第15話 廃部回避、そして新たな問題
それからさらに時間が過ぎ、時計の短針が夕方を指し示した頃。ふいに、一千夏がコントローラーを握る力を緩めた。
目の前には、画面向こうで抱き合う男女の姿。そして、テキストは進んでいきーー
「こ、これはもしや……」
仕事をはじめる主人公。疲労のたまった体を引きずって、今日も帰りの道を歩く。
だが家に帰ると、そんな疲れは残らず吹き飛んでしまう。その理由は。
「……真由。真由が家にいる……自分の家に! ということは……!」
「ーーExcellent」
宗太は小さな声で勝利をたたえた。なぜか英語で。
平凡で幸せな夫婦生活を送る二人。そして最後に手をつなぐCGが映り、ゲームはエンディングを迎えた。
放心する一千夏。その傍らで、宗太は静かに笑みを浮かべる。
「お疲れ様二人とも。ひとまず、目標は達成できたみたいね?」
「うわっ、ビックリしたっ。そっか、そういや白川先輩いたんだっけ……」
「どうやら、こっちの存在を忘れるくらい没頭してたみたいね。でもそれでいいのよ、今日の目的は見学なんだから」
舞冬はそう言って、一千夏の顔の前に手をやった。
そして、振るようにして数回。それになんの反応も返さない一千夏を見て、感心するような声を出す。
「ふむ、ものすごい集中力ね。こんなかわいい子を、ここまで夢中にさせるなんて……全く、あなたも罪な男ね」
そう言葉を置いて、舞冬は入り口のドアに向かっていく。
「あれ、帰るんですか?」
「ええ、今日はこの辺でお暇させてもらうわ。暗くなる前にあなた達も帰りなさい、自分はまだ学校にいるけど」
「なにかあるんですか?」
「実は生徒会の仕事を残したままここに来ちゃったの。でも、それが済んだら帰るつもりよ。だから安心して下校なさい」
軽やかに手を振って、舞冬は部室を出ていった。
騒がしさが消え去り、部室内にしばしの静寂が訪れる。
「……特に何事もなく終わったな」
「私の言葉通りでしたね」
宗太が呟くと、蔡未が近づいてきてそんな事を言ってきた。
「言葉通り?」
「彼女がここに来る前、焦る宗太さんに私は『心配する必要はない』と言いました。そして、まさにそれが体現される形になった」
「でも、それは単にお前が深く考えてないだけだったんじゃ?」
「宗太さんは私を甘く見すぎです。いえ、メイドを舐めすぎですね」
「そんな不特定多数を侮辱する言葉だったの今の!?」
「少し考えればわかる事です。私が会長ーー舞冬さんの姿を見たのはさっきが初めてでしたが、だとしても確信が揺らぐことはありませんでした」
宗太はクイズを解くように、思考をフル回転させる。しかし、一向に答えは見えてこない。
「彼女は言ってました。『最初は面白い子達もいる』というような認識だったと。私の出した申請書を読み、それが無事受理された。その時点で、もう答えは出ていたようなものなんです」
「答えって?」
「舞冬さんもまた、興味という衝動に抗えない側の人間。言うなれば、お嬢様と同じという事です」
一千夏の方に視線をやる。
まるで魂が抜け落ちたように、一千夏は放心していた。筆舌に尽くしがたい充実感。見てるこっちまで嬉しくなるような、そんな顔。
それを見た宗太は。
「まさか……な」
嫌な予感を振り払うようにして、天井を仰ぐ。
蔡未が転校してきた時は見事、その予感が的中してしまったが、今度は違う。ただの気のせいだ。きっと、おそらく。
「さすがに活動内容がゲームをやる事だとは思ってなかったようですが、舞冬さん的にその辺はあまり関係なかったみたいです。第一、せっかく手に入れた部室をこんな形で手放してはいけません。ファイトです宗太さん」
さらに追い打ちをかける蔡未だった。
▽
翌日。自分の席でHRまでの時間をつぶしていると、いつものように孝介が声をかけてきた。
「よう、おはようさん」
「うぃー……おはよう」
