第22話 指南役の苦難 その2

「……だめだ……。わたしにはもう、どうすることもできない……」


「諦めてはいけませんお嬢様。ここを突破すれば、きっと人間的にも一皮むけるはずです。いわば正念場というやつです」


「……なにこの状況?」



宗太は訝しんだ目で、蔡未と一千夏を見る。


なにやら問題が発生したようだが、パッと見ただけではポジティブなメイドが主を奮起させようとしているようにしか思えなかった。



「宗太さん。いえ、ここに来て、お嬢様が大きな壁に阻まれてしまったようでして。すみませんが、そちらからも激励の言葉をお願いできないでしょうか?」


「それ以前に、状況がイマイチよくわからないんだが」


「妹です」



机を中心に、一千夏たちの場所までぐるっと回り込む。


机に額をくっつけている一千夏に、宗太は声をかけた。すると。



「……妹が。妹という存在が、わたしの心をどんどん破壊していく……」


「なにかのウィルスかそれは?」



ブラウン管には、一千夏がプレイしているゲームが映し出されていた。


しかし、どうも様子がおかしい。画面を眺めたまま、宗太は確信を得た顔で。



「……もしかして、トゥルーに入ったのか?」


「トゥルー、というのは?」



隣に立つ蔡未が、宗太にクエスチョンをぶつける。



「ああ、このゲームの……いわば集大成となるルートのことだ。しかし、攻略も無しによく見つけ出したな」


「……あらゆる可能性を汲み取り、その中から答えを見つけ出すのがギャルゲーだと宗太が言ってたからな」



一千夏がゆっくりと顔を上げる。机に頭をぶつけた衝撃で、その額は少し赤みがかっていた。



「だとしても、まさかたどり着くとは思わなかった。二作目にして、ほとんど鳳さんの力だけでクリアしてるし。大した初心者だよ、いやホントに」


「そ、そうだろうか? そう言われて悪い気はしないが」


(あまりにチョロすぎる)



過去にやったゲームの記憶を、今一度思い起こす。


このゲームのトゥルー。そのルートでは、とある個人に問題のある要素を多分に含んでいた。


そう、それは。



「しかし、がんばって入ったルートが、まさかここまで妹尽くしだったとは。明らかにお嬢様を狙ってきてますね、色んな意味で」


「ここまで来るのに、たくさんのヒロインを攻略した。一番苦戦しそうだったメインヒロインの有希も、進めていくうちにどんどん好きになっていった。恋が成就した瞬間なんて、感極まって泣いてしまったくらいだ」



残酷な真実を知ってしまったかのように、一千夏は重々しく言葉を重ねていく。



「それだけ聞くと、普通にギャルゲーライフ謳歌してるようにしか思えないけどな」


「楽しかったのはたしかだが、今回はどうしても看過できない。ただの妹系ならよかった……だが、本物の妹が出てきてしまってはどうしようもない! 完全にお手上げだ!」


「本物じゃなくて、義理の妹だが」


「どちらも意味としては同じだ」


「ええ……」



とんでもない暴論を突きつけられてしまう。



「しかし、さっきの宗太さんの口ぶりから察するに、これをクリアしないと本当の意味でゲームをクリアしたとは言えないようですね」


「ぐぐぐ……やはり進めるしかないのか。いや、しかし……」


「『普通』を知るために、お嬢様はギャルゲーをやってるのではないですか? ならここが踏ん張りどころです。この機会に、二次元だけでいいので妹を好きになってみましょう」


「二次元だけでいい……そう、二次元だけで……」



自らを鼓舞するように、一千夏は同じ言葉を繰り返す。


そして重々しい動作で、再びコントローラを手に取る。その表情からは、SOSサインが絶えず見え隠れしていた。



「……正直、心配だが……俺は俺でやるべき事をやらないとな」



机をさっきとは逆向きに外周し、舞冬のところまで戻ってくる。


いつの間にかヘッドフォンを装着していた舞冬は、ゲームの序盤をプレイしている最中だった。



「どうです白川先輩……って、ヘッドフォンつけてるから聞こえないか。これもしかして、俺いる必要ないんじゃ?」


「いえ、あるわ」


「うわっ、なんだ!? こっちの声聞こえないと思ってたのに」


「聞こえるわよ。そこまで音量大きくしてないから」



たじろぐ宗太に、舞冬はあっけらかんと答える。



「でも普通、ヘッドフォンしてたら周りの音聞こえないですよね? しかも、それ高いやつだし……」


「ああ、ノイズキャンセリングってやつ? たしかに聞こえづらくはなるけど、音を聞き分けるくらい造作もないから」


「なにその特殊部隊に備わってるスキルみたいなの」


「特殊部隊、か。そうね……もしかしたら、そういう道もあったのかもしれないわね。今こうしている事に、自分は感謝すべきなのかもしれないわ」


「先輩が言うと、わりとマジで冗談に聞こえないです」



モニターに映っているのはゲームの一場面。


ごく普通の学園生活を送りながら、主人公が様々なヒロインと出会っていく。まさに序盤も序盤といった感じの、いわゆる共通パートと言われる場面。



「しかし、宗太くんがこういうゲームをプレイしてるって思うと、どうにも解せないわね」


「解せない?」


「あなたは今まさに高校生じゃない? それなのに、こういったゲームに全力を注ぐのは理にかなってないと思っただけよ」


「いや、俺の場合は理にかなってるんです」


「そうなの?」



舞冬が興味深そうに、宗太の顔を見る。



「他人からすれば、しょうもない理由ですけどね。けど今はもう、ゲームが自分の一部みたいになってます。だから後悔は無いですよ」


「……そう。あなたがそう言うなら、それが正解なんだろうけど」



今の話で、舞冬がなにかを察したのは間違いないだろう。


だが、これは私的な理由にもほどがある。墓まで持っていく気は更々無いが、それを言うのは少なくとも今ではなかった。



「……そういえば、合宿って本当にできるものなんですか? やるかどうかは別として」



話を切り替えるために、そんな素朴な疑問をぶつけてみる。



「承認が降りたらね。でも、今のこの部にそれは不可能よ」


「不可能?」


「だって、顧問がいないじゃない」



まさかの方向からカウンターが飛んできた。



「……部員が五人集まったらそれでオッケーじゃなかったんですか?」


「それも部として認められる条件の一つよ。でも顧問の先生がいないと、活動もなにもないでしょ?」



宗太は困惑する。


目の前の事だけに集中していて、同じくらい重要な事を完全に見落としていた。



「ていうか、先輩はそれを知ってた上で部に入ったんですか?」


「そうよ。けど、この件は休み明けまでにはなんとかするから安心して構わないわ」



頼もしい言葉だったが、そこまで頭が回らなかったことに情けなさを感じてしまう。


と同時に、もう一つ気になった事があった。



「……なぁ蔡未」


「はい? なんでしょうか?」



向かいに立っていた蔡未が、宗太の方を向く。



「お前、部には顧問の先生がいないとダメって知ってたのか?」


「はい、もちろん知ってました。でも、その辺は後でいくらでもどうにかなると思いまして」


「いつもの如く、楽観的にもほどがある!」


「でも実際なんとかなりました。なら結果オーライというやつです、これも色んな方の手助けのおかげですね」


「いや、現時点ではなんとかなってないけどな」

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