第10話 初めての部活動 その2

そう言って一千夏はゲーム画面に向き直り、映し出されるひらがな表をまじまじと眺めた。



「名前……名前か。これは自分の本名を入力するのか?」


「本名でもいいけど、画面向こうの子がその名前を呼ぶって事も考えなきゃいけない」


「つまり?」


「自分の中の羞恥心にどこまで耐えられるか、って事だな」



宗太自身はすでにそういった山を超えてるのでいつも本名プレイだが、初めてならそうはいかない。


自分の名前が画面に表示される。しかも、セリフを通して。


相手との関係が深まれば深まるほど、その羞恥は破壊力を増す。それこそ、本名にしなければよかったと思うくらいに。



「ふむ、よくわからないが……とりあえず、今回は普通に本名にしておこう」


(忠告したのにそれでもなお本名にする、か。そういうのキライじゃないぜ)



鳳一千夏。字面だけだと、あまり違和感はないかもしれない。


決定ボタンを押して、いよいよゲームスタート。コントローラーを一千夏に託し、導入のシーンを進めていく。


一千夏のボタンを押す動作はたどたどしく、まるで動物の赤ちゃんでも撫でてるかのようだった。これが正解なのかわからない。あるのは未知のものに対する興味心だけ。


そんな光景を、宗太は父親のような心境で後ろから見守っていた。



「お、ようやく最初の選択肢か」



シーンは朝の登校風景。遅刻しそうになった主人公……もとい、一千夏が道を走ってると、曲がり角から出てきた女の子とぶつかった。


そんなシチュエーションで出てきた三つの選択肢。



ごめん、ケガとかないか?←

気をつけろよ

慰謝料100万な



「ここはもちろんこれだな」



ごめん、ケガとかないか?

気をつけろよ

慰謝料100万な←



「ちょっと待った」


「む? どうかしたか?」



急な宗太の静止に、一千夏が不思議そうな表情を浮かべる。



「すごい即答だったけど……マジでその選択肢がいいと思ってるの?」


「うむ。この女子おなごとは、このタイミングで初めて会うのだろう?」


「まぁ、そうだけど」


「だったら、最初に強く印象づけた方がいいではないか。特に異性の恋愛というのは、そういったところから発展すると聞いたことがある」


「どこ発信の情報だそれは」



シーン的には面白いが、フラグ的には最悪の部類に入る。


というか一度プレイした時にも思ったが、どういう意図でこの選択肢を混ぜたんだ? 開発者に問いたい宗太だった。



「では、どの選択肢が正解だというのだ?」


「そう言われると、どれが正解とは一概に言えないけど……でも、いきなり変化球すぎるのもどうかと思う。だから、ここは素直にこれだな」



方向キーを横から操作し、一番上の選択肢を選ぶ。



「気をつけろよ、ではダメなのか?」


「そっちでもいいけど、最初だし無難にいこう。安心して見れる主人公っていうのは、総じて優しさを兼ね備えてるものなんだ」



それに、たとえゲームであってもそういった選択肢を選べるのはいい。仮に現実で同じような場面に遭遇したら、こんな当たり前の言葉すら出てこないだろうから。



「そうか。では優しさを忘れないように、ほどよくお茶目な人物を目指そう」


「お茶目にまた慰謝料請求しないようにな」



ゲームを進めていくと、今度は画面にステータスが表示される。


知力や体力、あとは魅力などの数値。これを上げないと、ルートに入ることさえままならない。それが昔ながらの恋愛シミュレーションのツラいところであり、また奥深さでもある。


一千夏は悩んだ末、まずは勉強して知力を上げることにした。



「ちゃんと勉強しないと将来、立派な大人になれないからな」



微妙にゲームの趣旨とはズレてる気がしたが、システム的に間違いではないのでなにも言わなかった。


そうしてステータスを上げていると、別のシーンに突入する。同じクラスの女子との会話。彼女は攻略キャラの一人で、主人公(一千夏)とは腐れ縁のようだ。


昼休み、一緒にお昼を食べてる時に出てきた選択肢。



弁当のおかず交換しないか?←

そんなに食べたら太るぞ

今さらだけどその制服、超似合ってるな



「優しい……優しいか。となると、これか」



弁当のおかず交換しないか?

そんなに食べたら太るぞ

今さらだけどその制服、超似合ってるな←



「ちょっと待った」


「む? これではダメなのか?」



またもや繰り出される宗太の待ったに、一千夏は納得しがたい表情を浮かべる。



「これはあくまで俺の見解なんだけど……弁当食べてる時にさ、いきなり『制服似合う』って言われたら怖くない?」


「言われる機会がなかったのでわからないが」



微妙に地雷を踏んだ気がする。


今の話につながるように、宗太はとっさに別のたとえを出す。



「えっと……ほら、こいつらって俺たちと同じ高校二年だろ?」


「うむ、そうだ」


「一年の頃ならともかく、そのタイミングでさっきのセリフ言われたら、なんかおかしいってなるじゃん。しかも普通に昼食ってる場面で」


「似合うならそう言った方がいいではないか。しかも、相手は昔から知る仲なのだろう?」


「それは……まぁ、言ってる事もお金とかじゃないから、それに比べたら全然マシだけど」


「でも、今回は最初だからな。ここは素直に、師の言葉に沿うとしよう」



そう言って、最終的に一番上の選択肢を選ぶ。


少し口出しし過ぎたかも、と宗太は思ったが、教えながらプレイするとはこういう事だ。彼女はこの後、習い事があるのだし、クリアできないモヤモヤを残してはコンディションにも支障をきたす。


まだ一千夏のことを全然わかっていないが、それでも宗太は宗太なりに気を使っていた。

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