第20話 スタートライン、そして本当の始まり その2

悩ましい声を出しながら、宗太はくちびるを結ぶ。


舞冬が部に入る事。それ自体に、問題は一つもない。


ただ、別の問題があるのは確かだったが。



「なにか言いたそうだけど、この考えはもう覆らないから。そのために溜まっていた生徒会の仕事も終わらせたんだし、誰にも文句は言わせないわ」


「なるほど。舞冬さんは、そんなにもこの部に興味を持ってくださったのですね」



フェードインするように、蔡未が会話に入ってくる。湯気の出るお茶をおぼんに乗せた状態で。



「ここで盛大にお茶をぶちまけるのは勘弁してくれよ。そんなテンプレなドジっ子は求めてないからな」


「宗太さんは失礼ですね。私がお茶をこぼすようなメイドに見えますか?」


「この場にメイドがいるのがそもそもおかしいんだけどな」



机に湯呑みを置く。舞冬はお礼を言って、熱々のお茶を躊躇なく口に含んだ。



「……あれ? このお茶、前来た時と味違うわね」


「蒸す時間を少し変えてみました。前の時は比較的、早く飲みきっておられたので、舞冬さんはもう少し濃い方がお好きなのかなと」


「正解よ。さすがメイドね、その観察力は素直に感服するわ」


「お褒めの言葉ありがとうございます」



ペコリ、と丁寧なお辞儀。



「なにほっこりした空間作ってるんですか。まださっきの話終わってませんよ」


「人生はね、メリハリをしっかりつけないといけないの。それは褒め言葉一つにしてもそう。賛美と叱責、その両方を受けることで、人は上に上がれるかどうかが決まるの。片方だけじゃ堕落していく一方ね」


「そうですね。叱責はいつも宗太さんにされてるので、賛美の方は舞冬さんに任せようと思います。これからも隙あらば、どんどん私を褒めてください」


「俺、お前に対して一度も怒った事ないと思うんだけど!? 呆れるのは別として!」



舞冬は椅子に座り、完全にくつろぎモードになっていた。


ずずっ、とお茶をすする音。最初の時と違い、もはや部員として居座る気満々らしい。



「案外、宗太くんは心配性だったのね」



湯呑みを両手で持ったまま、舞冬が唐突に言った。



「へ? 心配性って?」


「部に入ることで、自分が生徒会長をやめると思ってるんでしょ?」


「いや、その辺は特に心配してませんが。どうせ事前に手を打ってるんでしょうし」


「よくわかったわね。でも、完全に任せっきりってわけにもいかないし、週の半分はそっちの立場を優先するわ」


「という事は、もう半分で部の活動をするってことですか?」


「そう、ギャルゲーをね」



言おうとしていた言葉を先に取られてしまう。



「部員になる以上、そこも理解してるわ。この部の主な活動は、ギャルゲーをプレイする事。それをわかった上で、部に入りたいって言ってるの。他になにか言いたいことはあるかしら?」


「……いえ、ないです」



そう答えるしかなかった。


逃げ道をふさがれてしまったとはまさにこの事。これでは、否定するこっちが悪者みたいになってしまう。


宗太は最後にもう一度、確認するように。



「白川先輩は……ギャルゲーに興味があるんですか?」


「ええ、もちろん。そしてーーこの部にいる全員に興味があるわ。あなたも含めてね」



強い意思を宿した瞳。


決して揺らぐことのない、蔡未の強い言葉に、宗太は押し黙るしかなかった。



「しかし、これでようやく部員が揃いましたね。条件を満たしたことで部室を明け渡すこともなくなりましたし、これで宗太さんも安心して部活に専念できるのでは?」



蔡未の言葉に、素直に頷くことができない。


一千夏にギャルゲーを教えていたつもりが、それだけでは済まないレベルにまで状況は移り変わっている。


特に一千夏にとっては、これは非常事態以外の何物でもないだろう。


それなのに。



「ぬ? なんだ、今日も来てたのか?」


「こんにちは鳳さん。今日から部の一員になったから、これからよろしくね」


「そうなのか。では、まず宗太にやるゲームを選んでもらうといい。幼なじみものから先輩後輩もの、色んなジャンルがあるぞ」


「ええ、わかったわ。そういう事だから宗太くん、ゲームを選んでもらえる?」


「俺が言うのもアレだけど、君たち順応性高すぎない?」



もはや当然のように部員として馴染んでいた。


と、そこで今の今まで携帯ゲームにいそしんでいた秋衣が言葉を発する。



「……宗太お兄ちゃん。少し訊きたい事があるんだけど、いい?」


「ああ、どうしたんだ?」



常識人(と思われる人物)の登場に、宗太は心を躍らせた。


だが。



「えっとね、ここなんだけど……自分の息子ってどういう意味? 男の人は全員、息子がいるものなの?」


「くそっ、純真無垢だとそれすらも疑問になるのか!」



頭を抱える宗太に、舞冬がイタズラっぽい表情を向けてくる。



「指南役としての力量を試される場面ね。自分も是非、無駄がなくてわかりやすい宗太くんの説明が聞きたいわ」


「なら白川先輩がお手本見せてくださいよ、生徒会長なんですから」


「ここにいる時はただの白川舞冬だから」



ぐぬぬ、と歯噛みをする。


これこそが別の問題。舞冬というひときわ大きな存在が加わることで、この均衡が崩れてしまうのではないかーーと。



「……また新しい尾ひれつくかなぁ、これ」


「噂をされるのは、それだけ他人から気にされているという事でもあります。それに振り回されるかどうかは当人次第ですよ」


「お前は相変わらずポジティブだな」



しかし、そもそも最初から大して均衡でもなかった。そんな事実に今になって気づいてしまう。


とにもかくにも、思う事は一つだった。



(やっぱり、人生ってのはうまくいかない)



別にタイトル回収とかではない。

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