第21話 指南役の苦難 その1

宗太たちのいる学校では、月に1、2回の頻度で全校集会がおこなわれる。


主な内容は三つ。直近の行事の説明、生徒会からのお知らせ、そして校長先生の話。


始業式や終業式だと例外もあるが、それらに共通するのはズバリ退屈ということだった。



「……というわけで、明日からゴールデンウィークがはじまります。学年が変わって最初の大型連休となりますが、だらけすぎないよう、気を引き締めて……」



体育館の舞台上から、先生が注意喚起を促す。


気を引き締める休日ってなんだよ。早く終われ。眠い。そんな若者たちの不満を察したのか、教師がそれ以上、言葉を重ねることはなかった。


プログラムは次に、生徒会からのお知らせに移る。



(あ、白川先輩だ)



舞台袖から出てきたのは舞冬だった。いつもは他の生徒会メンバーが連絡を伝えるのだが、今日は生徒会長が直々にという事らしい。


長い髪を揺らし、舞冬は堂々たる様子で演台に立つ。


その瞬間、体育館の空気が一変した。今まで退屈以外の感情を持たなかった生徒たちが、皆一様に、舞台上に目を向けている。


舞冬はすぅ、と軽く息を吸った後、それをマイクに吹きつけるようにして。



「ーーおはようございます生徒の皆さん。生徒会長の白川舞冬です」



耳に心地いい、抑揚のある声。


ある者は耳を澄ませ、ある者は恍惚とした表情を浮かべている。



「……はぁ、今日も会長はステキだわ。あの声を録音して、目覚まし時計の代わりにしたい」


「会長の声って、不思議と眠たくならないんだよね。つい耳を傾けちゃうというか」


「俺、会長を見ると心がざわざわするんだよな。もしやこれは恋? それとも植えつけられた宗教思想?」



あちこちから聞こえる生徒の声。そのほとんどが舞冬を支持する内容だった。


圧倒的なカリスマと、それを納得させるだけのスペック。


白川舞冬という人物は、もはや学生という立場では収まらないほどに、とてつもなく大きな存在となっていた。



「明日からゴールデンウィークです。せっかくの大型連休、いつもと違う事をやるのもいいでしょう。普段できない事をするのは、一度しかない人生を華やかにする上でとても大事です」



舞冬はそう言って目を閉じると、一拍置いてから再び、まぶたをゆっくりと開いていく。



「……しかし……それはあくまで、『責任の取れる範囲で』というのが大前提です。もし悪い方に結果が出てしまえば、後悔するのは自分。そうならないためにも、やっていい事と悪い事の判断だけはできるようになりましょう。それが真の意味で、有意義な休日を過ごすという事です」


(……白川先輩がすごいマトモな事言ってる。いや、当たり前っちゃ当たり前なんだが)



これまでも会長としての一面を知る機会はあったが、今日はいつも以上に違和感を覚えてならない。


最近、部内で会話をするのが多くなったからだろうか。なら、果たしてどっちが本当の舞冬なのだろう。


きっと、その答えは舞冬自身にしかわからない。



「至急伝えなきゃいけない連絡は特にないので、自分の話は以上とさせていただきます。校長先生の話も後に控えてるので。ーー最後に」



そう前置き、舞冬は集まる生徒の顔を端から端まで見渡して。



「勉強に部活に恋愛。その三つができるのは、今この時を置いて他にありません。だからーー精いっぱい、今を生きなさい若者たち。数年後、楽しかったと笑顔で言い合えるようにね」



お辞儀をして、舞台袖に去っていく。


そして、舞冬の姿が完全に見えなくなった後。



『うおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーー!!!』



体育館を振動させる歓声、それに拍手。


「静かに!」という教師たちの声はかき消され。その衆多の声はしばらくの間、止む事はなかったという……。







「白川先輩って、もしかして人心掌握術とか習ってます?」


「いきなりなんの話?」



宗太の質問に、舞冬は首をかしげる。



「だって、今朝の全校集会ヤバかったじゃないですか。まるで街角演説でも聞いてるみたいだったし」


「演説ならあそこまでにはならないわね」


「というと?」


「政治の世界はもっと厳しいってことよ。大体、一方的な支持しかない政治家なんて、成長の余地がない。否定する側の意見も受け止め、掲げた政策の穴をできるかぎり埋めていく。それができない人間は、そもそも政治の世界に足を踏み入れるべきじゃないわ」


