第17話 新たな部員候補 その2

少女は音量を絞ったスピーカーのような声で、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいく。



「もしかしてお二人はお知り合いなのですか?」


「いや……」



違うと思う。そう言おうとした宗太だったが、少女は首を縦に振らない。



「……ごめん、なさい」



そして、なぜか謝罪を口にされた。



「どうして謝るんだ?」


「いきなりすぎたと思った、から。いつも言葉が足りない……それはあい自身もわかってる事、だから」


「あい?」



気になる単語が聞こえて、思わず反復する。



「あいというのが、あなたの名前なのですか?」


「はい。小鳥遊秋衣たかなしあい……それがあいの名前、です」


「だそうですが、宗太さんはその名前に心当たりは?」


「小鳥遊秋衣……」



記憶の引き出しを漁る。いくつもある引き出し。そしてその記憶は、ひときわ奥の方に仕舞われていた。


過去のヴィジョン。家にいる宗太と家族。そして、その中で混ざるようにして遊ぶ、それらとは違う影。


そう、彼女はーー。



「……もしかして、あの秋衣ちゃんか?」


「! うん……あい、だよっ」


「まじかぁー、すごい久しぶりだな! 元気にしてたか?」


「うん、してた。宗太さ……宗太お兄ちゃんも、元気そうでうれしい」



その感動的な光景に、一千夏の眉根が一瞬、ぴくりと動く。


それを察した蔡未が、先んじて行動を起こした。



「……再会に水を差すようで申し訳ないのですが、お二人のご関係は? お兄ちゃんと、そう呼んだように聞こえましたが」


「妹の友達」


「なるほど、そういう事ですか。てっきり、年下の幼なじみにお兄ちゃんと呼ばせてるのかと」


「全く違うとは言い切れないかもな。なんたって、小さい頃はいつも家で一緒に遊んでたし。秋衣ちゃんが別の中学いってからは、疎遠になってたけど」



宗太が目を向けると、秋衣はそれに同意するようにして首を小さく縦に動かした。


そんな様子を見ていた一千夏は。



「……妹……だと?」



イスから立ち上がって、一歩後ずさる。なぜか嫌悪感をあらわにしながら



「でも、秋衣ちゃんがこの学校にいるのをあいつが知らないわけないよな。家でそんな話、全くしてなかったぞ?」


「あいが頼んだの。宗太お兄ちゃんには、自分から会いに行きたいって。けど、なかなか勇気出せなくて……」


「それで宗太さんに会う機会を伺うために、部室を覗いていたのですね」



あとに続くであろう言葉を、蔡未が補足する。



「そういう事だったのか。ごめんな、勇気出そうとしてくれたのに、こんな泥棒捕まえるみたいになって」


「ううん、あいが悪いの。教室に会いにいけばそれで済んだのに、わざわざ遠回りしちゃったから……」


「いや、秋衣ちゃんは全然悪くないよ。だからそんな風に言わないでくれ」


「そうです。小さい頃に遊んでた相手の顔を忘れる宗太さんが悪いです。そんなの、幼なじみ失格だと思います」



ここぞとばかりに、非難してくる蔡未。


幼なじみかどうかは微妙なところとして、顔を見てもすぐ思い出せなかったのには理由があった。



「……でも、思い出してくれたからそれでいい……えへへっ、宗太お兄ちゃん」


「ーーーー」



思わずドキッした。


宗太の記憶の中で、秋衣はまだ子供だった。宗太自身もそうだったが、それよりさらに小さな背丈。


妹と同じ年で、あまり自分を主張しない子。長い髪で顔を隠し、良く言えば大人しく、悪く言えば人見知りの女の子。


でも、時たま見せる笑顔はひまわりのようにまぶしくて。そんな彼女がこうして、また笑顔を見せてくる。


あの頃より、何倍以上もかわいさを増して。



「どうかしたの宗太お兄ちゃん?」


「はっ」



一瞬、意識が飛んでしまっていた。


秋衣の瞳は満月のように丸く、見ているだけで吸い込まれそうだった。


顔の輪郭と並行になるように揃えられたボブカットの髪型。左側頭部に飾られたヘアピンがアクセントになって、子供っぽさの中にも少女らしさを感じさせる。


唯一、昔と変わってないのはこの身長差だけ。



(これで思い出せってのも無理な話だよなぁ……)



