第14話 廃部の危機(?) その2
困ったように首を動かすと、ふと一千夏の姿が視界に入った。
コントローラーを握ったまま、なにやら困った表情を浮かべている。
「どうした、また画面の調子がおかしいのか?」
「そうではないのだが……」
横からのぞき込むと、そこにはいつものようにゲーム画面が表示されていた。
最初の日からずっと、一千夏は同じゲームをプレイしていた。キャラ全員の攻略。それを達成するまでは、別のゲームに移らない。宗太は元より、一千夏自身がそう決めたからだ。
しかしーー
「今は最後の真由を攻略してるのだが、何度やっても結婚エンドにたどり着けない。どこで選択肢を間違えたのだろう、それともステータスの上げ方を間違えたか?」
「ちょい見せて。……ステータスは問題ない……となると、考えられるのは選択肢かな」
画面を見ながら、宗太が冷静に状況を分析する。
▽
「ねぇ、真由って誰? あとステータスとか選択肢って?」
「今お嬢さ……彼女は恋愛ゲームをプレイしていて、そこに出てくる真由という先輩と結婚しようとしている。ステータスや選択肢は、そこに至るための布石です」
「なるほどね。ところであなた、キレイな髪色ね。たしかクォーターなんだっけ?」
「はい、この銀髪は祖母譲りです」
「そうなんだ」
▽
「しかし、選択肢はあらかた試したぞ。ならやはり、ステータスの問題ではないだろうか?」
「結婚エンドっていうのは、そう簡単に辿りつけるものじゃない。特にくっつくまでのじれったさを存分に推し出したこのゲームにおいて、それはある種の隠しエンドに設定されている。法則を見抜けなきゃ、いつまで経っても堂々巡りだ」
宗太のアドバイスに、一千夏は「うむぅ」と小さく唸った。
▽
「なんか彼、ずいぶん熱く語ってない? あんな饒舌に話す子だっけ?」
「宗太さんは普段からギャルゲーをたくさんプレイしてらっしゃるので。いつもは抑えてますが、ああなると段々ブーストが掛かってきます」
「なるほどね」
▽
「やはり、一人でやろうとするとうまくいかないな。最後の一人くらいは自分の力だけでと思ったが、やはり宗太の手助けがないと難しいのだろうか」
「誰かに導かれるだけでは、人は本当の意味で前に進めない。あらゆる可能性を汲み取り、その中から答えを見つけ出すのがギャルゲーというもの。道に足跡を残すのは、あくまで鳳さん自身だ」
「おおぅ……」
宗太の言葉に圧倒されるように、一千夏が呆けた声を出す。
▽
「……ねぇ。そういえば、あなたとあそこにいる子って最近、転校してきたのよね?」
「ええ、そうです」
「なのに、彼の事もう名前で呼んでるんだ?」
「その辺は色々ありまして。とはいえ、彼女が名前を呼ぶようになったのは昨日今日の事ですが」
「ふーん……」
腕を組みながら、舞冬が背もたれに体重をかける。
ーー数十分後。
「鳳さん、まず基本を思い出そう」
「基本?」
「真由は主人公とはどういった関係だ?」
「先輩と後輩」
「好きな食べ物は?」
「緑黄色野菜全般」
「好きな動物は?」
「猫。特に茶色の猫を見ると、いてもたってもいられなくなる」
「趣味は?」
「買い物。一人ではなく、友達とウインドウショッピングにいくのがお気に入り」
「全部正解だ。さすが鳳さん、情報は全て頭の中に入ってるみたいだな」
「知らない人が聞くと、プライバシーの欠片もない会話に聞こえるわね」
声をかけられ、一千夏がイスごと飛び跳ねるようにして舞冬の方を向く。
来客を認識していなかったのか、その顔には見るからにと言った感じの驚き顔が貼りついていた。
「び、ビックリした……。誰だお前は……じゃなかった。だっ、誰ですかあなたは? いつの間に部室に?」
「どうして急に話し方変えるの? さっきのままでいいわよ」
「……」
両手で顔をおおって、自分のふがいなさにひどく落ち込む一千夏だった。
「白川先輩……気配消して近づかないでください。口から心臓飛び出るかと思いましたよ」
「そう簡単に口から心臓は出ないわ。二人がずっと夢中だったから、思わず気になってね」
舞冬はブラウン管の前に立ち、そこに映るゲーム画面をまじまじと見つめる。
「これが俗に言う恋愛ゲームってやつね。話には聞いた事あるけど、ちゃんと見るのは初めてだわ」
「いえ、これは恋愛ゲームではなく恋愛シミュレーションです」
「そこはどっちでもいいけど」
宗太の言葉を一蹴して、隠れた耳を出すようにして舞冬は髪をかきあげる。
「そっか。いつも隠しちゃうからわからなかったけど……あなたがやってたのって、こういうゲームだったんだ。ーーねぇ、北島宗太くん?」
「どうしてそこで名前を強調するんですか?」
「いえ別に」
それは、どことなく他意が感じられる物言いだった。
「それで、これはどうすればクリアなの? さっき言ってたみたいに、結婚を目指せばいいのかしら」
「その辺は人それぞれですね。別に結婚エンド自体は必須じゃないですし、普通にエンディングにたどり着ければそれでオッケーっていう人もいます」
「宗太くんはどっちなの?」
「俺は……え、ていうか今、名前で呼びました? フルネームじゃなくて?」
「フルネームは面倒だという事に今さらながら気づいてしまっただけよ。それで、宗太くんはどっちなの? 結婚が必要かそうじゃないか」
「その言い方だと誤解を招きかねないですが……俺は基本、平凡なハッピーエンドが見れたらそれでいいので」
「そう。つまり、どっちでもいいって事ね」
舞冬はそう言うと、踵を返してパイプ椅子に戻っていく。
不思議に思う宗太だったが、今優先すべきはこっちの方だ。
「……話がそれたけど……鳳さんは十分、可能性がある。結婚エンドにたどりつくための可能性が」
「可能性?」
一千夏はそう言うと、顔を上げて宗太の方を見た。
「結婚っていうのは、ようするに理解しあった二人が結ばれる行為だ。鳳さんは真由のことをちゃんと理解しているーーなら、あとはそれらの情報を組み合わせるだけだ。鳳さんにはそれができるって信じてる」
「しかし、組み合わせると言ってもどうすれば……」
「簡単な話だ。奇をてらわない、普通の選択肢を選んでいけばいい。ただ真由が喜びそうな、そんな選択肢を」
「真由が喜びそうな普通の選択肢……」
一千夏の目に輝きが灯る。くもり一つない、迷いない光。
コントローラーを握り直し、背筋をピンと伸ばす。その姿はまるで、茶道を嗜む良家の令嬢のようで。
「ねぇ、この部っていつもこんな感じなの?」
「そうですね。大体こんな感じです」
「そう、これがこの部の本来の活動なのね。少し想定外だったけど、これなら……」
思案顔になる舞冬。その姿を、蔡未は隣で静かに見つめていた。
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