「いや、別に政治の世界で生きるための術を聞きたかったわけではないんですが」


「そう、残念ね。宗太くんみたいな人がやる政治っていうのも案外、興味があったのだけれど」



舞冬が開いてた冊子をぱたりと閉じる。その表紙には、ゲームのタイトルがかわいらしいフォントでデカデカと書かれていた。



「……説明書読んでるだけなのに、今の会話の流れだとまるで新書でも読んでるみたいだ」


「でも、面白い読み物なのはたしかよ。特に先輩キャラなんて最高じゃない」


「どの辺がですか?」


「本当は素直になりたいのに、中々そうはできないところとか。これがツンデレってやつね、すごく勉強になるわ」


「白川先輩も、だいぶその辺の知識がついてきたみたいですね」



舞冬が部に入って最初の日。こちらでゲームを選ぶはずが結局、今になってもその希望は叶えられていなかった。


それは指南役である宗太が、たくさんの生徒を抱えてしまっているが故の弊害。秋衣はたまに来る質問を返すだけで済むのだが、一千夏に至っては未だに目を向けていないと不安な部分がある。


しかし毎日、説明書を読んでいるだけの現状に、さすがの宗太も罪悪感を感じており。



「じゃあ、説明書読むのはそこまでにして……先輩もそろそろやってみますか?」


「合宿を?」


「なぜに合宿!? ていうか、合宿したところでなにをしろと!?」


「もちろん、ギャルゲーに決まってるじゃない」


「こうして放課後に活動するならまだしも、泊まりまでしてしまうと色々、ごまかしが効かない気が……」


「今さら、なにをどうごまかすというの? 生徒会長が同じ部にいるのに」


「まぁ、それもそうなんですが」



正論すぎて、思わず納得せざるを得ない。



「それに、たとえごまかすにしても無理よ。少しならまだしも、この部室には目立つものが多すぎるから」


「それって、ゲームとかテレビの事言ってます?」


「あと液晶モニターもね。この部屋の規模でこの大きさは、さすがに邪魔だと思うわ」


「あれ持ってきたのあんたでしょーが」



部室の長机の上には巨大ブラウン管……と背中合わせの状態で、ゲーム用モニターが新たな備品として置かれていた。


40インチ以上はあろうかという、黒の長方形。宗太の部屋に置いてあるテレビが、そのまま移動してきたようにも思える。



「ためしに頼んでみたら、譲ってくれるって言うから。でもこうして見ると、やっぱり邪魔という感想以外出てこないわね」


「そもそも、こんな大きなモニター誰がくれたんですか?」


「リサイクル部」


「やっぱりか! わりとマジで業者じゃないだろうな!?」


「それにゲーム機は宗太くん、ヘッドフォンは小鳥遊さんが用意してくれたしね。本当に手間をかけて申し訳ないわ」



舞冬がそう言うと、秋衣は勢いよく首を横に振る。


最初の頃は人見知りが発動し、舞冬と話すのをためらっていた秋衣だったが、今では多少マシになっていた。


とはいえ、完全に払拭されてはいないので、これは時間をかけてどうにかしていくしかない。舞冬が三年生である以上、その時間はあまり用意されていないのだが。



「べ、別に手間なんかじゃない……です。それに、そのヘッドフォンはもう使わないやつ、なので」


「でも、これって作り的にちゃんとしたやつじゃないの?」


「それは型が古くて、値段も高くないから。えっと、諭吉さんが……これくらい?」



そう言って計算した後、秋衣は目一杯開いた手を舞冬の方に向ける。



「そう、なら安心ね」


「いや、安心する要素なくないですか? 諭吉さん、思ったより数いましたよ?」


「そうかしら。でも、その辺は価値観の違いなのかもね」


「……なんか今、ひどい格差を目の当たりにしたような気がする」



ゲームのために、短期バイトをしてテレビを買った宗太にとって、今のやり取りは衝撃以外の何物でもなかった。


ともあれ、舞冬にとってはこれが初めてのちゃんとした活動。ゲーム機とモニターを端子で繋ぎ、電源を入れると、画面にゲーム機のロゴが表示される。



(俺のも型は古い……けど、値段だとヘッドフォンより下だからなぁ)



ゲーム機自体は最近、買い替えたので、別に古い方を持って帰る必要はない。


しかし、持ってきた時の苦労を考えると、やはり釈然としないのもたしかだった。



「いよいよ念願のギャルゲーデビューね。こんなに胸が高鳴るのはいつぶりかしら」



舞冬はモニターの前に座りながら、まるで人気店の行列にでも並んでるかのように全身をソワソワさせていた。


ーーだが。そこで不意に、強い脱力感を伴った呟きが、モニターを挟んだ向こう側から聞こえてきた。

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