第19話 スタートライン、そして本当の始まり その1

「えっ、本当に入るの? ここ、名前詐欺にもほどがある活動しかしてないよ?」


「名前?」


「普通を知るための活動を通して、後のさらなる重要な問題に皆で取り組む部活。略してふっかつのじゅもん部」


「……ドラ〇エ? でも、ナイスなネーミングだと思う」


「マジかよ」



ふと視線を動かすと、蔡未が部屋の隅でこっちに親指を立てているのが見えた。


正直、やかましいと宗太は思った。



「活動って、こういうゲームやったりするんだよね? ならあいも、もっと色んな作品に触れてみたい……かな」



こんなに純粋な目で言われたら、どうあっても断れない。


やがて、宗太は覚悟を決めた。



「……わかった。決めたのは秋衣ちゃんだし、そこに俺が意見を挟むのもおかしいからな」


「宗太お兄ちゃんは、あいが部に入るのは反対?」


「反対というか心配なだけだ。こんな環境にいて、秋衣ちゃんの性格に影響が出たらどうしようって。良い子が段々そうじゃなくなっていくのは、間近で見せられると辛いものがあるし」


「大丈夫だよ」



秋衣はヘアピンをいじりながら、上目づかいで宗太の目を見る。



「あいは、元からそんな良い子じゃないから」



それがどんな意味を持つのか、その時の宗太にはわからなかった。


だが、昔遊んでいた相手と、こうしてまた再会する事ができた。


今はただ、その事実が素直に嬉しい。ならこれ以上、重ねる言葉はない。それもまた、予想し得ない現実というものだから。



「……こんな環境というのは、どういう意味だろうか。こうして和気あいあいとゲームをしてる環境という事か?」



首をかしげて、思い悩む一千夏だった。







その日の部活は比較的、早く切り上げた。秋衣が部に入るための手続きを優先したからだ。



「秋衣ちゃんが部員か……」



ベッドに寝そべりながら、今日の出来事を思い返す。


まさか、こんな形で秋衣と再会することになるとは思わなかった。同じ学校にいる以上、いつかは顔を合わせてたのかもしれないが、同じ部員というのは予想の範疇をはるかに超えている。



「秋衣ちゃん、昔から人見知りっぽかったしなぁ。上級生の教室に入るのは難易度高いだろうし、そうなると部室に来るしかないのか」



もしあの噂がなければ、彼女も部を訪れることはなかったのかもしれない。


だとすると、噂が流れたのは彼女にとって好機だったのだろうか。宗太からすれば、払拭したいのは変わりないが。


ベッドから起き上がり、宗太は地面に放り出されていたコントローラーを手に取る。


そして、いつものようにゲームをはじめた。一人部屋には少し大きいテレビには、彩色のまぶしいイベント絵が映っている。


だが、なぜか違和感。部室のブラウン管と比べても、明らかにキレイなはずなのに。



「……慣れってこえー」



目まぐるしく変化する身の回りの状況。こうして家でゲームしているのが、逆におかしく思えてくる。


しかし、現実はいつだって唐突。なんの前触れもなくやってきて、そして去っていくものだ。



(GW〈ゴールデンウィーク〉までにはなんとかできたらいいな……部員も、それにゲームも)



ゲームに集中しながら、カチャカチャとコントローラーをいじる。


そしてーーその願いは無事、叶う事となった。またもや予想の範疇を超える形で。







週末。GWが直前に迫る中、それは突然やってきた。



「入るわよ。あら、なんだか前よりにぎやかになってるわね」


「し、白川先輩?」



いきなりドアを開けて入ってくる舞冬。


遠慮を微塵も感じさせない立ち振る舞いだが、そもそも一時的に部室を借りてるのはこっちなので、偉そうな事は言えなかった。



「こんにちは宗太くん。どうやら部員が増えたようね、その手腕はさすがと言う他ないわ」


「いや、これはたまたまと言いますか……ていうか、生徒会長なら部員が増えたのも知ってるんじゃないんですか?」


「最近は忙しくて、部の状況なんかも把握していなかったの。でもそれもようやく終わったから、これで自信を持って宣言することができるわ」



舞冬は腰に片手を置き、通るような声で。



「自分も、この部に入ることにしたから。今日からよろしくね」


「……は?」



意味がわからず、宗太は言葉を発したまま静止する。



「言いたいことはわかるわ、どうしてこのタイミングなのかって事でしょ? それはね……自分がここ最近、忙しくしてたのが理由なの」


「いえ、俺が聞きたいのは、三年のあなたがどうして今部に入るのかって事なんですが」


「まぁ、それもあるわね」


「むしろそれしかない」



推理小説の探偵がトリックを明かす時のように、舞冬は不敵な笑みを浮かべる。



「自分はね、常々疑問だったの。どうして、生徒会長なんて立場を自分は選んだんだろうって」


「それは白川先輩が優秀だったからじゃ? 一年の頃から、その才覚は発揮されてたって、他の三年の人が言ってましたし」


「そうね、それに関しては否定しないわ。けど、それはある意味、決められたレールを進むだけだった。生徒会長に立候補したのもこうして三年連続で生徒会長になったのも、なるべくしてなった事なの」


(それを自信満々に言えるのがこの人のすごいところだよな……)



誇張も謙遜もなく、元から持った才能というものを自らの一部として受け入れる。


それができる人間は中々いない。白川舞冬という人間のすごさを、宗太はまた一つ思い知った。


でも、だからこそ。



「そんな平凡とは真逆の学生生活を送ってきたのに、どうして今になってこんな部に入ろうとするんですか?」


「……最後のわがまま。それに、こうでもしないと現状は変わらないから」


「現状?」


「そこは気にしなくていいわ。とにかく、今日から自分もこの部のメンバーだから。大学は推薦だし、その辺も心配しなくていいわよ」


「ううむ……」

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