第12話 生徒会長

最初の活動から数日が経過した。


部を作ってからというもの、宗太は毎日、部室に足を運んでいた。


もちろん目的は最初から変わってない。一千夏にゲームを教える。そのために、もっと言えばたったそれだけのために連日、数時間の拘束を強いられる。


だが、それを無理強いされてるメンバーは誰一人としていなかった。他の二人はもちろん、それは宗太も同じだった。



「あんな興味津々にされて、突き放せる方がおかしいんだよな」



廊下を歩きながら、そんな言葉が口を突いて出る。


真剣にゲームに取り組もうとしている一千夏を見て、自分の中でなにか決意じみたものが生まれたのは事実。


しかし、他にも単純な理由がある。その答えこそが今の言葉。自分の好きな物に、ああも興味を抱かれて、嬉しくないはずがいない。


そんな理由もあって、宗太は鳳一千夏という子に真摯に向き合うことにした。性格は未だつかみ切れていない部分も多いが、それも追々知っていくことになるだろう。



「うん? あれは……」



廊下の突き当たり。教室棟と実習室のある棟を結ぶ通路に、見知った顔を見つけた。


今、宗太は移動教室で、化学室に向かってる最中だった。途中、トイレに寄ったので、こうして一人で向かう羽目になってしまったが。


人の少ない廊下はいつもより歩きやすく、これが昼休みまで続けばいいのにーーと、そんな事を思った矢先の出来事。


遠くからでもわかるそのハッキリとした体躯は、まさに黄金比。出るべきところは出ていて、そうでない部分はちゃんと引っ込んでいる。


そんな制服の上からでもわかるスタイルの良さと、腰まで伸びたナチュラルウェーブの髪は、そんなの気品さを表すのに十分だった。



「なにやってんですか、そんなとこで」



ひざに手をつき、地面を眺めていた彼女が、見上げるようにして宗太の方を向く。



「あら。誰かと思ったら、北島宗太くんじゃないの」


「だから、フルネームはやめてくださいって。ーー白川先輩」


「そういうあなたもよ。自分には白川舞冬しらかわまふゆという立派な名前があるの。それなのに名字だけで呼ばれるなんて、そんなの下の名前に失礼だと思わない?」


「一応、名字の後に先輩もつけてるんで大丈夫かと」


「またそんな屁理屈を言って。けど、そういうのキライじゃないわ。自分も同類だもの」



姿勢を正し、舞冬は乱れたスカートを整える。


白川舞冬はこの学校の有名人筆頭だった。知らない生徒を探す方が難しいだろう。


容姿端麗で成績優秀。特例で一年で生徒会長の座につき、三年の今に至るまで、その立ち位置はずっと変わっていない。


そんな完璧にも近い人間が、こうして宗太と顔見知りなのは理由があった。



(どうして俺は、こうも普通にこの人と話してるんだろう)