秋衣から目をそらして、宗太はそんな事を思った。


これ以上、近くで顔を見ていると、今以上にマトモに話せなくなる気がしたから。



「ーーさて。では話もひと段落したところで、部の活動を始めましょう。積もる話は、それからでも遅くありません」



両手をパン、と合わせて蔡未が仕切るように言う。


宗太も秋衣も、それに同意した。一千夏はイスに座り直した後、なぜかずっと頭を抱えていた。







「じゃあ、秋衣さんは見学という事で。それとも、部の活動を少し体験なされていきますか?」


「おいちょっと待て」



宗太は蔡未の手を取り、部屋の端まで連れていく。



「なんです、愛の告白でもするつもりですか? もしそうだとしたら、まだ通らないといけないイベントが残ってますよ」


「地味にゲームっぽい言い方やめろ」



この部の活動で、蔡未もそっちの情勢に少しは詳しくなったようだ。


だが、今はそれよりも。



「……活動を見学させるって、お前本気か?」


「秋衣さんは一年生なのですよね? この部の今後を考えると、ここで彼女に入部を勧めるのは理に叶っていると思われますが」


「たしかにそうだけど。この部の活動って言ったら、いつものようにゲームやるだけだろ? それを秋衣ちゃんに見せるのは……」


「でも、お二人は小さい頃からの知り合いなのですよね? ならその姿を見せたところで、別に引かれたりしないのでは?」


「……いや、あの子の前で俺ゲームやった事ないから」



宗太がその筋のゲームをやるようになったのは、秋衣と知り合う前。


だが宗太が秋衣と遊ぶ時にするのは、いつもトランプやかくれんぼだった。それは年上としての立場もあるが、なにより妹の友達というのが大きな理由。


妹の友達はまた妹のようなもの。自分一人しか楽しめない遊びに、年下の子を巻き込むわけにはいかない。



「ふむ、そういう事ですか。わかりました、ではその件は私の方でなんとかしましょう」



蔡未が秋衣の元に戻っていく。


そして、順を追って話し始めた。



「話の途中で離れてしまい、申し訳ございません。ところで、秋衣さんはこの部の事をどこまでご存じですか?」


「? えっと、実はよくわかってなくて……。宗太お兄ちゃんがここにいるって、あいも噂で聞いただけ、だから」


(まさかの学年を越えて広まってた!?)



絶望する宗太。だが、そんな事はおかまいなしに話を進んでいく。



「では、本当に全くご存じないのですね」


「はい。……この部になにかあるんですか?」


「いえ、これと言って特には。ただ、この部の活動は基本的にギャルゲーをプレイするだけなので、そこは留意していただけたらと思いまして」


「これと言って特にありまくりじゃねーか!」



ガマンできずに宗太が叫ぶ。



「ここは部員獲得のためにも、ありのままを伝えるのが最良です。それに、見学するにしても体験するにしても、そこは避けられないので」


「いや、だからそれ自体を回避しようとしてたんだろ! 俺の話聞いてた!?」



怒涛の勢いにも、蔡未は全く動じない。


一度こうなってしまっては、もう言い訳はできない。完全にどん詰まりの状況だった。



「宗太お兄ちゃん、ギャルゲーやってるの?」


「い、いや、それはだな……」



言葉に詰まる。


この後になにを言おうが、事実を取り消すことはできない。腹を決めた宗太だったが、しかし。



「あいもね、ゲーム好きなの」


「へ? そうなのか?」


「うん。でもね、ギャルゲーはやった事なくて……それって楽しい?」


「いやまぁ、楽しいかと聞かれると『はい』と答えるしかないけど……」


「そっか。じゃあ、あいもやってみたいな」



秋衣はそう言って、また手をもじもじさせる。


妙な事になってしまった、と思った。そして迷った。こんな純粋無垢な子にギャルゲーをプレイさせていいのかと。


しかし、かと言って無下にするわけにもいかない。


散々悩んだ挙句。



「……わかった。じゃあ、秋衣ちゃんには別のをやってもらう。それでいいか?」


「うんっ、ありがとう宗太お兄ちゃん」


「別に感謝されるほどのことじゃないよ。じゃあ、一通りのやり方だけ教えるから、それ以外にわからないことがあれば俺に訊いてくれ」



宗太は部室の段ボールを漁り、その中から黒の携帯ゲーム機を取り出す。



(部の活動でいると思って、古い機種持って来てたけど……まさかこんな形で必要になるなんてな)



薄いほこりを手で払い、秋衣にゲーム機を渡す。


そして、準備と説明を終えた後、一千夏の元へと向かった。



「悪い、待たせた。昨日で一応のキリはついたから、次は違うゲームをやっていこう。なにか気になるタイトルはあるか?」


「……これを」



両肘をつき、司令官のようなポーズを取りながら、一千夏は一本のゲームを宗太に差し出す。



「お、これか。なかなかいいチョイスだな」


「説明書には一通り目を通した。昔引っ越した幼なじみが、突然ある日、地元に戻ってくる。そんな突然からはじまるキャッキャウフフでたまにハプニングもあるそれぞれの恋模様が今幕を開けようとしていた……と」


「あらすじもすでに頭に入ってるみたいだな」


「うむ、あらすじもキャラのプロフィールもすでにインプット済みだ。ーーだからこそ、このゲームを選んだのだし」


「? まぁいいや、とりあえず始めるか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る