第8話 最初の作戦
だが想定より少し早く、そのタイミングはやってきた。
昼休み。教室を出ていくクラスメイトの声に混ざるようにして、耳元で聞きなれた声がした。
「ーー屋上、階段前」
こそばゆさに後ろを振り向くと、そこにはもう誰もいなかった。
だが、あれはたしかに蔡未の声だった。声量のわりに聞きづらさのない声。声が凛としている、とでも言うのだろうか。
「屋上ね……」
言いながら教室を見渡すと、蔡未だけでなく、いつの間にか一千夏も姿を消していた。
なるべく目立たないように教室を出て、宗太は指定された場所に向かう。
階段を上がり、一年の教室がある三階を超えてさらに上。昼であっても薄暗さが残り、ポツンと存在する鍵付き扉がどこかさみしさを感じさせる。
そんな情緒じみたことを思いながら、宗太は周囲を見回して。
「誰もいねぇ」
集合場所のはずなのに、そこには宗太以外誰もいなかった。
なんとなしにドアの方を見てみる。すると、すぐ横の壁がわずかに盛り上がってるのに気づいた。
色の違うその部分をめくると、出てきたのはセロテープで貼りつけられた鍵。どうやら、色のついた紙で鍵を隠してあったらしい。
「階段前……じゃなくて、やっぱり屋上って事か?」
手に入れた鍵でドアを開け、屋上に足を踏み入れる。
そこには案の定というか予想通りというか、一千夏と蔡未の姿があった。
「遅いぞ、なにをやっていたのだ?」
文句を垂れる一千夏は地面にシートを引いて、優雅にお昼を満喫していた。
真っ黒な重箱をつつくその姿は、まるでここが学校ということを忘れるくらい、とにかく違和感がすごい。
「宗太さんはお昼は持ってきてないのですか?」
「教室からまっすぐ来たからな……それにいつもは学食だし」
「なるほど、ではちょうどよかったですね」
蔡未は座った体勢のまま、巾着から取り出したお箸を宗太に手渡す。
「急に待ち合わせを決めたのはこっちなので、宗太さんもどうぞ遠慮なく。お口に合うかはわかりませんが」
「これ、お前が作ったのか?」
「はい、こう見えて家事は得意なので」
「こう見えてって……いや、今はメイド姿じゃなかったか」
そう言いながら、靴を脱いでシートに上がり、同じように宗太は腰を下ろした。
「てか、どうやってここの鍵手に入れたんだよ?」
「職員室で学校の説明を受けてる際に、こう、ちょちょっと」
「説明がアバウトすぎてなにも伝わってこない。あと、あんな風に鍵を隠す意味もよくわからないし」
「そこは私の趣味です」
「あ、そうですか」
受け取ったナプキンで手をふきながら、呆れる宗太だった。
「それに、過度な説明は神秘性を損なわせます。メイドは家事以外にも、言葉に出せないような様々な技術を習得してるものなのです」
「メイドすごいな!? でもあとでちゃんと鍵は返しとけよ!?」
しかし、裏を返せば得体が知れないという事でもある。その辺はあまり深く聞こうとは思えなかった。
「しかし、相変わらず今日も大変だったな。質問してくる人数が減るどころか、さらに数が増えてしまった」
「そうですね。なんとか虚実を交えて会話を返しましたが、私もここまでとは思いませんでした。そのせいで、こうしてわざわざ屋上で集まる事になったのですし」
「あのさ、その前に一ついい?」
女子二人がやいやいと感想を言い合ってる最中、ふと宗太が話を切り出す。
「どうしたのだ?」
「……なんでこいつまで転校してきてんの?」
「蔡未はわたしのメイドなのだから、同じ学校に通うのは当然だろう?」
なにを当たり前のことを、と言った風に一千夏は答える。
「いや、だって昨日はそんな素振りなかったからさ。急で驚いたというか」
「わたしと蔡未は小さい頃からの仲だ。それ以来、わたし達は一時も離れることはなかった。それは学校とて例外ではない」
「……正直言うと、もっと年齢上かと持ってた」
その瞬間、宗太は急激な寒気に襲われた。
隣を見ると、蔡未がこちらを見てるのに気づいた。正座なので余計、無言の怖さが引き立つ。
