭から抜け落ちていたが、仮にも部である以上、それをまとめ上げる部長は必要不可欠だ。
だが、そんな話は今までした事がない。なので、誰が部長なのか早急に決める必要があった。
「……うん? どうした、二人揃ってわたしの顔を見て?」
「それはあなたが部長だからよ鳳さん」
「俺は先輩の視線を追っただけで……って、えっ!? そうだったのか!?」
唐突に明かされた事実に、宗太が驚きの声を上げる。
「もしかして知らなかったの?」
「知りませんよっ。今までそんな話、一度も出てこなかったし……というか、先輩はいつ知ったんですか?」
「部の申請書に書いてあったわよ。部長、鳳一千夏って」
「またお前の仕業かメイドォ!!!」
蔡未は自分の頭をこつん、と小突いて『てへっ☆』のポーズをした。
可愛いのは否定しないが、イラッとしたのも確かだった。反省なんてものは、このメイドにはハナから存在していないらしい。
「でも、この部のそもそものきっかけは鳳さんみたいだし、適任と言えば適任ね。それで、どうするの? デートの案は?」
一千夏は少し考えた後。
「……まー、別に良いのではないか? なにより、わたしもその案には興味がある」
いとも簡単に可決されてしまう。
「じゃあ、部長の決定も出たことだし、ひとまず決まりね。さっきも言った通り、行き先なんかはこっちが決めておくから」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。いくにしても、それっていつですか? 俺にも心の準備というものが……」
「明日か明後日」
「準備もなにもあったもんじゃねぇ!」
そして採決の結果、いくのは明後日という事になった。
初めての外での部活。だが、その中心である宗太は、当日の予定を立てる女子たちを前にただ立ち尽くすしかなかった。多数決の敗北である。
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