第13話 廃部の危機(?) その1
「……部の存続の危機だ」
「宗太さんもお茶でよろしいですか?」
「ああ。熱い緑茶で頼む」
「かしこまりました」
頷いて、蔡未が急須に熱湯を注ぐ。ほどなくして、緑茶のかぐわしい香りが部屋の中に充満した。
目の前にお茶の入った湯呑みが置かれ、宗太はそれにゆっくりと口をつける。
「うん、相変わらずうまい。なんの変哲もないお茶のはずなのに、淹れる相手が違うだけでこうも味が変わるものなのか」
「お茶というのは、ほんのひと手間くわえるだけで多種多様に味を変化させます。赤子を育てるように、茶葉の一つ一つに愛情を持って接すれば、お茶は色んな顔を見せてくれるのです」
「さすが、淹れてる本人が言うと説得力が違うな」
「ありがとうございます。それで、さっきの話は一体どういうことなのですか?」
「さっきの話?」
「部の存続がどうとか仰られてましたが」
「……そうだよ! 優雅にお茶飲んでる場合じゃねぇ!」
机に湯呑みを置き、宗太は廊下に飛び出す。
そうして廊下に人がいないことを確認し、ホッと胸を撫で下ろすと、今度は強く開いた扉を音が出ないようにゆっくりと閉めた。
「どうしたのですか、まるで警官から必死に逃げてる殺人犯のようですが」
「例えがひどすぎるっ。ていうか、本当にヤバいんだってっ。こんな悠長にしてる場合じゃ……」
「マズイ! 大変だ二人とも!」
部屋の中央。巨大なブラウン管の前で、急に一千夏が大きな声を上げた。
「一番の盛り上がりであろう場面で、いきなり画面が真っ暗になった! 何なのだ、これは!? どうすればいいのだ!?」
「……いや、今は点いてるけど」
「じゃあ、さっきのは一体なんだったのだ?」
「多分、無理やり変換してるから、そうなったりするんだろうな。でも、少ししたら今みたいに直るはずだから心配いらないと思う」
「そうか、なら安心だ」
ゲームのプレイを再開する一千夏。
宗太はやれやれとぼやくと、今度は一転して、冷静な顔つきになる。
「ーーこのままだとマジでヤバい」
「シリアス顔になった割には全く話が進展してませんが」
「今日、生徒会長がこの部を見に来るかもしれない」
「生徒会長……と言うと、白川会長の事ですか?」
当たり前のように、蔡未がその名前を口にする。
「どうして会長の名前を知ってるんだ?」
「どうしてもなにも、部の申請書を出す時にそういった機会があったので。とはいえ、姿を直接見たことはありませんが。名前も生徒会室にいた人から聞いただけですし」
「生徒会室にいた人……てことは、副会長か」
そういえば先輩もそんな事言ってたっけ、とふと休み時間にした会話を思い出す。
なら話は早い。そう思い、宗太が次の話に移ろうとすると。
「それでその白川会長が部に来るからと言って、どうしてそうも焦る必要があるのです?」
そう言って、蔡未は不思議そうに首をかしげた。
「……あのさ、申請書書いたのって蔡未だよな?」
「そうですね。部員の欄も、私が勝手にお二人の名前を書きましたし」
「その内容覚えてる?」
「ええ、一字一句しっかりと。なんなら、部室の入口にも貼ってあります」
「そうか。俺もちゃんと覚えてるぞ」
この学校の部室は、そこが何部がわかるように、様々な趣向を凝らした張り紙がしてある。
名前の下にキャッチフレーズっぽい言葉が添えてあったり、装飾で飾りつけられてたり。宗太たちの部もそこは一緒で、さらに言うと名前だけのシンプルな代物。
「普通を知るための活動を通して、後のさらなる重要な問題に皆で取り組む部活……だな」
「略してふっかつのじゅもん部、ですね。この部がどんな活動をしてるか、名前を見ただけですぐわかる。まさにベストネーミングというやつです」
「でも、ゲームをしてる転校生と、それを教える男。あとはメイドがいるっていう、もはやよくわからない団体と化してるのがこの部の現状だ」
「それはまぁ、たしかに」
蔡未は相槌を打ちながら、宗太の湯呑みに追加の緑茶を注ぐ。
「ずいぶん適当だな。部が無くなるかどうかの瀬戸際だってのに」
「いえ、その辺は特に心配する必要もないと思ってるので」
「メイド服姿のやつがなに言っても説得力ねーよ」
その瞬間。蔡未がまるでステップを踏むように、前後左右に立ち位置を変えた。
真っ白なメイド服が揺れ、あちこちについたフリルが縦横無尽に線を描く。
「……なぜ無駄に動く?」
「自分がメイドだという事を主張するためのアピールのようなものです。こうして着ることができて、私も今日はいつもより俄然、やる気に満ち溢れてます」
