第7話 全員集合
翌日。
教室に入った宗太を待ち受けていたのは、相変わらずの光景だった。
「鳳さんって、髪サラサラだよね。普段、どんな手入れしてるの?」
「特にはなにも。ただシャンプーする時は、髪が長いので少し時間をかけて洗ったりしてます」
「そうなんだ~。あ、ところで昨日のドラマ見た? 私、あれ超好きで、特に主演の俳優さんが~」
「ふふっ」
初日と同じで、一千夏の席の周りには人が集まっていた。
その中で一人、すごい勢いで話してくる女子がいて、一千夏はその対応に追われていた。
「……やっぱりすげー違和感」
「違和感ってなにがだ?」
いつもの陽気な声で、孝介が後ろに立っていた。
「よっ、おはよ。朝からなんか考え事か?」
「考え事っていうか……世界は時に残酷だなと思って。人間、誰しも表裏があるものなんだな」
「なんか変なものでも食ったか? お前らしくないぞ」
「俺はいつも大体こんな感じだよ」
そう、こんな感じ。
宗太はギャルゲーというジャンルを好んではいるが、それを現実に反映したりはしない。
ゲームはゲーム。現実は現実。プレイする側はあくまで人生をのぞかせてもらってるだけで、主人公自身ではない。
そう、自分自身では決してーー。
「はいみんなー、席について―」
チャイムの音とともに先生がやってきて、いつものHRがはじまる。
しかし、そう思われていた朝の時間は。
「えー、実はまたまたいきなりなんですが……今日、このクラスに転校生がやってきます」
まさかの発言。
昨日は歓喜の声にあふれていた教室内だったが、今朝は少し雰囲気が違った。
(二日続けて転校生? ……なんか嫌な予感が……)
宗太の心配とは少し違うが、他のクラスメイトも大体そんな感じだった。
そんな疑惑と期待が入り混じった空気を振り払うように、教室のドアが開く。
ピンと背筋を伸ばし、足を交互に動かすその姿はまるで歩き方のお手本を見てるかのようで。男女問わず、誰しもがその所作に見惚れてしまう。
「はい、それじゃあ自己紹介して」
「はじめまして、南條蔡未と申します。小さい頃はこの辺に住んでいたのですが、最近になってまたこっちに引っ越してきました。なるべく早く学校に慣れたいと思うので、どうかこれからよろしくお願いいたします」
表情一つ変えず、まるで台本でも読んでるかのような自己紹介。
しかし、その瞬間。教室内は昨日に勝るとも劣らない、圧倒的な熱気に晒された。
「ふぅぅぅぅーーーーー!!! また女の子だ! しかも超美人!」
「女の子か~。残念……いや、もう私完全にそっち系でもいいかもしんない」
「かわいくて面白そうなのでヨシ!」
聞き覚えのある感想があちこちから届く。宗太は内心、頭を抱えた。
どうしてお前まで転校してくるんだ? ていうか、なんで制服姿なんだ? メイドどこいった?
様々な疑問が浮かんでは消えていく。そんな中、壇上の蔡未が″明らかに″宗太の方を見て。
「……(ぐっ」
力強く、親指を立ててきた。
……宗太はその日、女子相手に初めて本気でイラっとした。
▽
「明らかにおかしいよな」
一時限目の授業が終わってすぐ、宗太の席にやってきた孝介がそんな事をつぶやいた。
「……ああ、おかしいな」
「どうしたんだ? もしかして体調悪いとか?」
「あながち間違いでもないかもしれん」
机の上に脱力する。
まさかの出来事に、頭がついていかない。蔡未が同じクラスに転校してきたから、というのも理由としてはある。
でもそれ以上に、宗太が気にしてならないもの。それは。
「他に理由でもあるのか?」
「……メイドはなぁ、そんな簡単にメイド服を脱いじゃいけないんだよ」
「えっ? どういう意味?」
宗太がそんな妙なポリシーに心を乱されまくっている一方で、蔡未の方は恒例の洗礼を受けていた。
「ねぇねぇ、南條さんはこっち戻ってくる前はどこ住んでたの?」
「もっと都会の方です。別に不便ではなかったのですが、やはり地元の空気が恋しいのもあって、こうして生まれ故郷に戻ることになりました」
「小さい頃にこっちいたなら、この高校にも顔見知りとかいるんじゃない?」
「小学校に上がる前なので私自身、記憶が曖昧でして。それに、もし仮にいたとしても、きっと相手もこちらの事を覚えてないでしょうから」
「その髪の色は? 地毛?」
「母がロシア人と日本人のハーフなので、その遺伝です。黒に染めてた時期もありますが、今は完全に地毛のままですね」
「てことは、南條さんクォーターなの? どおりですごいキレイだと思った~」
クラスメイト達による変わる変わるの質問。その一つ一つに対して、蔡未は丁寧に答えを返していた。
どこからどこまでが本当の事か気になったが、それを聞くのは放課後とかになりそうだ。
次に宗太は、一千夏の方に目を向ける。こっちはこっちで、今朝とは違う集団から質問攻めを食らっていた。
「鳳さんってスタイルよくて、運動とかもできそうだよね。鳳さんと同じクラスなら、きっと体育大会も優勝間違いなしなのに」
「ふふっ」
勝手な期待を抱く別クラスの女子。それに対する一千夏の微笑み。
なんだかより一層、騒がしさが増した気がする。実際、教室内の人口密度はだいぶ増していた。クラス二つ分、とはいかずとも確実に1.5倍は増えている。
それは別に構わないのだが、秘密の共有と、予期せぬ契約がふと頭をよぎる。
鳳一千夏という世間知らずなお嬢様に、ゲームという娯楽を教える。ただしジャンルはギャルゲー。
……やはりどこかおかしい。おまけに、その具体的な方法も決まってないと来た。
誠に遺憾だが、約束してしまった以上はやるしかない。とにもかくにも話をするために、放課後がやってくるのを待つ宗太だった。
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