「もっと上とは、具体的にどのくらいですか?」
「あっ、その、上って言っても別にそんな変わらないぞ? せいぜい、二つくらい……」
「極刑です」
「なんで!?」
「年齢の話題というのは、体重と同じくらい女子にとってはデリケートな事なんです。極刑になっても仕方ありません」
「あ、はい、なんかマジすみませんでした……」
素直に謝る宗太。
蔡未は並べられた二つの重箱のうち、片方にお箸を突っ込む。
その中からいくつかのおかずをつまみ、小皿に置いて宗太の方に差し出した。
「まぁ、そんな話はいいです。今はそれよりも、これからの事を話し合うのが先ですから」
「それはわたしがゲームを教わるという話か?」
「はい。お嬢様が宗太さんにゲームを教わるのはもう決定した事ですが、逆に言えばそれ以外はなにも決まってません。まずはそのスケジュールなどを、綿密に決める必要があります」
蔡未はそう言うと、制服の上着ポケットからスケジュール帳を取り出す。
「ゲームを教わる以上は、まとまった時間を取らなければなりません。最低30分、欲を言えば一時間以上はほしいところですが」
「うむ、それは難しいかもしれないな」
「どうしてだ?」
スケジュール帳をパラパラとめくり、蔡未はそのうちの1ページを宗太に見せつけた。
「これがなにかおわかりですか?」
「カレンダー……でも、ほとんどに/〈スラッシュ〉がついてるな。これってなんなんだ?」
「お嬢様の習い事の日です」
「そうか、習い事か……って、これほぼ全部じゃねーか! 普通にムリだろこれ!」
そういえば、習い事のピアノほっぽり出したと、昨日そう言ってたのを思い出す。
思ってる以上に、一千夏のスケジュールは庶民のそれとは違うのかもしれない。だとすれば、この話ははじまる前から、暗礁に乗り上げていたのではないだろうか。
「そうですね、普通は無理です。ーーですが、これをどうにかできる方法が一つだけ存在します」
「どうにかできる方法?」
次に蔡未が取り出したのは、四つ折りの紙。
徐々に開いていくと、やがてそれは重なった三枚の紙に変貌した。
「それは?」
「部活の申請書です」
各自に一枚ずつ、それを配っていく。
そして全員に配り終えたのを確認すると、蔡未はあらためて宣言した。
「私達で新しい部を作ります。学生の本分は勉強ーーしかし、部活に精を出すのも、学生としての本来あるべき姿です」
「ようするに、習い事がある日を、部活動で上書きするって事か?」
「完全に無い事にはできませんが、時間を遅らせることはできるはずです。なにせ部活動ですからね。学校が終わってそのまま活動するのですから、必然的に習い事はその後になりますし」
蔡未の提案は、まさしくとんでもないものだった。
いくら約束したとはいえ、その舞台を整えるために部活を作ろうとするなんて。まだ転校してきて初日なのに、その図々しさはあっぱれとしか言い様がない。
「その分、お嬢様には負担をかけることになりますが、どうでしょう?」
「うむ、わたしはかまわないぞ」
一千夏が平然と答える。
ゲームを教わるという本来の目的が果たされるとはいえ、習い事自体がなくなるわけじゃない。結果として、忙しさが上乗せされるだけだ。
やはり、お嬢様の考えてる事はよくわからない。
「では早速、申請してきますので、お二人はこのまま昼食の時間をお過ごしてください。一応、片付けのためにあとで戻っては来ますが」
そう言い残し、蔡未が屋上を後にする。
あとに残ったのは、宗太と一千夏の二人。そしてピクニックにでも来たかのような、豪勢なおかずが勢ぞろいする重箱だけだった。
「……今更だけどさ、この料理めちゃくちゃうまいな」
「蔡未の料理の腕はぴか一だからな。おいしい料理を作るのに、愛想なんてものは不要というわけだ」
「それ微妙に褒め言葉とは違う気がする」
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