第18話 新たな部員候補 その3
電源をつけ、ゲーム機にディスクを挿入する。
ここ数日の鍛錬(?)の甲斐もあってか、プレイは非常にスムーズだった。
オープニングはちゃんと見て、次にはじめからを選択。このゲームには名前の入力もステータスもないので、こうなればあとは読み進めるだけだった。
「……ところで一つ確認なのだが、宗太には妹がいるのか?」
「へ? ああ、うん。ひとつ下の妹がいるよ。今年、この学校に入学したんだけど、元から学校ではあまり話さないから」
「そうか。それは実にイイ事だと思う」
「へ?」
「いや、なんでもない」
それっきり、一千夏は画面から目を離さなくなった。
宗太は宙ぶらりんになった視線を、秋衣の方に向ける。あっちはあっちで順調のようだが、どうしても不安が拭えない。
一応、刺激の少ない内容にしたつもりだが、それはあくまで男目線での話。女子もそう思うかどうかは、やってみないとわからないところではあった。
「お、選択肢来たな」
しばらくプレイを進めてると、最初の選択肢が画面に表示される。
場面は自宅での一幕。いきなり家にやってきた幼なじみの
相変わらずだなお前は←
迷惑だ
おもむろに鼻フックをしかける
「鼻フック……鼻フックか。いや、鼻フックとはなんなのだ?」
「鼻フックがゲシュタルト崩壊起こしそう」
このままだと本当に選びかねないので、宗太が大まかに意味を説明する。
「なるほど、鼻を引っ張り上げる行為か。どんな事になるか興味はあるが、ここは無難に一番上を選択しておこう」
「いや、興味があるならやってみてもいいかもしれない」
「なぬ? 宗太はそんな趣味があったのか?」
「俺にそんな特殊な趣味はねぇよ」
意味をはき違えてる一千夏に、少しキツめのツッコミを入れる。
そして話を軌道修正するように、宗太はごほん、と軽く咳払いをした。
「……前ははじめてだったから色々言ったけど、今回は鳳さんの進めたいように進めていけばいいと思う。前と違って、ステータスとかそういった要素もないし」
「だが、それではまた袋小路になってしまうのではないか?」
「そうなったら俺が助言するよ。まぁ、そんな難しい分岐はなかったはずだから大丈夫だと思うけどさ。どうかな?」
一千夏は悩むような顔を見せる。
だが、やがて決心したように、
「……わかった。では、ここは自分の心に素直に従ってみるとしよう」
そう呟いて、コントローラーを強く握り直す。
(この言葉を聞くのは二回目だな。あの時は色々と失敗したけど、今回は大丈夫なはずだ)
宗太の懸念。それは最初のゲームをプレイしている時に起こった、ある出来事が起因していた。
あれはキャラを半分くらい攻略し終えた頃。プレイスタイルをガチガチに固めることに申し訳なさを感じてしまった宗太は、ためしに一千夏に全ての選択権をゆだねてみることにした。
だが、結果から言えば、それは悪手だった。何度やっても、一千夏は同じエンディングにしかたどり着けなかったからだ。
頭のいい大学に入り、会社も大企業に入ることができた。充実はしていたが、休まらない日々の中、ふと寂寥感に襲われる。
『普通』とは程遠い人生の末路。そんなしこりの残る未来を何度も見させられた一千夏はーーついに挫折した。
自力で結婚エンドを見ようとする辺り、最終的には自信を取り戻したようだが。
「安心しろ、鼻フックごときで幼なじみの絆は途切れない」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ」
力強い言葉に後押しされ、一千夏は決定ボタンを押す。
『ひゃあ。も~、いきなりなにするの~』
「……本当になにも起きずに終わった」
「やっぱり幼なじみは最高だぜ」
謎のガッツポーズをする宗太だった。
▽
特に詰まる要素もなく、その後も順調にゲームを進めていく。
そこでふと、気になったように一千夏が呟いた。
「……幼なじみというのは、一体どういう存在なのだろうか」
「尊さの塊」
「中々に深い言葉だ」
画面上では、実にもどかしい光景が繰り広げられていた。
成長した幼なじみを、思わず意識してしまう主人公。そんな主人公に精いっぱいのアプローチをかける有希。
あくまで幼なじみとして関係を続けたい主人公と、そうじゃない有希。二人の微妙にズレた関係性は、ついに有希が自分の気持ちを告白する場面に発展してしまう。
「でも、これって難しい問題だよな」
「難しい?」
「昔のままの関係でいたい。それって、つまりはその関係性が一番心地いいって思ってるからだろ?」
「そして、もう片方はそれとは真逆。しかし、そうすると色々と噛み合わないという事か」
「大体、有希の方が年下だしな。昔から仲良くて、しかも幼なじみなら、それは妹と思われても仕方ない」
「妹!?」