朝練から戻ってきた親友との挨拶。だが孝介とは対照的に、宗太の顔はひどくやつれていた。
「寝不足か? なんか新しいゲームとか出てたっけ?」
「いや、今週は出てない。さらに言えば、先週出たやつもまだクリアしてない」
「えっ、マジで?」
信じられないと言った風に、孝介は驚愕する。
「あの宗太が次の週にゲームを持ち越すなんて……もしかして体調でも悪いのか?」
「そうじゃない。ただ最近、色々あってな」
疲れた様子で答える宗太。
一千夏のためにキャラのプロフィールをまとめようとしたら、熱が入ってついゲームを再プレイしてしまった。しかも、ちゃんと全キャラコンプリート。
そのため、今は急ピッチで新作をプレイしている。昨日はまだマシだったが、それに合わせて今朝は『次どのゲームを一千夏にやらせるか』という問題に取り組んでいたため、こんな事になってしまった。
最初、ゲームショップに行ったときに物自体はいくつか選んでおいたが、ジャンルも雑多なので慎重に選ばないといけない。
やる気も十分だし、ここで選択を誤るわけにはいかないのだ。ゲームを通して、彼女が普通というものを知るためにも。
「そういや、なんか部活入ったんだっけ。もしかしてそれが関係してる?」
「それは……あれ、その話したっけ俺? なんで知ってるんだ?」
「だって噂になってるから。二年のもやしっ子がうまく口車に乗せて、美少女二人をよくわからない部に誘ったって」
「もやしっ子……」
そこは概ね同意する。
しかし、問題はそっちではなく。
「かく言うオレも気にはなってはいるんだけど、南條さんが『そういうのではありません』ってハッキリ言うもんだからさ。部に関係しないやつが無闇に部室にいっちゃいけないし、誰も真実を確認できてないんだ」
「そんな大事になってたのか……全然知らなかった」
部以外では、なるべく一千夏と蔡未とは話さないようにしている。
迷惑をかけないつもりでそうした宗太だったが、知らないところで着実に事態は大きくなっていたようだ。
「部室って一階だろ? だから、裏に回って中を覗こうとしたやつもいるんだけど……」
「けど?」
「なぜかいつもタイミングよくカーテンが閉まるらしい。あまりにそんなんが続くもんだから、そいつらも諦める他なかったんだと」
(蔡未の仕業か。カーテンの開閉が多いとは常々思ってたが……)
どうやら、あれは部を守るためにやっていた事らしい。
蔡未があの部でやる事と言えばせいぜい、雑用や掃除くらい。口には出さないが、部が滞りなく活動できてるのは蔡未のおかげだと、宗太はひそかにそんな事を思っていた。
しかし、まさか徹頭徹尾その通りだったとは。いくらメイドとはいえ、ここまで気が回るとそういった言葉だけでは片づけられなくなる。
「でも、オレはあまり心配してないよ。だって、宗太がそんな事できるわけないし」
「そんな事?」
「無垢な美少女を、悪質な手口で口説き落とすなんて真似」
「まるで詐欺師かなにかみたいだな」
「ははっ、違いない。でも詐欺師になるには、宗太は少しお人好しすぎるよ。たまに熱くなって饒舌になったりはするけど」
「それは趣味の話をする時のみ発揮されるスキルだ」
嘆息する。
クラスでも前に出ない姿勢を貫いていたのに、まさかこんなところで目立ってしまうとは。
平凡な人生。それを目指す上で、障害物に足を取られるのは仕方ない事のはず……なのに。
どうしてか、モヤモヤした気持ちがついて離れない。
「鳳さんとは最初の出会いもあるし、なにか事情があるんだろうけど、体を壊さない範囲でな。なにか困ったことがあったら、オレも力になるから」
「……お前さ、たまにすごく親友らしい事言うよな」
「なに言ってんだ。いつもだろ」
宗太の肩を軽く小突いて、孝介は笑った。
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