「やる気出すのはいいけど、どうしてよりによって今日なんだ!?」
「なんとなくです」
「くそっ、特に理由がないならこれ以上なにも言えねぇ」
最初の活動から今日にいたるまで、蔡未はずっと制服姿を貫いていた。
最初は『メイド服を脱ぐなんて邪道』と思っていた宗太も、気づけばその光景が当たり前になっていた。それに学校でもメイド服姿でいられたら、きっと余計な問題が発生してしまう。
その余計な問題というのが、まさにこの事で。
「どうしてそんなにも宗太さんが騒ぎ立てるのか、私には皆目見当もつかないのですが」
「こんな曖昧だらけの部に許可出してくれたのも奇跡なのに、ゲームしてるやつとメイド服姿のやつがいるんだぞ? こんなの見られたら、もう言い訳とかできないだろ」
「宗太さんは本当に心配性ですね」
「むしろ俺は、どうしてお前がそこまで平然としてるのか知りたいくらいだが」
そう言って、壁時計を確認する。
時間は特に定めてないが、きっとそろそろのはずだ。その前に最低限、この状況をなんとかしなければいけない。
ひとまずゲーム類を隠そうと、片づけを始めようとしたーーその時だった。
「お邪魔するわよ。あら、そんなハトが豆鉄砲食らったみたいな顔してどうしたの?」
「……Oh」
突然ドアを開けてやってきた舞冬は、こちらを見てそんな事を言った。
固まる宗太。ゲームに夢中の一千夏。来客に出すお茶の準備を始めるメイド。
もはや全方位問題だらけだった。
「……へぇ、中々個性的ね。なにがとは言わないけど」
(終わったー! これ完全に終わったやつだ!)
心中で叫ぶ宗太を尻目に、舞冬は部屋を見回す。
そして続けて一言。
「なるほど。これはやっぱり、一度活動を見ておく必要があるようね」
「どうぞ、こちらにおかけになってください」
「ん、ありがと」
蔡未が持ってきたパイプ椅子に、舞冬が腰を落ち着ける。
そうして長い髪をかき上げると、ふわりと甘い匂いが辺りに漂った。香水ほど甘くはない。おそらくシャンプーかなにかだろう。
焦りが頂点に達し、そんな場違いな事を考える宗太だった。
「……あのー、白川先輩? こうなってしまったからには、もう言い訳するつもりはありませんが……今日はどういった用件でこの部に?」
「決まってるじゃない、見学よ」
「それは部を廃部にするかどうかの?」
「違うわ。単に興味があったの」
椅子の上で足を組んで、舞冬はそう答えた。
「最初、許可出した時は面白い子達もいるなぁ、って認識だったけど、申請書を読んだら考えが変わったの。いえ、考えが固まったというべきね」
「考えが固まった?」
「転校してきてすぐ部を作ろうとするのもそうだし、部の名前がなによりの証拠。この子たちは、なにか別にやりたい事があって部を作ったーー申請書を読んだ瞬間、そうピンと来たの」
「つまり、先輩は最初からなんとなく察してたって事ですか?」
「そりゃあ、察するわよ。むしろ、あの長ったらしい名前でなにも思わない方がおかしいでしょ」
……白川舞冬という人間を、宗太は甘く見ていた。
たとえ表面上の性格がどうあれ、彼女は生徒会長なのだ。
四六時中張られっぱなしのアンテナを前にして、見逃されるはずがない。あんな怪しさ全開の申請書なら、なおさらだろう。
「じゃあ、本当に廃部とかではなく?」
「だからそう言ってるじゃない。これは白川舞冬個人による判断。生徒会長としての責任っていうのも間違いじゃないけど、ほぼ興味心よ」
舞冬はウソを言っているようには見えなかった。
そもそも、彼女はそういう類の人間ではない。
ただの生徒会長なら別だが、彼女は″全生徒に認識され、そして信頼されている″。
それは人柄はもちろん、彼女の真正直さもその理由。
そして、彼女と少なくない頻度で話してる宗太もそこは十分、理解しており。
「……まぁ、白川先輩なら本気でそう思ってそうですしね」
「素直じゃないわね。でもあなたに信頼されると、不思議と嬉しくなるわ。今度、じゃ〇りこあげるから生徒会室にいらっしゃい」
「いや、いきませんけど」
ともあれ、安心する。
舞冬が生徒会長として部を見に来たわけでないのなら、ひとまず廃部という線はなくなった。あとは部の活動を軽く見せれば、少なくとも舞冬の興味心は満たされるはずだ。
「とりあえず、俺たちはどうすればいいですか?」
「いつものようにしてくれて構わないわ。言ってしまえばこれは部の見学だもの、自分はここに座ってるから」
「いつものようにと言われましても」
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