第9話 初めての部活動 その1

放課後。宗太たちは、とある場所に足を向けていた。


そこは部室棟一階の空き部屋。いわゆる部室というやつで、先の宣言通り、本当に蔡未は部を作ってしまったらしい。



「今日からここが、私たちの活動拠点です」


「あまりの展開の速さに、思考が追いつかない」



いくら行動が早いと言っても、本当に有言実行するとは思わなかった。あまりの手際の良さが、少しおそろしくもある。



「人数不足で廃部になった部があったので、タイミングよく部屋が空いたようです。私たちもそうならないように、活動と並行しながら部員集めをしていきましょう」


「えっ? そうならないようにって?」


「このままでは私たちも廃部にさせられるという事です」



開幕早々、大ピンチだった。



「でも、部室をもらったって事は、部を発足できたって事なんじゃないのか?」


「宗太さん、もしかして部活とか入ったことないんですか?」


「ああ、もちろんだとも」



自身満々に胸をそらす宗太に、蔡未が悲しそうな目を向ける。



「同情の眼差しやめろ。部活とかやったら、ゲームできる時間も減っちまうし、そもそもやるメリットが無かっただけだよ」


「……まぁ、宗太さんの事情はどうでもいいとして……部として認められるには部員が五人必要なんです。三人では同好会扱いで、部室も与えられない」


「でも、こうしてちゃんと部室があるのはなぜなのだ?」



一千夏が至極当然の疑問を投げかける。



「前の部がひどく部屋を汚したようなので、その掃除をすると言ったら特別に貸してもらえました。しかし、部員が足りないのはどうしようもないので、ひとまず期間限定という形で」


「期間限定?」


「他の新しい部が発足するまでの間、です」



いくら手際が良くても、部員の数だけはどうにもできなかったようだ。


蔡未はすたすたと部屋の奥にいって、窓枠を指でなぞる。


真っ白になる指先。どうやら前の住人は、潔癖とは真逆のメンバーで構成されていたらしい。



「……とりあえず、掃除と軽い準備を終わらせましょう。私が掃除担当、お嬢様と宗太さんが準備担当という事で」


「うむ、了解した」



部屋に散らばる一千夏と蔡未。


宗太はその光景を眺めたまま、ただその場に立ち尽くすしかなかった。



「え、ちょっと待って。準備って、俺は具体的になにをすればいいんだ?」


「そんなの、活動の準備に決まってるではないか」







ーーそれから時間が経過して。



「うむ、中々よいではないか」


「……」



腕を組み、満足げな表情の一千夏。


その隣で、宗太は目の前の光景に度肝を抜かれていた。



「画面がでけぇ」



机の上に置かれていたのは、幅1mはあろうかという巨大なモニター……というかブラウン管だった。



「ゲームをやると目が悪くなるみたいだが、これだけ大きければその心配もないな」


「大きければいいってわけでもないんだが……しかもこれ、端子無いから変換しなきゃいけないし」



そばにはゲーム機とケーブルが添えられており、まるで家電量販店みたいな様相を呈しているが、ブラウン管というのは世代が全く違う。


今のゲームをつなげるための端子が、そもそも存在しない。金色端子を、昔ながらの赤白黄に戻すための変換アダプター。


とにもかくにも、まずはそれが無いと話にならないのだが。



「それもついでにもらってきた。わたしにはよくわからないが、これでゲームができるのだろう?」


「ちなみに、これくれたのなんて部活だ?」


「リサイクル部。色んな物を集めたり、修理したりする活動を行ってると言っていた」


「本当に部なのかそれは? ただのリサイクル業者の出張業務じゃね?」



蔡未に耳打ちされたと思ったら急に飛び出していって、その数分後には巨大ブラウン管を台車に乗せて運んできた。


ゲーム類は事前に部屋に持ち込んでいたようだが、どちらにせよ下準備の周到さが極まっている。こんなのは、もう逃げるとかそういった思考になるのも馬鹿らしい。



「こちらも掃除が完了しました」



そう言いながら、蔡未が近づいてくる。周囲に視線を巡らせると、まるで部屋そのものを丸ごと洗濯したみたいにピカピカになっていた。料理に引き続き、まさにメイドの本領発揮といった感じだ。


どんどん整えられていく舞台に不安になる宗太だったが、今はひとまず自分の役割を果たそうと、一千夏から端子を受け取る。


ゲーム機と端子をつなげて、電源ボタンを押す。ピッ、という電子音が聞こえ、やがてブラウン管にゲーム機のロゴが映った。


見慣れた光景。しかし、いつもと比べて画面が雑な感じがする。これがブラウン管と液晶の差なのだろうか。



「こうして見ると、やはり昔とは全然違いますね。あの頃は些細な衝撃でデータが飛ぶ事が多かったみたいですが、これならそういった事もなさそうです」


「全然違うって、それ世代的にファミ〇ン寄りだぞ」



蔡未が机の上にゲームソフトを広げる。


これは昨日、宗太がおすすめした作品達だった。それらとゲーム機一式をまとめて買ってしまうのだから、金持ちというのは恐ろしい。



「とりあえずいくつか種類はありますが、最初はどれをプレイしますか?」


「うーむ、そうだな……わたしはこれが気になる。どうだろうか?」


「そこは鳳さんの意思に任せるよ」



ROMをゲーム機に挿入する。


部屋の外からは運動部がランニングする声が聴こえていた。汗を流し、有酸素運動に精を出す。それはまさしく、青春の1ページと呼ぶにふさわしい光景。


だが、宗太たちが今行ってるのは。



『チャラララ~ン♪』


「……ずいぶんキラキラした音楽だな。映像も含めて、否が応にもテンションが上がってしまう」



パイプ椅子に座りながら、一千夏が感想を述べる。


厳密にはこれはオープニングなのだが、そこでこういった感想が出てくるのは中々に感性が研ぎ澄まされてる気がした。



『ドキドキメモリアル4!』


「4……4か。ということは、これは続編という事か? それでも話が分かるものなのか?」


「大丈夫だ。続編ではあるけど、話自体は繋がってないから」


「そして、今の声はなんだ? なんだか脳髄が揺れ動かされるような、ものすごい癒しボイスだったぞ?」



一千夏が興奮気味に答える。


厳密にはこれはタイトルコールなのだが、それだけでこうもテンションが上がるとは。


知的好奇心というのは、やはりどんな人間でも逆らえないものなのだろうか。



「じゃあ、まず名前を決めないと……って、どうしたんだ? トイレか?」



いざゲームを始めるタイミングになって、蔡未が部屋から出ていこうとする。



「いえ、そうではありません。あと、そこはトイレではなく、お手洗いか花摘みの方がよろしいかと」



淑女の物言いをレクチャーすると、蔡未は優雅な足取りで部屋を後にした。


それを見送る傍ら、ふいに聞こえる小さな声。



「……蔡未のあんな楽しそうな顔は久しぶりだな」


「えっ? なんか言ったか?」


「なんでもない。さぁ、では始めるとしよう」

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