……いや、宗太自身にもわからなかった。


だがきっかけは覚えてる。あれは宗太が一年の頃。


昼休みにベンチで携帯ゲーム(ギャルゲー)にいそしんでると、木影とは別の大きな影が宗太を覆った。


それこそが舞冬であり、その日から彼女は宗太に話しかけてくるようになった。


ある時は廊下で。ある時は帰り道で。宗太を見かけるたび、舞冬はなんの遠慮もなしに、宗太に話しかけてきた。


やがて宗太の方が耐えきれなくなり、学校でゲームをしなくなった。もしかするとこれが理由で、彼女は自分に接触してきてるのだろうと。そんな優等生の思考を先読みして。


ーーしかし。



「ねぇ、今日もゲーム持ってきてないの?」


「だから持ってきてませんって。あれから結構経つし、さすがにもう持ってこようとは思わないので」


「そう、それは残念だわ。ゲームをしてないあなたなんて、ただのよくいる男子高校生でしかないもの」


「……いや、それで十分なのでは?」



話しながらも、舞冬はチラチラとどこかに視線を向けていた。


その先を追って、宗太は尋ねる。



「なにか気になる物でもあったんですか?」


「花」


「えっ?」


「だから花よ。朝のうちに見かけて気になってね、休み時間になる度にこうして確認しに来てるの」



舞冬が通路の端に寄っていく。


石畳と土の地面の境目。そのちょうど屋根がかぶってないところに、白くて小さい花が顔を出していた。


指先ほどしかない茎につけられた花弁は、まるで人見知りする子供のようにひっそりと存在感を示している。



「本当だ。でも、だいぶ小さいですね。気づかないうちに踏んじゃいそう」


「もし踏んだら、会長権限であなただけ学食の料金二倍にするから」


「生徒会長にそんな力が!?」



あるわけもなく、もしあったとしたら、それは学校を支配下に置いてるのも同じだった。



「冗談よ。1.5倍ならともかく、二倍にするとなると相当な労力が必要だし」


「でも0.5倍の差しかなくないですか? マジやめてくださいね」



舞冬がふふっ、と上品な笑いを浮かべる。


こんな人が、どうして自分なんかに話しかけてくれるのか。こっちが声をかける時もあるが、それは通り過ぎたところで、向こうからやってくるのが目に見えてるからだ。


かれこれ一年近く、宗太はそんな理屈の通らない事実と向き合い続けていた。



「そうだ。そういえば最近、部に入ったらしいじゃない。人数が少なくて、まだ同好会扱いみたいけど」


「……どうしてその事を白川先輩が?」


「だって生徒会長だし。部の申請書とか、その辺は一通り目を通すに決まってるでしょ」


「職権乱用だっ」



叫ぶようにして、そう強く異議を唱える。



「生徒会長というのは、学内で起きる様々な事柄に目を向けなければいけないの。その立場でいる以上、そうするのが当たり前なのよ」


「そ、それはたしかに……」



説得力のある言葉に、異議を引っ込めざるを得ない宗太だった。



「まあでも、とても全部に目は通してられないから、その辺は他の子に任せてるんだけどね。でも今回は、あらかじめ事情を聞いちゃったから」


「事情?」


「部室。掃除してくれる代わりに、次の部が設立されるまで期間限定で貸すって話」



そして、これ以上ない理由をぶつけられてしまう。



「受けたのは副会長だけど、許可出したのは自分だから。そんな事する子が今時いるんだなーって。それで後になって申請書見たら、なぜか見知った名前が書いてあったから」


「……ちなみに、部の名前と活動内容は?」


「もちろん読んだわ」



その言葉に、宗太の心臓が強く脈を打つ。


舞冬は記憶を引っ張り出し、申請書の内容を一字一句間違わず音読する。



「普通を知るための活動を通して、後のさらなる重要な問題に皆で取り組む部活ーー略して『ふっかつのじゅもん』部。活動内容は名前の通り。申請書にはそう書いてあったわね」


(こうして別の人から聞くと、ヤバそうな感じしかしないな)



そもそも部自体が、一千夏がゲームを知るための隠れ蓑に過ぎない。だが申請を通すためには、その内容をでっち上げる必要がある。


そこで蔡未主導の元、この申請書を作り上げた。その内容は誰もが納得のいく……とは到底思えなかったが、その時はすでに提出された後だったので、思うだけ無駄だった。



「で、白川先輩はそれを読んでどう思ったんですか?」


「うーん、まあいいんじゃない?」



わりと適当だが、それでもこの学校で生徒会長を務めてきた人の言葉だ。その裏には、きっと言葉では語りつくせないような深い理由があるのだろう。


そう信じたい宗太だったが、今の舞冬の表情を見るかぎり、その可能性は無いっぽかった。



「でも、許可出しちゃった身としては、その責任もあると思ってるのよね。だから今日の放課後、部室いってもいい?」


「えっ」



またもや心臓が飛び跳ねる。


ようやく活動が軌道に乗り始めたのに、ここで介入されるのは非常にまずい。


宗太はなんとかしようと、必死に頭の中で言葉を探すが。



「あ、もう授業はじまっちゃうわね。それじゃ、そういうわけで予定しといて」


「あ、ちょっと」



有無を言わせぬ勢いで、舞冬がその場を去る。あまりのマイペースぶりに、宗太は言葉を失った。危機感を胸中に残したまま。


そして、チャイムの音を耳に入れながら化学室に向かった。もちろん授業には遅れた。

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