コントローラーを地面に落とし、一千夏がその場で飛び跳ねる。
あまりの動揺っぷりに机が音を立てて揺れ、イスごと地面に転げ落ちそうになっていた。一千夏の体を支えようと、とっさに手が前に出る。
「危なっ。おい、ケガとかしてないか?」
「……なぜだ……このゲームに妹はいなかったはず。事前に説明書を読んで、それはちゃんと確認したのに……」
「いや、妹はいないけど、妹みたいな幼なじみはいるよ」
「なぬ!?」
「しかもメインヒロインだし。ていうか、その辺の経緯も載ってただろ。インプットしたんじゃなかったのか?」
「見落としてた! ぐばあっ!」
そう叫んで、頭でも撃ち抜かれたみたいに脱力する。
「ああ、このゲームを選んだのって直接的な妹がいなかったからなのか……でも、ドキメモにも妹いたじゃん。あっちは平気だったよな?」
「あれは……なんとかがんばったから」
「まさかの気合論!」
だが、そうまでして妹を嫌う理由がわからない。
ここまで何度か引っかかる物言いはあったが、ちゃんと聞いたことはなかった気がする。
宗太が言葉を紡ごうとした、その時。
「宗太お兄ちゃん……ちょっといい?」
「ぬわぁっ、ここにも妹が!」
「いや、これは妹の友達だが」
またもや飛び跳ねる一千夏に、宗太はジト目を向ける。
そんな二人を、秋衣は不思議そうに見つめていた。
「どうしたの? なんだか、すごくドタバタしてるけど……」
「ドタバタしてるのはあっちだけだ。それで、どうしたんだ? なにかわからないところでもあったか?」
「うん。これなんだけど……選択肢を違うのに変えたくて。その場合、どうすればいいの?」
「ああ、なるほど。それはな、こうやってバックログを使えばいいんだ。それで文章を選んだ後、決定ボタンで選択肢まで戻れるから」
「あ……本当だ。ありがとう宗太お兄ちゃん」
「にしても、もうこのシーンなのか。思ったより進んだみたいだな。どうだ、ここまでやってみて?」
「すごく面白いよ。男の子の目線でゲームするのはまだ慣れないけど……色々イベントが起きるから、ついつい読み進めちゃう」
小さな液晶画面を見つめる秋衣。
一見すると声に抑揚がないが、言った事をすぐ実践するあたり、面白いというのは事実なのだろう。
「……そういえば、さっき妹って聞こえたけど……妹がキライなんですか?」
顔を上げ、秋衣が一千夏を見て言った。
「へ? いや、キライというわけではなくてだな……ないんです。ただ、ちょっと苦手なだけで」
「苦手、なんですか?」
「ええ、とても苦手です。妹というのは自分勝手な生き物筆頭です。こっちの気持ちを少しも汲んでくれない。年下という立場を利用するだけの、いわば有象無象ですから」
(それはもはやキライと同等かそれ以上なのでは)
口調を丁寧にしてしまったせいで、一千夏の言葉は毒舌レベルを軽く越えてしまっている。
しかし、秋衣はそれに真正面から立ち向かった。
「……あいは妹好きだよ。でも、苦手っていうのも少しわかる……かな」
「わかる、というのは?」
「妹はね、どうしても頼っちゃうの。優しいお姉ちゃんに……優しいお兄ちゃんにも。でも、そうする事で妹って意識が植えつけられちゃうのも事実で……。だから、えっと……」
「ようするに、妹として振る舞うことが、必ずしも良い結果を生むとはかぎらないと?」
「……」
秋衣は沈黙してしまう。
言葉を探してるのか、はたまた言葉を喉元で留めてしまっているのか。
どちらにせよ、これ以上の会話の進展は望めないだろう。
「……まぁ、あれだ。人によっちゃ、妹は理想の存在でもあるんだ。それを有象無象と言い切るのはよくないって事だな」
「なるほど。わたしが妹を苦手なのと同じくらい、妹が好きだという人も世の中にはいるのだな」
いつの間にか素に戻っていた一千夏が、椅子から立ち上がる。
秋衣に近づき、面と向かい合う。背丈は同じくらいだったが、背筋が伸びてる分、一千夏の方が少し高かった。
「すまない、初対面の相手にいきなりこんな話をして。わたしは鳳一千夏、よければ名前を聞かせてくれ」
「……小鳥遊、秋衣です」
「そうか秋衣か。どうかよろしく、同じ部員として仲良くしてもらえるとうれしい」
「はい。あいの方こそ……よろしくお願いします」
自己紹介が終わる。お互いに笑い合い、二人の間に穏やかな空気が流れた。
「えっ? 同じ部員?」
ポカーンとした顔をする宗太。
「秋衣は部に入るのだろう? そのためにゲームをしてたのではないのか?」
「いや、あれはあくまで体験ってだけで……それに、入るにしてもまだ秋衣ちゃんの答えを聞いてないし」
「……あいも入る、部活」
即答だった。
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